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第二話 新機能、アプデされてる!



「図書迷宮………三大ダンジョンのひとつだと、名前だけは吾輩の耳にも届いている」

 クワルツさんは渋い表情になっていた。

 所在不明のダンジョンだからな。

「門の場所は知ってますよ。意外に王都から近いんです」

「どこに予告状を出せばよいのだ?」

 真顔で聞かれた。

 問題そこかよ!

「出す必要あるんですか?」

 予告状って、使用人が疑われないための措置だと思っていた。

 誰もいない図書迷宮には必要ない。

「予告状を出すと、遠視と未来視がごっちゃにならん」

「あ。ああ! 条件指定における魔法細分化!」

 教科書の文章が口から出る。

 そうか、予告状にはそういう効果があったのか。

 クワルツさんは魔法使いだ。

 ド近眼の網膜には、遠視と未来視を持っている。

 『魔術』だと【遠視】を使えば【遠視】しかできない。

 だけど『魔法』は違う。

 わたしのゲーム型能動多重予知と同じように、複合化してしまうのだ。

 例えば『魔法』を使って山向こうを遠視したら、川が氾濫していた。だけど本人が遠視って思っていたのは、実は未来視で、氾濫は一か月後のことだった。そういう事例は枚挙にいとまがない。

 クワルツさんは未来視と遠視を区別するために、予告状を出している。

 予告状を出してない状態が視れれば遠視、予告状が届いた状態が覗ければそれは未来。

 自分が何か条件づけることによって、複合化しやすい魔法を細かく区分けする。

 それが「条件指定における魔法細分化」である。

「人間の脳では、遠視と未来視を錯視しやすい。オンブルの受け売りだがな。うっかり間違わないように、予告状は欠かせん」

 そういや先生も「人間の脳は予知に対して無防備だ」ってこと言ってたな。

 予知は、扱いが困難。

「出すとしたら魔術庁ですけど………」

 図書迷宮って直轄王領だから、たぶん魔術庁の宮廷魔術長官が実質的な責任者だな。

「責任者に届くまでに何か月もかかりそうであるな」

「予告状無しってわけにはいかないんですか?」

 わたしの言葉に、クワルツさんはさらに難しい顔になった。

 そのままずるっ………と、フローリングに倒れる。

「何してるんです?」

「あ? いや、ふざけているわけではない。急に力が抜けたのだ。空腹に似てるが、違う。三日三晩ライカンスロープ状態だったような………」


 ――他人の精神に意識介入すると、魔力消耗が激しくてかなわん――


 脳裏に蘇ってくる、オニクス先生の呟き。

 忘れてた。

 MP9999以上ある先生さえ、消耗しちゃうんだ。MP3000のクワルツさんはそりゃすぐに枯渇しちゃう。

「魔力枯渇が起こってます! 早く出ないと!」

 わたしはクワルツさんの身体を引きずり、玄関から追い出した。

 うめき声をあげ、魔法空間から消えるクワルツさん。

 だ、大丈夫かな。

 わたしも早く意識、浮上させよ。

 


 



 

 雪の森に疾駆する、一角獣と黒狼。

 二匹の獣になっているわたしたちは、絶壁も断崖も軽やかに四つ足で駆けていく。

 目指す先は図書迷宮。

 っていうか、クワルツ・ド・ロッシュさんが獣になったら、意思疎通できた。

 ライカンスロープ術の術師同士だと、会話できるんだな。知らんかった。

「クワルツさん、野うさぎですよ」

 わたしは跳び、角で野うさぎを射抜く。

 角についた血を雪で拭う。ごしごし。

 黒狼のクワルツさんはうさぎを咀嚼し、わたしは雪の下から草を食む。 

 首に下げてるカバンが邪魔だな。

 一角獣状態のわたしは、首から袋を下げていた。よくロバの首に下げられている餌袋だ。ロバなら中身はライ麦だけど、この中身はドライフルーツ。旅糧だ。あと人間に戻った時の服。

