EP15 未定
多分書き直します
学園に入学してから、一ヶ月が経過した。残暑もすっかり過ぎ去り、カラッとした涼しい風と暖かな日差しに、眠気もいつもの二割増しといった感じだ。
授業にもアルティとモナのおかげでどうにかついていけている。二人ともそれなりに成績がよく、教えるのも上手い。ただ、もちろん得意不得意はある。
算術が全く意味が分からないので、受けたのを後悔しているくらいだ。
簡単な計算ならまだいい。けれど、商売が絡んでくると急に難しくなる。
そもそも受けるつもりはなかったのだが、
「できておくと、今後確実に役に立ちますわ」
と、フェリシアに言われて取った授業だった。
何度かフェリシアにも教えてもらったが、私がつまずくたびに「こんなのも分からないのか」と言いたげな、雑草でも見るような目を向けてくるので、早々に頼るのをやめた。
植物学と薬学に関してはかなり順調だった。ミルロ先生からもお墨付きをもらっている。
植物のことなら能力のおかげで困ることはほとんどないし、薬の調合に関しても、お母さんから教わった方法が現代の一般的な調合法とそこまで違わなかったのが幸いした。
――お母さん、本当にありがとう。
植物学の授業は今ではほとんどティータイムみたいなものになっていて、一番の癒やしの時間だ。温室も居心地がいいし、土いじりも嫌いじゃない。
来年は、アルティたちも誘ってみようかな。
今は授業を取っていない空き時間で、温室の机でぼーっと次の薬学の予習をしていた。
ミルロ先生はというと、信頼しきって温室の合鍵を私に預けてどこかへ行ってしまった。
温室の植物はどれも元気だ。元気すぎて、少し伸び放題になっているものまである。
これだけ広い温室を一人で管理しているのだから、ミルロ先生はすごいと思う。
あ、ちなみにここにある植物は、もう全部覚えたよ。うん。
薬学の教本を閉じて、身体を伸ばす。
その時、温室の扉が耳障りな音を立てて開いた。
湿気のせいで錆びついているらしく、開けるたびにひどい音がする。ミルロ先生も直したいと言っていた。
先生はいないし、誰か来たなら代わりに応対した方がいいだろう。
温室の中は植物が生い茂っているため、机からでは入口が見えない。
私は立ち上がって、入口へ向かいながら声をかけた。
「どなたですか〜?」
ばたん!!
扉が勢いよく閉まった。
入口まで行ってみるが、そこには誰もいなかった。
えーと……。私がいたから逃げたってこと……? それとも、驚いて逃げちゃった……?
ミルロ先生に用事があっただけなら、逃げる必要もないと思うけど……。
何にせよ、薬学の時に先生に報告しよう。そんなことを考えているうちに、中央棟の鐘が鳴った。
※
「ということがあって……ミルロ先生? 聞いてます?」
「ちょっと待ってくださいね……今それどころではなくて……」
そう言って、ミルロ先生は座って頭を抱えていた。不審なことがあったのに、それ以上に問題を抱えているようだった。
「あの、何かあったんですか……?」
それを聞くやいなや、ミルロ先生は教室の角に向けて指をさす。その先にいたのは、金色に輝いたウェーブがかった髪。常に自信に満ちた表情の女生徒。
「フェリシア……?」
あ、目が合った。
(確か薬学なんて取っていなかったと思うけど……なんで……?)
と思ったけれど、嫌な予感が脳裏をよぎる。
これは、私も関わってるやつだな、と。
仕方なく、フェリシアからも話を聞こうとしたとき、授業開始の鐘が鳴った。
先生があんな感じだけど大丈夫なのか……?
