6-1
さて腹が膨れたら風呂だ。
空間移動魔法の要領で水を風呂に呼び込む。火の石を亜空間から直に投げ入れ、十分も待てば、程よい温度の湯気が上がった。
「おおー」
オッサンと声を揃えて感嘆する。火山に行ったときに煤を被ってしまって早くきれいになりたいのもあって、期待が募る。ただ、一晩でとはいえこれを作った本人を差し置いて平然と一番風呂には入れない。
「オッサンどうする? 先に入る?」
「いや、きみが先に入りたまえ。作法とか知らんので、私は見学していよう」
「……仮にも女子の入浴なんだけど?」
「? そうだな」
「私の記憶にあったのは男女混浴の大衆浴場だったのか?」
このオッサンに他意がないことはわかっているが、人間的常識を知ってほしくて遠回しに責める。一言で言えば、お前何女子の風呂覗きます宣言してんの? というだけのことなのだが。
「え? あー……ああ! きみは私がきみに人間のオスのような劣情を抱くと思っているのかね? 悪いがきみの体になど微塵もそそらんよ。二百年後くらいに出直せ」
「腹立つ……」
「というか、きみ男なんだろうが」
それはそれ、これはこれだろう。つか二百年後に出直せば何か変わるってのか。
もうすべてどうでもよくなってきたので、覗かれるよりはと一緒に入ることになった。気にしたって仕方ない。俺は男でこの野郎は男種の魔物だ。俺の体は女だが、オッサンの種族名は魔女である。
先に体を洗ってから入るんだと教えつつ、石鹸が欲しいと言うとなんだそれはと問われる。俺の知っているものをオッサンは知らない上、好奇心ばかりは幼子よりも旺盛なのでいちいち聞かれると面倒この上ない。性質上汚れるわけでないから必要ないんじゃないかと思ってしまったらもう、下手に話題に出した失敗を呪うしかなかった。まあ、俺は要るからどちらにせよ話題には出さなければならなかったんだけど。
「そういえば服が汚れてるんだけど、着替えとか、何か貸してもらえる?」
火口で灰まみれになった服は、洗濯しなければならない。普通の着替えも必要だし、パジャマが欲しい。そういえば洗濯用の洗剤はどうするか。考えているうちに返答は返ってくる。しかし、反応は芳しくなかった。
「服……服か。私には必要がないから持っていないんだよな」
「持ってない?」
聞くに、魔物の服は魔力を固定化したものを纏っているだけで人間の服とは違うらしい。動物の毛皮みたいなものかと問えば「それは違う」と一刀両断された。体の一部というわけではなく、あくまで魔力を纏っているのだと。
「きみもしようと思えばできるぞ」
「いや、それはなあ」
人間的にはあくまで布を纏うのが服だ。それに、慣れない魔力なんて使って気付いたら真っ裸になっていたりしたら恥ずかしいだろう。見る見られるの問題でなく、白昼突然真っ裸という痴態が。
唯一ある服を着るしかないのか。体と一緒にプレゼントされた服は、黒のワンピースにエプロンドレス。メイドっぽいとも魔法使いっぽいともいえる格好だ。昨日ベッドに入って思ったが、眠る分には些かごわつく。
それを除いても、汚れた服でベッドに入るのは気になる。大きめのTシャツでもあればそれでよかったんだけど。
「ふうむ、どんなのが欲しいんだね? 再現してみなさい」
やりかたを教えられて、魔力で服を纏う。固定化は薬を使ってするそうなので、このままでは維持できないらしいが手本にはなるだろう。だぼっとしたTシャツは寝間着にちょうどいい、想像通りの物になった。湯舟の中だったので思い切り濡れたが。魔力なのにそこまで再現されるのかよ。
「そのくらいのものならば作れる。あとで作っておいてやろう」
「作るって、布とか道具とかは?」
「布は三十年くらい前にクロスを作るのに凝っていた時のが残っている。道具はどうとでもなるさ。持ってきてやるからもうしばらく待ってろ」
言うなり湯船から上がり、外に出る。タオルとかも一応用意していたが、ちゃんと髪を乾かしたりするだろうか。女子の俺はドライヤーが必要ということで温風を起こす魔術を教えられたけれど、これは魔術なのでオッサンには使えない。
「まあ、魔物は風邪なんか引かねーのか」
ようやく一人になれたので湯舟の枠に体を預けて目を閉じる。それにしても心地いいな。なんで俺、こんな森の中でこんなにも快適な生活を送っているのだろう。
というか、服が作れるならTシャツじゃなくて上下のしっかりしたスウェットにでもしてもらえばよかった。つい、女子のイメージでだぼだぼTシャツ、しかも下はなしのワンピースを発現させてしまったが、着るのは自分なのだ。
……あれ、固定化が薬でできるなら魔力でも突然裸になる心配はなかったのでは? 作ってくれるというので下手な再考はしないように頭を振って、そんな考えを散らした。
多分、オッサンが持ってくるのは先ほど見せたワンピースだけだろうな。下着は……さすがに頼めない。仮称天使は体と服と一緒にちゃんと女子用の下着をプレゼントされていたし、それを参考に、こればかりは自分の魔力で作らなければならないだろう。結局固定化の薬をもらわなければならないのは、少々気恥ずかしいところだが。
大きくもなく小さくもなく、個人的にちょうどいいサイズ感の胸元を見下ろして、照れくさくなって首まで湯に沈める。青く天然で不透明なお湯に、体はしっかりと隠れた。