 早く到着したいのは山々だけど、糧が切れるのは精神衛生上よくない。それにクワルツさんは生肉の方が、胃の負担が少ないそうだ。

 ぼりぼり音を立てて食らっていく。

 うさぎか。

 冒険してた時、ロックさんやエグマリヌ嬢と食べたな………ふたりともどうしてるかな。

 ロックさんは腕利きで名前が売れてきたし、雇い主をどっか見つけてるだろう。

 でもエグマリヌ嬢は………わたしを逃がして叱責されているんじゃないか。

 彼女の夢は魔術騎士だ。

 魔術騎士は、賢者連盟の直轄。なのに賢者に逆らってしまった。

 わたしを助けたことを悔んでいるかもしれない。

 不安がくさびのように胸を打つ。

 それにフォシルくんをどうフォローしていいか分からん。恋心なんて謝れば片付くってもんじゃないし。

 あと地味に怖いのが、レトン監督生だよ。

 オニクス先生に唆されて、わたしを口説こうとしていた。でもそのオニクス先生が原因で、わたしが一角獣に刺されるという事実を目の当たりにしたからな。 

 レトン監督生の心理状況は分からんけど、芳しくないことだけは間違いない。

 気が重い。

 森にわたしの吐息が響く。

 静かだと思ったら、クワルツさんはうさぎを食べ終わっていた。

「休憩するか?」

「疲れてるわけじゃなくて……ただ…クワルツさんは、どうして手伝ってくれるんですか?」 

 獣魔術のことや魔術師の情報を聞くだけのつもりだった。ま、ちょっと匿ってくれるのも期待したけどさ。

 でも、まさか図書迷宮まで付き添ってくれるとは。

「ミヌレくん。吾輩にとっては犯罪哲学と怪盗倫理、それがすべて。だが言葉にすれば、安っぽい砂糖菓子にしかならん。身をもって示す以外、無い」

 さっぱり分からんが心強い。

 ちなみにオンブルさんは魔術師名簿を当たってくれていた。綴りの分からん名前を膨大過ぎる名簿から調べるという地獄である。わたしだったら頼んできたやつにキレるよ。 


 今後の予定としては、まず図書迷宮で魔力減らして、わたしが人間の姿になる。

 んで、オンブルさんがラーヴさまの名前を見つけていれば、そこを当たる。

 冒険者ギルドの魔術師手配者を調べる。

 そこも無ければ更に、法曹院から魔術犯罪者名簿を盗む。

 保証はないけど、希望はある。


「しかし予告状を届けてないのは、いささかとはいえ不安要因ではある」

 また言ってる。 

 図書迷宮の開門日は年に一度で、開門していない時期に見張りはいない。膨大な魔力持ちにしか開けない扉は、見張りの兵士を常駐させても無意味だもの。

 アクシデントがもしあるとしたら……青銅ミノタウロスが上層まで上ってくるとか、突然に穴が開いて下層域に落ちるとか?

 でも一角獣と魔狼の四肢は、物理的な距離なんて物ともしない。

 大丈夫だろ。 

「あとちょっとで到着ですよ」 

 一気にけもの道を駆けた。

 わたしたちは図書迷宮の扉があるところに到着する。

 何もないけど、確かに何かがある空間。

 図書迷宮の扉だ。

 この魔法の扉を開けば、かなり魔力が消耗するはず。


「えーと、門を開ける呪文、思い出しますね…………」


「ミヌレくんは過去視を不得手としているのか? 吾輩は眼鏡を外すと、遠視や未来視が出来るのだが、過去視は苦手でな」

「うーん、そういう感じで魔法は使えないのです」

 オニクス先生の呪文だぞ。覚えておくべきだったのに!

 あの時はメモる余裕もなかったからなあ。

 どうしような~って考えていたら、意識が沈んでいった。

「ふへ?」

 わたしはまた魔法空間にいた。

 ゲーム機と本棚とお布団があるわたしの小部屋だ。なんで沈んだのか分かんないけど、思わず習慣でゲーム機のスイッチを入れる。

 ピアノの旋律が流れ、宝石が揺れるチャプター画面。

「『ムービーギャラリー』………!」

 知らんうちに新しい機能が、アプデされてるんですけど!

 聞いてませんよ!

 大慌てで選択すると、宝石がぶつかる音色が響き、イベントムービーが出た。

「オニクス先生………」


 初めて階段で出会った光景。

 『引かれ者の小唄亭』で食事した夕べ。

 夜中に先生が授業している姿。

 浮遊石で上がりすぎちゃって、助けにきてくれたとき。

 先生と怪盗のバトルシーン。


 懐かしくて涙が出そう。


 イベントムービーには、オニクス先生が図書迷宮を開く姿もあった。

 やった。これで呪文が完璧に記憶できる。 


「わたしの過去視って………不便なんだか便利なんだか分からんな」


 でもムービーいっぱいあるじゃん。

 すごいぞ、わたし。偉いぞ、わたし。ふへへ。


 あ、『図書迷宮』もいっこある。再生。


 『………いつか悔む日がきたら、私を恨むといい。それが条件だ』

 