しかし、周りも座って待ってるし、私だけ立っているわけにもいかず、席についた。
数分の沈黙の後、ミルロ先生がよろよろと立ち上がった。
「え〜と、皆様にご報告があります……」
とてつもないテンションの低さだ。こちらまで心配になってしまう。
「今日からこの授業のシラバスが変更になります……。もし、これから説明する変更内容では受講が難しいという方がいましたら……今までの範囲でテストを別日に行いますので……それで単位を差し上げますぅ……」
先生は、一言喋るごとに生気が抜け落ちていくんじゃないかと思うほど、ぐったりしていた。
よほどこの授業に思い入れがあったのか、それとも、この変更で先生に何か不都合でもあるのか……。
「えぇと、変更点の話に移りますぅ……。今回、ダイヤモンド財団からのご依頼で、改良型ポーションの量産についての研究を行っていこうという感じになりますぅ……」
その後、生徒のうちの一人が挙手をした。
「ミルロ先生、質問です」
「はいぃ、どうぞ……」
「その改良型ポーションというのはどういったものですか? 今現在流通しているポーションとどう違うのですか?」
質問を受けたミルロ先生は、一度フェリシアを見た気がした。その後、口を開く。
「ごめんなさい……。そのポーションについては、この授業に残り、秘密保持の契約を結んでから見せることになっているんですぅ……」
「そうですか……」
生徒は渋々引き下がった。
現在十人ほどいる中で、どれほどの人数が残るだろうか。
――おそらく私は強制参加だろう。
客観的に見て、ポーション開発に携われるのは将来的にもよさそうな気はする。もし研究がうまくいけば、いろいろ役に立つだろうし。
「次の授業までに考えてほしいと思いますぅ……。あ、でもでも、きっと楽しいと思うのでぇ……やめないでほしいですぅ……!」
ミルロ先生が懇願して、授業は早めに終わった。
「フェリシア、今度は何?」
私は教室に残ったフェリシアのもとへ行く。やはり事情は聞かなければ。
「これに関しては少し申し訳ないと思っていますわ。ごめんなさい」
素直に謝られて、少し拍子抜けした。
「ミルロ先生にも悪いことをしましたわ。この件をお伝えしたとき、最初は断られてしまいましたもの」
教壇の方ではミルロ先生が、
「私は金の亡者ですぅ……。ちらつかされた金貨に目がくらんで、生徒を売った悪い先生なんですぅ……」
と、突っ伏して泣いていた。
「……えぇ」
「まさか、それほど困窮していたとは思いませんでしたわ……」
それから、別の授業を受けたあと、私は寮に戻った。
※
部屋の扉を開けて中へ入ると、奥の絨毯の上で座りながら、イタチ耳の少女が自身の尻尾をブラッシングしていた。
「ヴィヴィ、ただいま」
「お、おかえりー」
ヴィヴィは振り返って、軽く手を振ってくれた。それからすぐに、尻尾のブラッシングへ戻る。尻尾のブラッシングはヴィヴィの日課だ。最近は私にもやらせてくれる。彼女の尻尾はフサフサで、触ってるとつい眠くなってしまう。
私はヴィヴィの様子を見ながら、腰に巻いたポーチを外して机に置いた。学園支給のベルトポーチ。アルティたちも愛用していたので私も使い始めたが、これがとても便利だ。
手帳や筆記用具はもちろん、ポーションや魔法に使う道具、私の場合は種とかも入れておける。それなのに重くなくて邪魔にならない。みんな使ってるのも納得できる品だ。
「あ、ミズク。今日、夜空いてる? ご飯行かない?」
「え?」
私は、つい聞き返してしまった。彼女がどこかに誘ってくること自体珍しかったからだ。
もちろん、化粧水とか、美味しいお菓子なんかはちょこちょこ分けてくれるけど……。
「ミズク?」
「あ、行く! 行く行く!」
「ん、街まで降りるから乗合馬車で行こ」
外は日が落ち始めて薄暗くなり、学園内の街灯もちらほらつき始めていた。
私たちは学園の正門近くにある発着所から、学生街行きの乗合馬車に乗った。
グラドリップ魔法学園の正門から出て、馬車で十分ほど走らせると、非常勤の教師や学生たちを相手に商売をしているそこそこ大きな街がある。そこには、おしゃれな喫茶店や料理店はもちろんのこと、最先端のファッションなんかも揃う学生街となっている。
私たちは街の中心で降りて、そこから街を見て回りながら歩く。周りには同じように街へ来ている学生たちのほか、家紋の入った馬車や、従者を連れた身なりのいい人たちもいた。
「ねぇ、ミズク」
「うん?」
「学園、楽しい?」
「……楽しいよ。イベントだらけだけど。あっちに貸出、こっちに貸出。厄介事も頼まれるし。でも、楽しい」
生徒会としての仕事。部活への参加。先生に頼まれた温室の管理。楽しいこと、大変なこともたくさんあった。
あの一人でいた時に比べれば、全部楽しい思い出だ。
「ヴィヴィは?」
「あーし? そうだねー。まあまあかなー。あー、でも、最近ミズクがルームメイトに来てからはだいぶマシ」
「え、一人のほうが気楽って言ってなかった?」
「気楽は気楽だけど、今となってはミズクでよかったよ。おいしい果物食べ放題だし」
「なにそれー」
そんなこんな話していると、ヴィヴィが、
