三十九
お兄様はここ数日大忙しで、寝る暇もなさそうだったわ。でも、とうとう暫く出かけると言って出かけてしまった。今夜は後、お父様はおいでにならないけれどお母様はいらしてくれるようになっていた。それにジョーゼットやユリアン様も近いうちに来てくれるというお手紙を頂いたわ。
それから私はガブちゃんが手に入れてきてくれた品々を見てきゃっきゃうふふと楽しい時間を過ごしていた。
「これ見てよ」
ガブちゃんが用意してくれたのはモールのついた赤や白い軍服風の衣装。某有名な男装女性の衣装に似ていた。
「また凄いのを用意してくれたわよね。これって、逆にごてごてして動きにくいのじゃあないの? とかいいつつ着てみるわ」
それは一人でも無事着ることが出来た。
「意外と着やすいわね」
「そうでしょ。ふふん。うちの腕の良いお抱えお針子にアレンジを頼んでみたんだ」
黒い髪は括らずストレートのまま背中に流してある。剣は壁にあったサーベルなんかを持って掲げてみた。
「おお、本当に白バラの騎士とかの表現が似合いそう。本当にあなた見た目は超絶良いよね」
「見た目だけって……」
「気にしない。気にしない。じゃ、次これ着てみよー」
そんなやり取りの中、邸内が急に騒がしくなった。
もしや、王太子様が到着したのかと私は慌ててしまった。だって、私はお出迎え用のドレスじゃないのよ。今はあの騎士風のヤツよ。それに迎えるために先触れがある筈なのにどうしたのかしら?
怪訝に思いながら私は玄関の様子を窺いに向かった。うちの執事が叫び声を上げていた。執事長は実家の差配を頼んでいるけど次の補佐にあたってる執事だからそんな取り乱すようなことは無い筈なのに。
私は我慢しきれず玄関に駆けつけた。そこには王太子様に支えられるルークお兄様の姿があったのだった。
「……来る途中に賊に襲われて、一部は捕えてあるが、ルークが私を庇って負傷した」
私は慌てて駆け寄ると王太子様は私に気が付いてくれた。
「お兄様!」
「君はアーシアだね。ルークの治療の手筈を頼む」
私は騒然となっている使用人達に指示をした。治療師の手配、王太子様を迎える準備。そして、襲われた状況を詳しく訊ねようとした。だって、今度はこの屋敷だって狙われるわ。警備の強化もしないとね。私は震える体に鞭を打って頑張ったわ。本当のムチじゃないわよ。気持ちね。気持ち。
「王太子様のお怪我や被害の状況はどうなのですか?」
「私の方はルークが盾となってくれたから幸い怪我は無い」
「そうですか」
私はほっとしつつ、ルークお兄様を寝室に寝かしつける。ガブちゃんも館の騒ぎに様子を見に来てくれた。
「一体何があったと……。まあ、アベル王太子様?! やだ、ルーク様が大怪我じゃない」
「このぐらいどうという……」
横になっているお兄様の顔色はかなり悪かった。
「ルーク。大人しく治療を受けるんだ」
「うちの方からも治療師の手配をいたします!」
「……君は?」
「王太子様にはお初にお目にかかり光栄の極み。私はミーシャ商会が娘ガブリエラと申します。どうぞお見知りおきを」
「おお、あのミーシャ商会のお嬢さんか。それはそれは、ルークも顔が広いな」
王太子様がガブちゃんを見遣るとルークお兄様を褒めていた。ルークお兄様は微かに微笑んだけれど意識が混濁してしまった。
それから、ガブちゃんの協力もあって治療師も幾人か直ぐに来てくれて手当をしたので、かなりな深手だったけれどお兄様は持ち直した。
「折角王太子様がみえられたのにお兄様がこんなことに……」
やっぱり私なんて王太子妃など権力に近付いてはいけなかったのに。私は唇を噛み締めていた。
「そうね。でも、このままやられたままでいいの? 誰だか分からないけどこんなの気に入らないわ。アーシア、私が手伝うわよ?」