 初めて、その、先生にぎゅっとされた時の光景だ。

 こういうところがムービーで残ってるって、めちゃくちゃえっちな子みたいじゃないか。やだ。恥ずかしい。

 でもこれ映像と音声だけだ。

 オニクス先生の香りは無い。 

 甘くて複雑でちょっと神秘的な花の香り。

 いやいや、これを眺めてひたってる場合じゃないですよ。さくっと呪文を覚えて、現実に戻らないと。



 わたしは現実世界に意識を浮上させる。

 目の前には深い森と、黒い狼。

「かなり深く過去視に沈んでいたな。どうだった?」

「完璧に記憶しました。わたしが過去視するときって、完全に現実を遮断しなくちゃだめみたいです。ちょっと不便かも」

「魔法は魔法使い自身にもどうにもならんよ」

 クワルツさんは狼の姿から、人間の姿に転じる。

 一瞬で着こむ、黒い革服。

 あのセクシー衣装って、獣姿から人間形態に戻っても、着やすいようになってるのか。

 いいなあ。わたしも一角獣化しても楽な感じのドレス欲しい。クワルツさんみたいなセクシー路線じゃなくて、もっとふわっとしたラインのワンピースがいいな。

「その特殊な革服って、ご自分で仕立てたんですか?」

 うっかり尋ねてしまったが、一角獣の姿で嘶いても通じないはず。

 でもクワルツさんは、わたしの声色から疑問を察したのだろう。

「王都の仕立て屋だ」

「………どうやって頼んだんです」

「狼の姿になって注文したぞ。でないと採寸できんからな」

 どういう仕立て屋やねん。

 風変わりな仕立て屋ってことで、ディアモンさんを連想する。わたしのドレスを作ってくれる美人。

 いや、まさか。しかし可能性は高い。

 あのひとはお金や名声が目的じゃなくて、ひたすらドレスを仕立てたいってひとだ。気に入ったら、怪盗ルックも仕立て上げてくれるんじゃないかな。

 クワルツさんは背嚢から出した仮面をつける。塩も取り出した。通常の魔術でいえば、この塩が媒介に相当する。

 わたしの代わりに塩を撒いてもらうのだ。 

 よし。

 もう一度、魔法空間に沈もう。

 だって一角獣じゃ呪文が唱えられない。 

 扉は魔法として存在しているのだから、わたしの魔法空間から干渉できる。はず。


 あれっ?

 遠くの方向から、妙な、匂いがする。

 金臭い鍛冶屋みたいな匂いに、皮膚が総毛立つ。


 魔力の発動だ。 

 誰の魔力だ?

 沈みかけた意識を、現実に浮上させる。

 わたしが魔力の気配を感じ取った次の瞬間、クワルツさんも動いていた。

 刹那、周囲に張り巡らされるのは、大規模な蜘蛛の巣。

「【蜘蛛】ッ!」

 十重二十重に張られていく。

 なんだこの速さと範囲の広さは!

 今まで【蜘蛛】の使い手と遭遇したことはあるけど、これは魔力も構成も段違いだ。

 だが一角獣の脚力が生む速度は、わたしの想像を上回る。糸に捕まると思ったけど、獣化したわたしの肉体は蜘蛛の巣から逃げおおせた。

 って、クワルツさんは捕まってるやんけ。

 四肢にべったりと、蜘蛛の糸が張り付いて絡んでいる。

 ど、どうしよ。わたし独りなら逃げられそうだけど、クワルツさんを置いていけない。一角獣化していても、キスによって魔力解除できるんかな? 

 ………ん?

 クワルツさんって、皮膚接触で魔力解除できたよな。つまりわざと捕まってんのか?

 敵をおびき寄せるためか?

 森の帳から、誰かがやってきた。

 また光の教団? それとも、クワルツさんの賞金を狙っている賞金稼ぎ?

 いいや。なんでもいい。

 全力でぶちのめすだけだ。

 首から下げていたカバンを外して、蹄で地べたを引っ掻く。現れた瞬間に、ぐさっと刺しに行こう。


 冬の日差しの下、姿を現したのはジャスプ・ソンガンさんだった。


 刺そうと思ったのが、見慣れた顔だったらどうすりゃいい?

 そもそも曲芸師のジャスプ・ソンガンさんが、どうしてここに? 

 わたしの疑問に答えるように、他にも緑陰から現れる。

「うわあ、マジだ、マジもんの怪盗だ」

 ロックさんかよ!

 なんでいるんだよ!

「スゲーな」

「お婆の占いはいつでも的中するわ。人のさだめを占うことにかけては、世界一なのよ」

 そう答えたのは、ラピス・ラジュリさんだった。旅装束のマントを纏っていて、留める部分には蜘蛛入り琥珀が輝いている。あれ【蜘蛛】の呪符じゃないか。

 このひと魔術が使えたんかい!

「ばーちゃんの占いもスゲーけど、ラピス・ラジュリのおねーさんもスゲーよ。こんな術使えるなら、おれの護衛要らなくね?」

「坊や。これはあたくしの奥の手よ。信用できないひとに知られたら、あたくし安全に商売が出来なくなるわ」

 蠱惑的に微笑むラピス・ラジュリさん。

「賞金稼ぎか?」

 クワルツさんが問う。

「当たり! おれは道案内しただけなんだけどね!」

「3000エキュって、三等分しやすくって丁度いいわね」

「おれ、端数が出たって、おねーさんにあげちゃうよ」

「お人よしだわ、坊や」

 無邪気な笑顔のロックさんと、婀娜っぽい微笑のラピス・ラジュリさん。そして相変わらず寡黙な無表情のジャスプ・ソンガンさん。


 ……ど、どうしよ。

 全力でぶちのめせない。


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