九
ざわめきが移動するにつれてひそひそと周囲では小声が聞こえてきた。正直、皆様の注意がそちらに逸れたので私は少しほっとした。しかし、ルークお兄様の物言いたげな視線が痛い。ルークお兄様の微笑が氷のものであることは間違いない。
「お隣のプリムラ学園の生徒会の方なのね……」
「プリムラ学園と言えば今年は伯爵家や子爵家のご子息や騎士団長の子息までもご入学されているそうだけど所詮は庶民の……」
ざわめきの中でいくつか聞こえてきた内容から私は例の乙女ゲームの攻略メンバーがいることが分かった。一年生ながらその身分と才覚から生徒会長に選任された私の婚約者であるライル伯爵令息のユリアンと副会長のレイン子爵家の令息のクリス、生徒会書記の騎士団長の息子ジル。
そう言えば二周目以降、隠しキャラに会うためのイベントでこんなのあったかも。ここが舞台とは思わなかったけれど隠れキャラの王太子の参加するお茶会に学園の生徒会も参加するの。ヒロインは入学早々そのドジさ加減で生徒会の雑用を命じられて、一緒に強制的に参加することになっていた筈。でもってその生徒会の構成メンバーが全員一年生と言う異例の構成。
そして、その生徒会は学園内でグローリアス生徒会という名前で呼ばれていた。彼らが揃って登場するシーンではその愉快な挿入歌「プリムラ学園生徒会はグローリアス!」が流れる。
そのシーンでは突然メンバーが音楽隊のような衣装に早変わりして、歌に合わせて踊ったり、歌ったりして、ヒロインもいつの間にかその中で一緒に踊る。
グローリアス、グローリアスと連呼されるやつで、趣味悪いと一部で言われていたけど私は嫌いじゃなかった。いや、結構……。いや、かなり……。べ、別にオケで熱唱なんてしてないったら。……実はしたけど。振り付きのノリノリでね。
しかし、今は彼らが通ると会場が逆にシンと静まっていく。流石にあの愉快な挿入歌は流れなかった。それはどうやら私の脳内だけで再生されているようだった。
『おお、グローリアス♪ 我らがグローリアス、天上のグローリアス♪
選ばれた者だけの特別な場所~ それが我らのグローリアス生徒会
君の困ったことを解決してあげるよ~♪
誰よりも輝いて~♪ グローリアス!
どこまでも~ グローリアス!
君の瞳に乾杯!
さあ、讃えよう! 何処までも輝かしき我らがグローリアス! 生徒会♪』
私の脳内ではメンバーが豪華な衣装に早変わりして歌い踊っていた。だけど私の脳内とは関係なく、そこにいるご令嬢の関係のお貴族様達は物珍しさからだろうか、彼らを遠巻きに眺めている様子だった。
そう言っても騎士団長の家も一代限りとは言え準貴族だし、庶民はユリアンの横で心細そうな表情でいる少女だけなんですが? でも彼女も実は侯爵令嬢の私と取り違えられていたのだから結局はお貴族様になるの。とするならば、この場で庶民は私だけじゃん。
私は虚しい笑いを胸の内に秘めて、改めてヒロインである彼女をさりげなく観察した。
へえ、ヒロインはゲームでの型通りの薄茶のおかっぱで緑の瞳の平凡な見た目なのね。まあ可愛いちゃあ可愛い方だけど、ここで超絶お嬢様方に見慣れてくるとどうしても見劣りするわねぇ。何気に自分も高スペックだし。未だに鏡の中の姿は見慣れないわぁ。朝に鏡を見るたびに誰これな状態になるわ。
あれ? 何だかユリアンの見た目がやっぱりゲームとは違っている気がする。それに他の方も何か……。
実は私は『ゆるハー』を二周目くらいで止めてしまっていたんだよね。記憶が他のものと混ざっている可能性もあるかも……。
ユリアンはゲームでは王太子と同じ金髪碧眼だった筈なのに目の前の彼は銀髪に近く、瞳までも銀色かかって、なんだか冷たそうなイイ感じの美少年になっていた。
――あれ? 私の記憶違いだったけかな? 幼少期は天使のような可愛らしさだったのに……。前を向いて背筋を伸ばして堂々としている。その後ろに何名か、生徒会のメンバーかしら、その一番後ろにおどおどどした感じのヒロインちゃんがいる。
本来なら、ここは『何?! その下賤な女は!』 って私が乱入する初イベントの予定なんだけど私はしない。別に私はこんな衆目の前で取り乱してハンカチを噛み締めたりしない! ええ、しませんとも。私のなけなしのプライドにかけても。……後で部屋に戻ったら、こっそりお手製ユリアン人形に話し掛けて抱きしめてしくしく泣くだけだもん。くすん。
本来の「ゆるハー」ならこの場面でライバル役の私が初めて出てくる。高笑いとともに庶民のヒロインを見下して嘲笑うのだ。これも乙女ゲームなんかではよくあるシーン。
だけど小市民になった私にそんなこと出来る訳もなく。でも、あれとは致命的な違いがあるからね。だって、私はドリル巻き、ドレス姿じゃ無いのよ? これから朗読劇に出るために既にお兄様の服を拝借してるの。今の姿は某有名歌劇団の男役のよう。こんな姿ではユリアンには分かるまい。そういや、まだユリアンにはここに入ったのを知らせてなかったわ。てへぺろ。
「アーシア?」
怪訝そうな兄の声に私は我に返った。そう、今は婚約者より眼前のお兄様のお相手だ。お兄様も今は社交界の貴公子用の猫かぶりモードだと感じる。私も令嬢用の微笑みをお兄様に向けた。しかし、お兄様は目聡く私の視線の先で彼ら、ユリアン御一行様を見つけたようだった。
「ほお、あれは、お前の……」
ルークお兄様は私の耳元でそう低く呟いていた。それは今にも抹殺指令を出さんがといった声音。
ひぃっ。いえ、お兄様、もうユリアンのことはいいんです。あの婚約は私の若気の至りでした! ええ、あの時は幼かったので、勢いで婚約してしまったのです。彼も我が家の威光に逆らえず嫌々承諾したのでしょう。今はお互いすっかり後悔しておりますからどうぞお気になさらずぅぅぅ。
お兄様のお気になさる案件ではございません。どうか、そっとしておいてください。この繊細な妹のぶろーくんハートを……。いえ、まだ婚約破棄はした訳じゃないけどね。……くすん。
それとも、ここで私はゲームのように『私の婚約者から離れなさい! 汚らわしくてよ。この泥棒猫っ』とヒステリックに喚き散らすべきなのかしら? この我が国上位の貴族の方々の前で……。出来ません。小市民で庶民な私はひっそりとこの場をどうやって退場出来るか考えているの。




