八
出し物も決まって園遊会に向けて学園は盛り上がっていた。私は連日、台本片手に朗読の練習をしているのだけど当日は台本を持っても構わないのでかなり気が楽。なんて思っていたら、ジョーゼットは数日で覚えてきた。
恐ろしい子……。
その日も放課後に二人で空き教室で朗読の練習をしていた。窓から差し込む柔らかい日差しが彼女をますます美しく見せている。練習していると他の方々からお菓子などの差し入れがあり、そのままティータイムに変わることもよくあるのだけど。今のところは二人だけ。遠くから女生徒のきゃっきゃうふふの声が時折聞こえてくる。
「ジョーゼットは完璧ね。私なんか覚える気がないからか全然だわ」
私の溜息交じりの言葉にジョーゼットはふっと笑みを漏らせた。
「完璧、ね……。アーシアにまで言われると……」
あ、そういや私って入学試験トップだったのね。
「アーシア、私ね。小さい頃から王太子様の隣に相応しくって言われてきたじゃない? だからね。こうして気兼ねなく親しくできる方は初めてなのよ」
そうか、彼女は私と違って、宮廷の権力争いの中で幼少期から過ごしてきたんだものね。その頃、私は自領で使用人相手にムチを振り回していた。笑い事じゃないけどね。背が小さいから、ほとんど当たらないというかね。
「常に私は完璧でいないとって考えていて。でも、ここには初めて私以上の方がいらしたの」
ジョーゼットがくるりと回って踊るように私に近寄って手を握り締めてきた。彼女の煌めくアクアブルーの瞳が間近に迫っていて、これはまるで何かのイベントの様に感じた。私の心臓までバクバクしていた。
「アーシア、私とずっと良いお友達でいてね」
「え、ええ」
間抜けた声になったのは仕方ない。ジョーゼットが美しすぎるからいけない。つい見惚れちゃったじゃない。
練習を終えて、夜に自室の机に座ってステータスのチェックをしてみる。今日は語学があったので知力が上がる筈だけど、どうやらダンスの授業のせいで体力が上がったから知力が下がる。ランクは上がらない。でも、今日は今までに慣れないものが好感度の横に現れていた。
[好感度]
ジョーゼット・ローレン UP↑
そもそも好感度とは何なの? ステータスというかパラメーターが見えるのって、他の人はどうなっているのだろう。それに攻略対象のユリアンの好感度があるのは分かるけど、どうして友人のジョーゼットや兄のルークまであるの。でも、誰に聞いたら良いのか分からない。ステータスのランクはあっても好感度は他の人の話では無かったからヘタすれば頭が可笑しいとか言われるに決まっている。
そんな中、園遊会の準備は着々と進んで、いよいよ園遊会当日になった。朝から良い天気で、招待された方々の馬車が次々と到着していた。
それぞれ受付や案内役に振り分けられたので手伝っている。園遊会と言いつつそれぞれくつろげるようテーブルと席は用意してあるので名簿を見て席まで案内する。私は自分のテーブル周辺を確かめていると入口付近で歓声が上がった。騒ぎの方にジョーゼットが頬を上気させて向かっていた。
――どうやら王太子様の御一行がいらしたみたいね。
私はそれを眺めつつ自分の両親を探してみるけど見つからなかった。まだ来ていないみたい。
その時、何故か私の背中にぞくりと悪寒のようなものが走った気がした。周囲を見遣るが特に気になる人や視線には気が付かなかった。
「アーシアもこちらにいらっしゃいな」
ジョーゼットに手招きされた先には――。そこには超絶美形な王子様がいた。
わが国のアラン王太子様は『ゆるハー』のキャラとは別物の輝きを放っていた。ジョーゼットと並ぶととてもお似合いに見えた。彼は金髪、濃い青色の瞳の優しい感じの王子様。流石、王道の隠れキャラ。正しく王子の中の王子よね。
そして、その王子の中の王子の隣にいて全く遜色ない美貌の青年が一緒にいたのだった。彼は艶やかに光る見事な黒髪に妖艶さと危険な感じが宿るアメジストの瞳の男性で――――――。
「……ルークお兄様」
私は呆然とその名を呼んでいた。お兄様は私を見ると春の日差しのように微笑んだのだ。それとは逆に私の体中が凍りついたように固まってしまった。
――怒っている。超絶お怒りモードだ。何故なら彼のことを幼いころから知っている私の〈お兄様センサー〉がそう言っている! ビンビン反応してるぅぅ。
そんな私の様子に誰も気がついていなかった。だけど、それを打ち破るかのようにジョーゼットはふふっと薔薇の女神さまの微笑みを浮かべてくれた。
「まあ、アーシアったら、素敵なお兄様ね。私には弟だけだから羨ましいわ。可愛いけれど」
はあ。まあお兄様は見た目だけは絶品、超絶イケメンですがぁ……。無論私の心の中に『だけ』のところを特にアクセントをつけておいた。
――でもね、性格はとても残念な腹黒なのです。
私はそれに引きつった胡散臭い笑みを浮かべるだけで精一杯だった。お兄様はジョーゼットにその麗しいと称される眼差しを向けていた。
「ローレン公爵令嬢のようなご令嬢が私の妹なれば、私もさぞかし甘やかして差し上げたことでしょうね」
大人な余裕をもった甘い雰囲気でとんでもないことをお兄様は仰っていた。ジョーゼットの方もぽっと可愛らしく頬を染めていた。
――良いのですか? お兄様ぁぁ! 彼女は将来の主君の婚約者様ですよ? 口説いたらダメでしょうがっ! ……べ、別に、私は焼きもちなんて……。や、焼いてないもん。
「おいおい、ルーク、婚約者の私の前でそんなことを言われると困るなぁ」
どうやら王太子様が兄の発言を冗談として流してくれたようだった。
一体、どうなさるおつもりですか、お兄様。でも王太子様は随分気さくそうで懐の広いお方のよう。それにお兄様とはどうやら旧知の仲の様だった。お兄様、聞いてませんよ。王太子様とそんなに仲がよろしかったのですか? なんだか、右腕とか親友とかそんな立ち位置を思わせるような雰囲気ですよね。
私のそんな内心の焦りに構わず、ご挨拶を済ませるとお二人は終始なごやかに私とジョーゼットを囲んでお話を続けていた。一応ね。私も新年のご挨拶とかで王太子殿下とは顔合わせは済ませているの。これでも高位令嬢だからね。
そんなやり取りをしているうちに招待客が揃ったようで、開会式に向けて先生方が動き始めた。すると入り口の方で一段と大きなざわめきが起こっていた。




