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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と魔女
7/72

5

 次の朝起きると、見事な離れができており、中に入るときれいな脱衣所、その奥に木の湯舟と洗い場ができていた。

 日本の温泉風なのは俺の記憶を取ったからだろうか。どこかの旅館で見たことのある家族風呂のような建物だ。


「新世界で初めて迎える朝だぞ……もうちょっとこう、雰囲気に酔わせろよ……」


 例のベッドでぐっすり眠った俺は、水時計に魔力がなくなる少し前に目が覚めた。ベッドを下ろし、自分の存在する世界が変わっているんだったなあと感慨にふけろうとしたところで、窓の端からこの小屋が見えたのだ。まさか一晩で本当にできるとは思っていなかった。

 ただ、出来自体はすばらしく良い。感心でため息が出るほどだ。

しかも森の中。ガラスははめられていないが窓が大きめにとってあって、露天風呂のようでもある。これが俺専用になると思うとちょっと嬉しい。お湯は張られていないがどうするのだろうか。


「どうだね、出来栄えは」


 不意に背後から声が掛かって振り返る。相変わらず気配がないのは魔物だからだろう。


「想像以上で引いてる」

「素直に褒めれんのかきみは」

「お湯はどうすんの?」

「空間移動魔法で川の水をこちらに移し、火の石で沸かすつもりだ」

「火の石?」

「火山にある石だ。火口付近の魔力の強い石は熱を失わないからな。うってつけだろう」

「てかあの川の水って使えんの? すげー青かったけど」


 前の世界でも青い池や温泉などもあったけれど、飲んだり浸かったりに適さないものが混合していたはずだ。


「このあたりは魔力が濃いからな。弱い魔物や魔力耐性のない人間だと毒になるかもしれないが、私やきみならば寧ろ体にいいくらいだろう」


 あの青は魔力の色か。いろいろと常識が違って混乱する。かといって、不思議なものすべてを魔法や魔力のせいにするわけにもいかないだろうし、ひとつひとつこの男に聞いていくしかないか。


「てか、あんたも風呂入るの?」

「当たり前だろう。人に作らせておいて独り占めする気かね?」

「必要ないんじゃなかったのかよ」

「娯楽の範囲だ」


 まさか風呂に入れると思っていなかったので驚いたが、そう言われれば別に反対する理由もない。そうかよと相槌を打つ。鼻歌を歌う魔物はきっと俺よりもはしゃいでいた。


「それじゃあ、人間の食材を取りに行こうか。ここより東の山にホオウの巣がある。あれの卵なら人間が食べられると聞いたことがあるから、まずそこに行こう」


「えっ、人里に買いに行くのはやめたのかよ」

「この世界のことも知らないのだ。人間に会うのはもうしばらくしてからでいいだろう」

「まあ、別にいいっちゃいいけど」


 食べられると聞いたことがあるレベルのものよりは、確実に食べられる、人間の売っているものの方が望ましかったんだが。ゲテモノの心配で曖昧な返事を返すとオッサンは困ったようにこめかみに手をあて、真剣な顔をした。


「というか、金がないのだよ」


 切実な問題だった。

 まあ、言われてみれば食事も必要なければ人の居ないところにしか生息できないような魔物に人間の通貨が必要なはずもない。おとなしく東の山とやらまで行くしかないか。

 道中生えている野草をこれは何に使える薬草だとか、岩肌から見える透明交じりの鉱石をこれは魔力をため込む石だとか説明されながら、東の山まで歩いて行く。東の山は火山だそうで、その中腹にホオウの巣はあるらしい。


「なあ、これって親鳥がいない間に卵を盗まないと襲われるパターンだったりする?」

「うん? ホオウの親鳥は巣に卵を産み付けると、また次の卵を産むために飛び立つ。親鳥が襲ってくることはないと思うぞ。卵を狙う他の魔物が襲ってくることはあるかもしれんが、普通魔物は自分よりもはるかに魔力の多いものを狙うことはない。心配いらんだろう」

