第29話 持ち帰ったモノ
翌朝、施設の小会議室で蛭田と向き合った。
書類が1枚テーブルの上にあった。
遠征成果の概要記録で、群生帯5区画、結晶群5単位、壁石1点の記載がある。
鑑定前の仮表記だった。
「未踏素材の正式な権利精算は、鑑定結果が出てからです。今日は取り扱いの方向だけ確認します」
「分かりました」
「素材の鑑定は専門機関に委託します。結果が出れば、契約条件にある15%の精算を確定します」
蛭田が書類に記録を入れた。
ひと通り終えてから、ペンを置いた。
「収納の状態が持ちましたね」
「はい」
「それが今回の鍵でした」
◇
廊下に出ると鍛冶担当がいた。
「研究側に連絡が取れました。今日中に来られる人間がいます。直接見てもらえますか」
「場所は」
「施設の資材確認室です。取り出すには悪くない環境です」
◇
研究者が資材確認室に着いたのは昼前だった。
名刺には深層素材研究機関の肩書きがあった。
鍛冶担当が経緯を簡単に説明し、悠真が収納から結晶群を1単位取り出した。
取り出した直後から、霧が染み出し始めた。
研究者がしゃがんで近くから見た。長い間、声を出さなかった。
「これをそのまま持ち帰ったんですか」
「はい。収納の中で時間が止まっていたので、状態は崩れていないです」
「状態が崩れていない、というのが問題なんです」
研究者が立ち上がった。
「深層系の鉱材は、環境から切り離すと分解が始まります。記録があるものでも、数時間以内に崩れるものが多い。これは採取から何日経っていますか」
鍛冶担当が答えた。
「15層での回収から地上に着くまで、7日以上経っています」
研究者が悠真の方を向いた。
「7日間、この状態で」
「収納に入れている間は完全に止まっていました。取り出した直後からまた動き始めています」
研究者はもう一度しゃがんで、霧の流れを観察した。
端末を取り出して何枚か撮影した。
「詳細な分析には設備が必要です。適切な環境は用意できますが、持ち込んでいただけますか」
「収納から出した瞬間から状態が動き始めます。どの程度の設備があるか先に教えてもらえますか」
「分かりました。確認して連絡します」
研究者が端末をポケットにしまった。
◇
資材確認室を出てから、鍛冶担当が横に並んだ。
「研究者の反応、見ましたか。最初と最後で顔が違いました」
「見ていました」と返しながら端末を確認した。
朝倉から『午後、時間をもらえますか』という連絡が来ていた。
『分かりました』と返信して、端末をしまった。
◇
午後に施設の別室で朝倉と向き合った。
「霧銀鉱の件は動きましたか」と朝倉が最初に聞いた。
「研究者が来て、現物を確認しました。分析の設備を確認してから連絡が来ることになっています」
「分かりました」と短く返して、朝倉は次の資料を広げた。
「廃工場の件を説明させてください。こちらは少し急いでいます」
1枚目は地図だった。
工業地帯の一画に、赤で示された霧域の範囲がある。
「管轄判定が正式に出ました。当初は民間管理の対象でしたが、霧域の規模が基準を超えて、行政側での対応案件に移行しています」
「拡大しているんですか」
「遠征中も続いていました。半年前の2倍以上の範囲です」
2枚目を出した。
工場内の見取り図だった。
「問題は、霧域の中に残留しているものがあることです。この工場は廃業前に化学系の製造をしていました。一部の産業廃棄物が正規の処理をされないまま残っていた。それが霧に浸されて変質しています」
「霧の外では」
「安定しません。処理業者が試みたんですが、封鎖の外に持ち出した瞬間に反応が起きて、二次汚染が発生しました。以降、外への搬出が止まっています」
資料を見たまま、朝倉が続けた。
「倉橋さんの収納は、中の時間が止まります」
「はい」
「深霧峡の結晶群を7日間、状態を維持したまま持ち帰れた。鍛冶担当から話を聞いています」
「収納に入れれば、霧域外でも状態が保たれる可能性がある、ということですか」
「現地を見ないと分かりません。でも、通常の回収手段が使えないなら、次の選択肢が必要です」
「まず現地を見たいです」
「それで構いません」
朝倉が資料を閉じかけてから、もう一度開いた。
「現場の担当者から聞いた話をもう一つ言います」
少し間が空いた。
「封鎖の中に、外へ出せないまま残っているものがあるんです」
悠真は答えなかった。
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