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第四章:命で買い取った夢(完結)

ついに最終章です。エドが辿り着いた答え、そしてあかりが失ったもの。最後の一文字まで、エドの心を感じていただければと思います。ハンカチをご用意してお読みください。

その夜、諏訪の街にはさらに激しく雪が降り積もっていた。エドは足元をふらつかせながら、立石公園を後にした。体はすでに限界を迎えていたが、あのベンチに一冊の小さなノートを残したことで、彼の心は少しだけ軽くなっていた。それは風への遺言か、あるいは運命への手向けか。


コンフォートインへと続く道を渡ろうとしたその時、凍結した路面でスリップした車のライトが、彼が現実の世界で見た最後の光となった。


【救急車の中】


サイレンの音が、長野の静まり返った夜を切り裂き、激しく鳴り響く。しかし、エドの頭の中では、その音は小さな女の子の笑い声へと変わっていた。


エドはもう、窮屈な救急車の中にはいなかった。彼は温かな木の家にいた。そこでは、エプロン姿の女性が食卓を整えている。――あかりだ。彼女は晴れやかな顔で、一点の曇りもない愛を込めてエドを見つめている。


「パパ、早く食べようよ!」


あかりにそっくりな瞳をした小さな女の子が、エドの服の裾を引っ張りながら叫んでいる。エドは膝をつき、その子を抱きしめ、そしてあかりの額にキスをした。その世界には、二〇一五年の経済危機も、別れも、病気も存在しなかった。ただ、そこにいるのは満たされた一組の家族だけだった。


エドは微笑んだ。それは、彼がこれまでの人生で一度も浮かべたことのない、最も純粋で、最も安らかな微笑みだった。彼は、自分が深く愛されていることを感じていた。……ようやく、「家」に帰り着いたのだと。


その微笑みと同時に、心電図のモニターは平らな線を刻んだ。救急隊員たちは力なくうなだれる。宇宙はついに、エドの苦しみに慈悲を与えたのだ。彼はもう寒さを感じることも、痛みを知ることも、失恋に震えることもない。エドは、あかりが今も自分を愛してくれている唯一の場所――永遠の夢の中へと帰っていった。


【翌日:立石公園にて】


昨夜から続く言いようのない胸のざわつきに突き動かされ、あかりは再びあの公園を訪れていた。あの見知らぬ男が座っていたベンチに、うっすらと雪を被った小さなノートが置かれているのを見つける。


彼女はそれを手に取り、ページをめくった。最後のページには、震える手でこう記されていた。


「バリト河に沈む太陽のようだった、あかりへ。


君を愛したことは、この計算だらけの僕の人生において、唯一の論理的な選択だった。ここに来たのは、今の君の幸せを奪うためじゃない。ただ、この青いヘアピンを返したかったんだ。二〇一五年に置いてきてしまった、僕の最後の欠片を。


君を怖がらせてしまった見知らぬ他人として、謝らせてほしい。君の記憶が僕の名前を消してしまったのは、きっとあの頃の別れの痛みから君を守るためだったんだね。それでいいんだ。


もし、来世でまた出会えたなら、その時はこんなに早く僕を忘れないで。でも、もし僕を忘れることが、君が長野で笑っていられるための対価だというのなら、僕は喜んで永遠に他人のままでいよう。


ここまで生き抜く理由をくれてありがとう。さあ、僕を休ませて。僕の愛をこの雪に預けるよ。雪が君の肌に触れるたび、海の向こうから君の幸せを祈り続けている誰かがいることを思い出して。たとえ、その名前をもう知らなくても。


さようなら、あかり。僕の家はもう場所じゃない。死ぬまで抱き続ける、この思い出こそが僕の家なんだ」


最後の一文字を読み終えた瞬間、記憶の濁流が嵐のように彼女を襲った。ナンヨウザクラの木の下にいた物静かな少年、バリト河の匂い、そして忘れていた指切りの約束……すべてが蘇った。


「エド……エドくん?」


あかりの声が震える。彼女はそのノートを胸に抱きしめ、凍てつく長野の空の下で、声を上げて泣き崩れた。世界で一番自分を愛してくれた人のことを、彼女はやっと思い出したのだ。その人がもう、自分の呼ぶ声を聞くことができない場所へ行ってしまった、その瞬間に。


【完】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


エドの物語は、ここで幕を閉じます。彼は最後まで「愛」を論理的に解釈しようとしました。そして彼が辿り着いた結論は、世間一般の愛とは少し違うものでした。


「愛することとは、所有することではなく、その人の風景の一部になることだ」


彼にとって、あかりに思い出してもらうことは究極の救いではありませんでした。あかりが過去の痛みから解放され、前を向いて笑えること――たとえその笑顔の中に、自分の居場所がなかったとしても。それこそが、エドが命をかけて証明した「愛の定義」だったのです。


私たちは、忘れられることを死よりも恐れます。しかし、愛する人の幸せのために「喜んで忘れ去られる」ことを選んだエドの孤独は、悲劇であると同時に、最も純粋な自己犠牲の形でもありました。


バリト河の太陽は沈みましたが、長野の雪はこれからも降り続けます。雪が君の頬に触れるとき、それは誰かの祈りかもしれない。


皆様の心の中に、名前も知らない異邦人・エドの物語が、ほんの少しの温もりとして残れば幸いです。


[ エド ]


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