「あんたは襲ったのにか」

「それはきみが力だけを持った赤子だったからだ。防衛本能だけであれほどの力を使われるとは思っていなかったのだよ」


 屁理屈をこねているが、普通に侮っただけだろう。自分でもどうやってあの力を出したのか把握していないから強くは言えないが。

 ともかく、あまり難しいミッションになるわけではないようだ。よくあるファンタジー系要素をすべてスルーしている。魔法のある世界だというのに。


「それより、昨日はあの本をどのあたりまで読んだ?」

「ここの魔術基礎と別世界の魔術概論ってのは読み終わった。色が魔力に関係するとかがいまいち理解できなかったけど」

「そのあたりは深く考えなくてもいいだろう。きみの魔力の色からいって、どの魔術でも使えるはずだ。試しに使ってみろ」

「使えって言われたって」


 概論として、自分の魔力で自分の魔力色と同じ自然魔力を巻き込んで使うというようなことが書いてあったが、実際にやったこともないのにできるものなのだろうか。というか、呪文や陣はこの場合要らないのだろうか。この世界の魔術には呪文や陣が使われるのに。

 反抗しても仕方ないので、やるだけやってみる。相手は教える立場なのだ。できなければ改善点を教えてくれるだろう。

 手のひらに魔力の球を作るイメージで、そこに水の魔力を取り込む。魔力の流れは昨日のうちに見るコツを教えられて見えるようになっているので、視覚的にもわかりやすい。シャボン玉が手の上にでき、そこにするりと青い魔力が絡んで、気付けば水の塊が、自分の手のひらの上で浮いていた。


「……こう?」

「その才能も神のギフトというやつなのかね」


 できないだろうと思っていた師匠のオッサンは呆れたように肩を竦めた。普通はこうも簡単にはできないそうだ。なんかすみません。


「もう少し慣れてきたら戦闘訓練でもしてやろう。どこに出しても最強を謳われるような弟子にするので感謝したまえ?」

「別に望んじゃいないけど」


 ていうかどこに出す気だ。

 そんな雑談をしているうちに、東の山にたどり着く。山といって、火山だ。そして、岩肌むき出しで人が登るようになどできていない。上の方では怪鳥が飛び交っており、ところどころに堅そうな、魔物だろう動物がいた。

 ここにきて、初めてこのオッサン以外の生物を見た。そして初めてのファンタジーらしい要素だ。モンスターだ。


「ゲリラは臆病な魔物だから、あまり見るんじゃない。きみのような化け物に見られたら、可哀想だろう」

「今度は化け物呼ばわりかよ……」

「私には分不相応な魔力を押し付けられた小僧でも、あの小さき存在にとってはそうなのだ。受け入れなさい」


 種によって相手の見え方が違うというのは、わからなくもない。ハイハイと返してついて行く。

 岩肌むき出しの、確実に登山に向かない山をどうして登るのかと思えば、前を行くオッサンは上空を見上げ何かを探すようにきょろきょろと見回すと、一点で視線を止めた。


「見ろ。あのあたり、卵の魔力が漏れ出ているのが見えるかね?」


 指を差されたあたりを見上げると、微かにだが金色の砂のようなものが靄になっているのが見える。卵の魔力だ。


「あそこまで飛ぶぞ」

「飛ぶって、昨日の飛行魔法で?」

「当然だろう」

「まだ慣れてねーんだけど……」

「では私が抱きかかえていくか?」

「飛びます」


 すっと自然に両手を差し出して来たのを丁重にお断りして、昨日教えられた通り魔力に包まれているイメージで、体を持ち上げる。全身を包むと言われたがいまいちうまくいかなかったので、ベッドと同じように自分の周りを球体の魔力で囲んだ。色からしてシャボン玉の中に入って空を飛ぶような感じだ。オッサンは無駄遣いだと言うが、使っている感覚さえないので構わないだろう。

 後ろについて飛び上がり、一気に卵の前までくる。あたりに怪鳥が飛び回っていたが、俺たちが来たのを見るとそそくさと逃げて行った。特にオッサンを見てだったので、化け物扱いなのは俺ではなくこの魔女なのだろう。


