十九
ひょっとして、私はまた悪役令嬢になるの? 私がガブちゃんを差し置いてジョーゼットとライバルになるということよね。でも、全く勝てる気がしないんだけど。確かにアベル王太子様は素敵だと思う。金髪碧眼で正統派王子様。でもね。私は遠山明日香のときからユリアン様が一番だったし、アーシアだってそうよ。
私は何たって、ユリアン様を一番に攻略したんだからね。私としてはやっぱり推しとのトゥルーエンドを夢をみたいじゃない? それに今のユリアン様は金髪だけどやや銀色っぽい感じになっていて、益々格好良いのよ。そして、見ているだけで吸い込まれそうになるあの瞳はリアルじゃないと分からなかった。
お兄様は私を王太子妃候補にするなどと爆弾を投下して気が済んだのか、暫く他愛のないお話をして侯爵家にお戻りになられた。私は疲れているという理由で早々に休むことにしたわ。侍女は側で控えているけどね。使用人用の小部屋はあるので、そこに戻って良いわよと言いたいけど……。
――ああ、一人だったあの頃に帰りたい。気を使っちゃう。
侍女はてきぱきとお兄様の持ってきてくれたものなどを片付けてくれていた。そして、部屋の中をチェックしている様子だった。そして、クローゼットからは私が着ていた服を取り出していた。
もしや、男装禁止? お兄様のご命令があったとか?
「あ、それまだ着るの……」
私が申し出ると彼女は手を止めて説明してくれた。
「お手入れをさせていただきます」
ああ、そういうこと! 流石は侯爵家の使用人達。言わなくても主の意向をくみ取る優秀な方々ですね。私は男装を禁止されないことにやや安堵していた。
「それからルーク様から新しいもの預かっております」
侍女はそれらをクローゼットに仕舞う前に見せてくれた。なんと今度はタキシードまであったのよ。そんなものまで? そして、それを使うときがあるのかしらね。だけど何故か欲しかったマントまであったの。それも白も黒もあるのよ。楽しみね。
次に美しい色とりどりのドレス数々を私の前に広げてくれた。
「こちらの夜会用などのドレスもお嬢様にご確認をとおっしゃっておられました。他にもお家の方に沢山ご用意してございます」
はい? 夜会など今まで行ったことなかったけれど、いよいよ私もお貴族様の社交界デビューするの? でも放逐されるのなら、夜会などは出ない方がいいかも。私のハッピーエンドルートは?
目指せ、半裸でアイス! おこたで蜜柑! ヒルズな生活! 絶対、王太子妃候補など目指しませんよ? 伯爵家のユリアン様さえ諦めようとしているのに王太子の妃になるなんてどう足掻いても無理です。
その日はぐだぐだと言い訳して私は寝室に籠ってお兄様の言葉を反芻していた。お陰で良く眠れなかったじゃないのっ。
それに侍女が私の身の回りのことをしてくれるのは有り難いけれどこうして見られていると監視されているようで……。
翌朝、私は睡眠不足のまま寮の食堂の席に着いた。そして既にいらしている皆様とご挨拶をにこやかに交わした。朝の清々しい一日の始まり――。
それにしても、侍女が私の頭を巻き巻きドリルロールにするのを止めてくれたので早朝に起きなくていいから、身支度は随分楽になったのよ。それから私はルークお兄様の用意してくれた新しいフロックコートに袖を通した。夏向きの薄青に白銀の縁取りで素敵。侍女は黙って見ているだけだった。
「学園では自分のことくらいできなくてはいけないの。それも社会に出る勉強の一つなのよ」
そんな風に侍女を言い含めることができた。だから、私が恐れていたような展開は無く、朝食の席に着けたのよ。
食事の会話では今週末の休日に何処に外出するなどの話が飛び交っていた。
私だってお出かけしたい。街に出かけて、ガブちゃんの家に行ってみたいのよね。何れは私の家になる訳だし……。深窓なご令嬢姿で街まで一人でのこのこ出かけるほど馬鹿ではないけれど一体どうやってお出かけしようかしら。この世界では未婚の貴族令嬢が一人でお出かけするのはあまり許されていなようだから。早く庶民になって大手を振ってお出かけしてみたい。
穏やかないつもの感じで朝食は終わった。私はどうにか外出許可をもらおうと考えながら授業を受けに教室に向かった。
そのアーシアの姿を見て、令嬢方は「今日のお召し物は一段とお似合いだわ」「それに何だか難しいお顔で考えていらっしゃるわ。きっとジョーゼット様やルーク様のことを想っていらっしゃるのよね。素敵だわ」そんなことを話しあって、キャーという声が上がったので、その声にアーシアは振り返ったが、その内容までは気が付かなかった。
夕方にはいつものように授業を終えて部屋に戻った。そこへ、部屋をノックする音がして寮付きのメイドさんが来客を告げに来た。
その来客は――。
寮の来客用の客間に行くとユリアン様が真紅の薔薇の花束を持って待っていらしてたの!
「やあ、アーシア。この間は応援ありがとう。君のお陰で優勝できたよ。今日は突然来て驚かせてしまったけれどこの週末の予定を聞きたくてきたんだ。良かったら、一緒に何処かに出掛けないか?」
そう言って見事な薔薇の花束を私に差し出してきた。私によ! 嬉しいわ。
「有難うございます。ユリアン様。申し訳ありません……」
つい私は謝罪の言葉が口に出てしまっていた。
本来なら持ってきてくれた薔薇の花を誉めないといけないのよね。謝ったのは今までのいろいろと迷惑をかけていたことについてなのよ。子どもの頃にはお茶会で私以外の女の子と話さないように独占していたし、先日は学園の剣術大会を観に行ったら、何だか変なことに巻き込んでしまったし。
私の今までの行動って、ユリアン様には本当に迷惑以外何ものでも無かったの。(虚脱の笑い)
私は努めて平静にしていた。そうでないと日本人的気質の自分では今までのことを土下座してひたすら平謝りしたくなるのだ。
ユリアン様は黙っている私を眺めていたが、何故か目を細めて怜悧な雰囲気を醸し出した。
ひぇっ、ユリアン様って、こんな表情もなさるの? 格好良いわぁ。もっと可愛い穏やかな人柄だと思っていたけど私が覚えているのは子どもの頃だものね。
でも、その表情はちょっと好みかも。どちらかというと私は正統派ヒーローよりちょっと屈折したのが好きだったの。俗にいう、ヤンデレ系とか、こじらせ系とか。優しそうなのより、一見冷たそうな男が、ふとみせる優しさなんか良いのよね。あ、ちょっと皆様、お待ちになって。ドン引きなさらないでっ。
私はどうやら妄想を広げていたようだった。ユリアン様はそのまま話を続けていた。
「……では、君のこの週末の予定はどう?」
「あ、ええと……」
そう問われてふとあることを思いついた。丁度良いかもしれない。私が一人で外出なら絶対止められるけれどユリアン様と一緒にお出かけなら許して貰えるかも。
私は渡りに船とユリアン様を街へのお出かけに誘ってみた。彼は私の申し出に一瞬躊躇したもののすぐ快諾してくれた。
これで街へ繰り出せるわ。だけど傍から見れば男性二人にしか見えないのが残念よね。仕方ないわ。女性の支度は時間がかかるのだから男性用でいいの。私は紛れもなく女性なのだから断じてこれはユリアン様との禁断の展開などと言われない筈。私はそんなことをぶつぶつと自分に言い訳をしていた。
これがイベントの一つになるとは思わずに……。