4
「ところでさ、飯とか風呂とかはどうすればいいわけ?」
リビングでそのまま数時間本を読みながら過ごし、時計はないが明らかに夜も更けてきたなと感じたあたりで声を掛ける。現在オッサンはソファで、俺はベッドでそれぞれ好きに本を読んでいるような状態だ。
「食事? ああ、人間は毎日何か食べなければならないのだったな」
「まあ私もだけど、あんたは?」
「私はきみと契約で繋がっているので、既に問題はない。食事として提供してくれるのならばいただくが」
下に降りてみるとあちらも本を置いてこちらを向いた。食事については、曰く契約すればいつでも俺の魔力をもらえるから問題がないのだとか。
しかし、別に食事として直に魔力を受け取ることもできるそうで、その方が手早く効率がいいらしい。契約が必要ないので本来メジャーなのはこちらだとか。
「普通の魔術師だといちいち許可を取らなければならないが、きみならば少し魔力をもらっても、取られたきみは気付かないほどに魔力があるからな。いちいち許可をとらずにもらっていたのだが」
「いつのまに勝手に吸ってたんだよ」
空気中の、呼吸に必要な魔力と食事で得る魔力もまた別で、空気中の魔力だけでも濃ければ生きていくことはできるが常に軽い空腹ではあるとも説明される。
つまり、呼吸だけで生きてはいけるがエネルギーを得るためには人の魔力が居る。エネルギーをもらうだけならば契約すれば自動で得られるが、その有無にかかわらず食事として魔力を得られるならばその方がいいと。人間からすれば変な造りの存在だなあと思う。
「食事ってどうやってすんの?」
「種族に依る。血液から摂取する者もいれば、夢を食う者もいる。特殊な例だと……お子様には言い難い方法を取るものもあるな」
それは吸血鬼やバクの類だろうか。そしてお子様ではないので言ってくれて構わないのだが、言い難いという言葉と逸らされた目でなんとなく、最後のは察した。確かに魔物で、種族があれば、サキュバスとかそういうのも居るのだろう。
「私は器用だから、媒介を通さずに直接魔力だけを頂くことができるがな」
「便利だな。じゃあ、はい」
手を差し出せば、オッサンは面食らったように目を瞬いて、こちらを見下ろした。その表情が混乱したように眉根を寄せ、更には首まで傾げる。
「……なんのつもりだ」
「何って、手からでも食べられるんだろ?」
「……さっきの話を聞いても私に食事を提供してくれると?」
「まあ、世話になるし」
なくても困らないものならばなくていいというのは、せっかく生きているのにもったいない考えだ。今まで全く何も食べず、いわば点滴だけで生きてきたようなものなのだろう。
俺が満漢全席で、しかも尽きることのない水源ならばこれから世話される身だ。そのくらいはする。食い尽せはしないというのは先に言われていることだし。
「きみは警戒心が強いくせに、お人よしだな」
呆れたように言って、手を取る。せっかくいいと言っているものを拒否はしないのだろう。オッサンは俺の手を取るとそれを口まで持っていき、手首に軽く唇を触れた。
「……………あ?」
数秒間、なめられるでも歯を立てられるでもなく、触れるだけの時間が続く。呆然としている俺はまったく身動きもせずに状況をどこか遠くに眺めていた。
少しして口を離すと、オッサンは満足そうに笑って手を下す。
「ありがとう。満足したよ、今後二世紀くらいは何も食べなくても構わないくらい……て、どうした? 気分が悪いか?」
「いや、てく、手首に、口」
「? あ。そうか、恥じらっているのか? ふふん、なんだかんだと言って小娘だな」
「ちっげーよ! オッサンに手首にキスされたらキモイだろ! びっくりすんだろ!」
「何だと、きみがいいと言ったんじゃないかね小童!」
「口付けるなんて言われてねーからだよ!」
「じゃあなんで手を差し出した!?」
そんなの、さっきみたいに手から出して魔力を渡したりするんだと思っただけで。
双方説明不足や勝手な思い込みを言い合って、特に終結もなく怒鳴り疲れだけで事が収まったのは十分くらい経った後だった。俺は悪くない。
「はあ……それで、きみの食事だったな」
仕切りなおすようにオッサンは腕を組みつつこちらを見下ろす。別に腹は減っていないが、食べないと変な感じだ。あるならば三食きちんと食べたいし、さすがにこのオッサンから逆に魔力をもらって済む体ではないだろう。あくまで人間ベースと言われたし。
「と言ってもここには食材などはないしなあ。明日動物の居るあたりか、人間の村にでも行ってみるか」
「オッサン行けるのかよ?」
「私を誰だと思っているのだね小僧。少しの間ならば息を止めるつもりで人里に出ることもできるさ。今はきみという酸素ボンベもあることだしな」
満漢全席呼ばわりの次は酸素ボンベ呼ばわりか。魔力としか見られていないようで頭にはくるが、見ず知らずの世界で好きに買い物をしてこいと言われると、ちょっと困るので黙っておく。
「それに、赤子を突然おつかいに放り出すのも酷な話だろうしな」
「私はあんたの見た目について言ってんだけど」
足を指さしてみせる。一言多く言われてしまえばこちらも一言多く返さなければならないだろうが。
魔物の男は指された足を見て、ああと納得した声を上げると一歩下がった。そうして足からするりと魔力を纏わせると、そこに足が現れる。そのすぐ後には些か人間らしくなかった顔も、元の雰囲気は残しつつ人間のように変化した。
「幻影の魔法だ。これならば問題ないだろう?」
便利なものだ。やり方は教えてもらっておいて、話を戻す。今日は空腹でもないし、食事はいいとして、風呂だ。さすがに風呂に入らないと気になるが、どうしているのかと問えば魔物は実態がないも同然だから必要ないと言われた。
「体が汚れるという感覚がいまいちわからん」
そもそも風呂ってなんだとまで言われた。そういえばこいつの私室以外は見学したが、風呂もトイレもなかった。洗濯機もなかった。
「人間のことは知ってるんじゃなかったのかよ……」
「人間についての知識はあるが、家の中で何をしているのかまで見せびらかす者はあまりいないだろう。知識として知ってはいるが、不要な情報はあまり頭に入ってこないものだ。ちょっと頭を寄越しなさい。記憶をみせてもらおう」
「はあ?」
そんな魔法まであるのか。言われるまま頭を寄せると、頭突きされるように俺の頭にオッサンの頭が乗せられる。これもこれで気持ち悪いなあと思うが、まあ俺の体が少女なので見た目としては問題ないし、我慢するしかない。世間一般的に見てオッサンが美少女のと額を合わせている様子は犯罪的だと思うが。
いくつか指示され、風呂のことやトイレのこと、洗濯もついでに思い出しておく。それらが俺の考えているままに伝わったのだろう、オッサンは興味深そうににやついた。
「ふん、ふむふむ、なるほどなるほど」
「これでわかったのかよ?」
「実に興味深い。風呂か。よし作ろう」
「は!?」
言うや否や、部屋から出ようとするオッサン。大きな窓から見える外は既に暗い。月も出ていて完全に夜だ。こんな時間から風呂作るって。というかそれ以前に、作るって。
「待て待て待て」
「なんだね? きみが欲しいと言ったんだろう」
「いやもう、今日はいいよ。明日にしようぜ」
「大丈夫。構想はあるから一晩もあればできる」
「もうやだ、この行動的DIYジジイ!」
一応睡眠は必要なんじゃないのかよ。
この後も十数分は止めたが、好奇心に火のついたジジイは話も聞かない。きみは勉強の続きをしておきなさいとまで言われたので、もう放っておいて寝ることにした。