「ガブちゃん……」
「ほお、ミーシャ商会のお嬢さん、君は中々性根が据わっているな。気に入った」
「王太子様……」
「確かにこのままやられっぱなしと言うのは気に入らんな。それも私のお忍びを狙ってというのもな。どんな思惑があるのか分からんが。ルークと私は昔からの気のおけない友人なのだ」
「王太子様。やはり私が王太子様の……、その、候補などになったせいでしょうか。本当に私などは畏れ多いことでしたから……」
「さあ、誰に恨まれても私はおかしくない立場だ。だが、このようなことは癪に障る」
王太子さまとガブちゃんと私でいろいろと話し合った。私の知らなかったことにルークお兄様が次期宰相というのが気に入らない一部の貴族達がいること、そして、王太子様も現王の王弟派からの権力争いがあることを教えられた。
そして、考えたくないけれど私が王太子妃候補となる噂からの襲撃だったとしたら……。
私が王太子様の婚約者候補になることで危害を加えようとする派閥は――。あまり考えたくなくて私は手をぎゅっと握りしめた。
どうしたらいいのだろう。今からでも私ができることは? 襲撃を受けて王太子様は都へ増援要請をしている。帰るときにまた襲撃されては大変だものね。あとはこの町の警備の強化よね。もともと王太子様のお忍びのために事前に都から応援部隊は来てくれていた。それでも、こんなことになるなんて。
「あら、お出迎えが無いと思ったらこんなことになっていたのね」
「お母様!」
部屋にはいつの間にかお母様がいらしていた。それだけで場の雰囲気が一気に和らいだ。流石、お母様。
「モードレット侯爵夫人。この度は……」
王太子様がそう話しかけようとしたけれどお母様は。
「ふふ。王太子様。ようこそいらっしゃいました。そのような言葉はまだ必要ありませんわ。不手際で至らなかったことをお詫びしなければならないのはこちらの方ですもの」
「しかし……」
「お母様。でも、ルークお兄様が……」
「アーシア、こんなことは貴族なら良くあることです。レディが取り乱してはなりませんよ。……それに可愛らしいお嬢さんが怯えているじゃない。どなたかしら?」
お母様の問いにガブちゃんが慌てて頭を下げた。
「私はミーシャ商会が娘のガブリエラと申します。アーシア様には一緒に休暇を過ごそうと誘っていただいております」
「あら、そうだったのね。アーシアったらいつの間にこんな可愛らしいご友人ができたのかしらね」
「奥様、いつも我がミーシャ商会をご利用いただきありがとうございます。私としてもこの度のことアーシア様の友人として深く心を痛めております。ミーシャ商会の一員として私も出来る限りご協力する所存です」
ガブちゃんの友人と言う言葉に私は何故かじんとしてしまった。それよりガブちゃんが来ているのを咎められるかと少しひやりとした。けれどガブちゃんの言葉にお母様のお顔が輝いた。
「まあ、嬉しいわ。ミーシャ商会のお力なら是非お借りしたいの。ルークがこのようになったのは周囲に知られたくないわ」
そうして、じっと私を見つめていらした。
「だからね。アーシア。あなたがルークの代わりをしなさい。王太子様のお相手をきちんと務めるのよ」
「は? 私がですか? 無理無理!」
お母様の言葉につい私の素が出てしまったけれど、お母様の眼光ですぐさま私は押し黙ってしまった。
「少しの間だけです。ルークの他の衣装は? 早速アーシアに合わせて頂戴。ガブリエラさん。少しお願いがあるわ。探して欲しいものがありますの」
お母様の無茶振りに私は唖然となっていた。
お兄様の顔色が痛々しい。いつもは圧政されていたけれどやはりそこは家族として傷つけられると私の中でも怒りがふつふつと湧いてきた。折角楽しいはずのバカンスが台無しになってしまったじゃないの。