「ここー」
と指をさして止まった。
看板には私の知らない文字が書かれていて、店の前には文字の入った赤い紙が貼られたランプが吊るされている。
「ここなんてお店……?」
「あーしの故郷の国の店なんだけど、最近できたらしくてね〜。ラーメンって知ってる?」
「ラーメン?」
「そ。まあ、食べてみれば分かるっしょ。味は……ちゃんとしてれば大丈夫」
カランカラン。
「らっしゃいっ!」
扉を開けると、頭に布を巻いた店主が声高々に出迎えてくる。店内はカウンターのみで、床に固定された丸椅子が並んでいた。
「空いてる席へどうぞ!」
「こっち座ろ」
ヴィヴィに促されて壁際の席へ座った。
メニュー表の文字は標準語で書かれていて読めはしたけれど、豚ラーメン、チャーハン、ギョーザ……よく分かんない。
「ヴィヴィ、何頼めばいいの?」
「任せて。大将、豚ラーメン二つ」
「豚、二丁ー!」
「「うーす!」」
ヴィヴィが頼むと、店主と店員が小気味よく注文を受ける。
「お、二人とも学生だね。ギョーザサービスするよ」
「おなしゃーす」
「ギョーザ二つ追加ー!」
「「うーす!」」
(ちょっと面白いかもしれない)
ヴィヴィは肘をついて、頬を手に置いてこちらを向く。表情からは楽しいのかつまらないのかよく分からない。
「ミズクはラーメンって知ってる?」
「いや、知らないかも……」
「あーしの国じゃよく食べるんだよね。小麦を粉にして練ったものを細くしたもの、麺っていうんだけど。牛とか豚の骨を煮込んだスープと一緒に食べるんだけど」
「うーん? ……あ、なんかズルズルって食べるやつ?」
よーく思い出すと、なんとなく食べた気がする。あの時は大鍋に麺が入ってて、その村の人たちと食べたような気がする。
「そうそう、ズルズルって食べるやつ。ここはあとでトッピングを言うんだけど、代わりに言ってあげるね」
「……ありがと?」
あの時食べたものは確かにスープは美味しかったが、スープと麺しかなかった素朴なものだ。どんなトッピングがあるのか想像できない。
想像を膨らませていると、店員がこちらを向いて言い放つ。
「ニンニク入れますか?」
「ヤサイニンニクアブラマシ。こっちの子もそれで」
(なんて?)
「ヴィヴィ、今の何?」
「コール。いや〜、楽しみだなー。久々のガッツリ系」
「ガッツリ系? 何が来るの?」
「あ、来たよ」
私たちのカウンターテーブルよりも高い位置にある場所に、大きな丼が載せられた。そこには茹でた野菜が山のように載せられていた。
「えっ……」
「きたきた〜」
ヴィヴィは喜んでラーメンを自身の前に着丼させる。私もゆっくりと持ち上げるが……。
(おもっ……)
想像以上の重さに、腕がぷるぷると震える。
どうにか自分の前まで運んだものの、改めて見ると、キャベツやもやしといった野菜が山のように盛られている。傍らには豚の脂身が光り輝き、その隣には分厚く切られた豚肉まで添えられていた。
私はしばらく、目の前の丼を見つめることしかできなかった。
(なにこれ……。人一人が食べる量なの?)
「ん、早く食べないとのびるよ」
ヴィヴィは箸と深めのスプーンのようなものをラーメンに差し込み、麺を引き出して野菜の上に乗っけていく。
「あ、うん……えーっと……」
私はヴィヴィの真似をして野菜と麺をひっくり返す。
(この器……深い!)
麺がすっごい多い! すっごい太い!
おでこに汗がにじんできた。
これがガッツリ系? 食べ切れるのか私に!!
隣のヴィヴィはというと、
「ふーっ……ふーっ……ズズズっ……はふ……ん〜♪ これこれ……♪ ふーっ……ズズーッ……はむ……んっ……」
もはや目の前のラーメンに集中していた。
私のことは完全に忘れて食べている。
(せっかく連れてきてくれたんだ……! 負けてたまるか!!)
私は箸を握って、目の前の山の攻略に取り掛かった。
「アザシター、またドーゾ」
「ぐるじい……」
「よく食べきったじゃん。えらいえらい」
ヴィヴィはそう言って頭をぽんぽんと撫でてくれた。
(食べきったというか、ズルはしたけど……)
半分ほど食べたあたりで限界が来た。味はとても濃かったが、それ以上に旨味のパンチが強くて夢中で食べられたのだが、胃が持たなかった。
後半は、小麦でできた麺や野菜を能力で解析して消費しながら、どうにか見た目だけは完食した形だ。
ヴィヴィはというと私より早く完食した。しかもスープまで飲み干して。彼女の食べっぷりには店主も驚いていた。その上でもまだ余裕そうにしてるから、私も驚愕だ。
私に至ってはもう満腹で胃が逆流しそうになってる。
(お肉とアブラ、最後に残すんじゃなかった……。気持ち悪い……。頭くらくらする……)
「大丈夫? 少し休憩しよっか」
「うん……」
街中を少し歩いて、乗合馬車の待合所にあるベンチに座る。すでに何人もの学生がだべりながら座って馬車を待っていた。
胃の中の豚ラーメンが出てこないよう息を浅くして待っていると、ヴィヴィが口を開いた。
「ミズクって、なんでこの学園に来たの?」
「……急にどうしたの?」
「なんとなく。ルームメイトのこと、もっと知りたいな〜って」




