十六
「騒ぎを起こした者達をさっさと連れて行け! それにしても……」
ユリアン様は他の者達に素早く指示をすると私の腕を掴んできたの。
――ユリアン様から触られるのって、初めてかも。それにそっと耳元で囁かれてしまったのよ。私の好みのイケメンボイスで!
「……アーシア、知らせてくれたなら、私が出迎えたのに、そうすればこんなことに巻き込まれることもなく、今度は事前に教えて欲しいよ。君が危険な目に遭うところだっ……」
そこまで言うとユリアン様は私の後ろのジョーゼットに気がついたみたいで、少し溜息をつかれてしまった。
「……あなた方を貴賓席までお連れ致しましょう」
「もしかして、そこに王太子様が……」
私がこっそり耳打ちするとユリアン様はやや眉を顰めてしまった。
「君は一体どこでそれを?」
「あ、それは……」
某世界の乙女ゲームの知識ですとは口が裂けても言えない。だって言ってもどうせ信じて貰えなくて頭がおかしくなったと思われるだけだものね。私の掴まれた腕にジョーゼットも手を重ねてきた。
「私がそうアーシアにここに来たいとお願いしましたの。だから、ユリアン様、アーシアを咎めないでください……」
ジョーゼットの言葉をユリアン様は誤解してくれたようだった。ジョーゼットから聞いたとでも思ってくれたみたい。
無言のユリアン様に促されて、剣術の試合会場に着いた。そこでは王太子様を迎えた御前試合に代わっていたのだった。
「ところでユリアン様の出番はいつなの?」
「もしかして、君は私を応援してくれるのか?」
ユリアン様が振り返って、少し驚いたという感じで私を見てきた。
「勿論よ! ユリアン様の優勝する姿を見たいわ」
ウキウキして私が勢い込んで答えるとユリアン様は少し驚いた様子ではにかんでいた。
美少年のはにかむ姿を頂きました! 私はその姿が神々しくて思わずくらりと眩暈を感じてしまった。
それに何か、良い感じじゃない?! でも仲良くなると後が辛いわね。こんなこと言っては駄目だったのかしら。でも、やっぱり、私は昔からユリアン様が一番なの。それは向こうで遠山明日香として『ゆるハー』をやってた頃からなんだからね。
私達の訪れで、急遽貴賓室にある観覧席に用意されていた王太子様の後ろの席が整えられた。ここからだとジョーゼットは周囲からよく見えないし、王太子様とも話せるからいい場所ね。
「おや、ジョーゼット、待っていたよ。それと君は確かルークの……」
「ええ、殿下。モードレットが娘アーシアでございます。先日のお茶会ではお目に掛かれて嬉しゅうございますわ」
すると私の姿を王太子様はまじまじとご覧になられる。だからこれはジョーゼットと浮気をしている間男じゃありませんからね。やっぱり、こちらはズボンを穿く貴婦人はいないものね。農作業なんかもエプロンスカートなのよ。ズボンの方がいいと思うのだけど。何れは異世界チートでズボン革命でもしようかしら? それも何処かで読んだ覚えがあるわね。
そんな、おかしなことを考えてたけれど私の前では再会したジョーゼットと王太子様の二人は仲良く微笑みを交わしていた。ジョーゼットは嬉しそうにしていたし、王太子様も同じく。仲の良いお二人を見ているとこちらも和んでしまうわね。羨ましい。いつか自分もそういう人を見つけないとね。
『ライル卿は次は決勝だ』
『勝てば一年生で優勝だよ。素晴らしい。流石』
口々に周囲から私のユリアン様を褒める言葉が聞こえてきた。王太子様も耳にされて満足そうだった。
「ユリアンが優秀なのはもう知っている。ここには他の優秀な人材を見に来たんだが……」
「恐れ入ります」
苦笑交じりの言葉にユリアン様は恭しく頭を垂れていた。流石、私のユリアン様。
そうしているとどうやらユリアン様の順番が回ってきたようだった。
「ご武運を」
万感の想いを込めて貴賓室を出ていこうとするユリアン様に私は声をかけた。ユリアン様はその端正な顔に微笑みを浮かべてくれた。
「君のために勝利を捧げよう」
そして、私の手を取ると手の甲にそっと唇を寄せたのよ! まるでお姫様に対するようだったのよ。見た目は男同士だけど気にしないわ。ああ、やっぱりユリアンは素敵なの。今だけはこの想いをありったけ込めて応援するわよ! 三年後のことはまた考えよう。
試合会場はユリアン様の姿が現れると歓声が響き渡った。
『ユリアン様~。素敵ぃぃ』
『こっち向いて~』
なんて黄色い声援が上がっている。うぬぬぬ。私のユリアン様なのに。でもユリアン様は確かに昔から人気だった。お茶会でも他のご令嬢の果敢なアタック現場を目撃したことがある。でも、その都度私は邪魔をしていたの。正しく昔の私は悪役令嬢ね。でも、今は……。
「ユリアン様!」
つい、私はユリアン様に見てもらいたくて、貴賓室のガラス張りにへばりついて大声を出して手を振っているとユリアン様も気が付いてくれて振り返してくれた。それが、他の人にだったかもしれないけれど自分の方向だったから自分に向けてだと思うことにするの。
「ははは、君もそんな格好だけど。やはり中身は乙女なんだね」
「も、申し訳ございません」
王太子様のそんな言葉に私は我に返るとガラスから離れて元の場所に戻った。ここからは少し見えにくいけどジョーゼットの隣だしね。
試合は勿論ユリアン様の圧勝だった。閉会式では王太子様からの好評まで受けていた。その後は片づけや打ち上げがあるみたいで話はできず仕舞いだったけど私は満足して帰途についた。
だけど、プリムラ学園では剣術大会の打ち上げのときに、謎のムチ使いの男子生徒の美少女を守っての立ち回りが話題になり、かなり盛り上がっていたとか。そして、その話を聞いてユリアン様が少し青ざめていたとかまでは私の耳に入ることは無かったのだった。