「ほれ」


 一つわしづかみにして押し付けられる。驚きながらも受け取ると、温かいよりは少し熱かった。


「これ、突然孵ったりしない?」

「するわけないだろう。この見た目なら、あと三十年くらいは産まれんよ」


 ホオウの卵は孵る時期に近づくほど魔力が大きくなるらしい。そこまで行くと人間は食べられないし、強い魔物はそちらに向かう。つまりこの周りに居るのは弱い魔物だけなのだという。

 ひとつもらったので、そのまま持って帰る。行きは歩いてきたが、帰りは空間移動魔法だ。実は半日くらいかけて歩いて来たので、このショートカットは助かった。


「じゃあ、さっそく食べてみなさい」


 部屋に戻るなり、さあと実食を求められる。人間の食事を知らないのだろう。呆れるよりも先に「無理だから」と冷静に返してしまった。


「なぜだ」

「人間は調理もせずにものを食べないんだよ」


 いや、野菜や果物なんかは食べることもあるけれど。

 言って対面キッチンに進む。キッチンもあるのだから、料理はしないのだろうかと思いつつ台に向かい、次の瞬間にはしないことを悟った。

キッチンでシンクのある調理スペースだと思っていたものは形だけで、ただの銀のお飾りだった。蛇口さえない。おままごとのおもちゃでももう少しキッチンしているだろう。


「オッサンなんでこれ作ったんだよ……」

「参考にしたものにはすべてこういう台があったのだ」


 明らかに現代のカタログか何かを参考にしているが、作るだけ作って使い道がわからないとは。

 仕方ない。


「なあ、鉄板ってあるか?」

「鉄板? 鉄ならば昨日の川の方にあるぞ」

「取りに行こう」


 卵を置いて、川まで移動する。呼んではいないがオッサンもちゃんとついてきてくれた。話が早くて助かる。場所を聞いて掘削して、変形までをしてもらわなければならないからな。

 すべて丸投げする気だった俺に気付いたのだろう。オッサンは実際手伝ってくれることなく、場所だけ教えると掘削も変形もさせられた。鉄加工の為に朝行った火山まで行かされた。行くのは移動魔法で一瞬だったが、さすがに火口付近は熱かった。

教えられた切断魔法と加圧魔法は便利そうなのでいいけれど。

 ついでに持って帰ってきた火の石をキッチンに置いて、その上に鉄板を乗せる。直に触れられないような熱さの石なので、コンロもないキッチンの台にあった、四角く、一角だけ別の素材が使われたように囲われたところに耐熱の魔法を付与した。IHを手本にしたんだろうなあ。

ところで火の石を持って帰るのに使った亜空間魔法が、今のところ教えられた中で一番便利そうだった。なんでも亜空間の一部を切り取って自分のものとし、そこにモノを入れれば量も何も関係ないらしい。

 亜空間を保持しておけるだけの魔力があることが条件らしいが、そのあたりは問題がないので、容量は大きいのに持ち運びの必要がないポケットを手に入れたようなものだ。

 注意点として、亜空間は時間の流れが一定でないので物を入れっぱなしで口を閉じると、一瞬でも経年劣化する可能性があると教えられた。常に少し入口を開けておけば、外と同じ時間を保てるらしいが。

そんなこんなで出来た鉄板に、卵を割り落とす。

 ダチョウの卵よりやや小さめの卵を割れば、ちゃんと黄味と白身が一緒に出て来る。変な色だったらどうしようと思ったが、鶏の卵と同じで良かった。

 そのまま加熱し、鉄板と同じ要領で作った、少し歪になった蓋をかぶせる。俺に魔法DIYの才能はないが、要は形になればいいのだ。

 興味深そうにオッサンが眺めるなか、そういえば塩がないなあと肩を落とした。

 しばらくして目玉焼きが出来上がり、木の皿に乗せる。必要だと言ってすぐにオッサンが作ってくれたものだ。ささくれだったところもないし、完璧な木皿である。


 そして実食の感想。塩とか要らん。全然要らん。めちゃくちゃうまい。

 そのうまさに感動していると、オッサンが断腸の念を表情に表していた。


「消化器官があれば……私にものが食えれば……」


 好奇心に満ち満ちたオッサンの苦悩の表情は、そのうまさを少しだけ削いだ。


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