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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第九十五夜 ―― 狂気の影と、奪われた紅い花 ――

第九十五夜 ―― 狂気の影と、奪われた紅い花 ――


王宮の最上階。夜風が吹き抜け、燭台の火が今にも消えそうに揺れている。

 ザルカ王は、虚空を見つめたまま、枯れ果てた声で語り始めた。サフィアは、その足元に静かに座り、王の言葉を一つも漏らさぬよう、心に刻み込んでいた。

「……サフィア。余は、母の愛を思い出した。だが、思い出すほどに、己の醜さが耐え難くなる。……余は、かつて『狂っていた』のだ。王座という名の魔物に、魂を食い破られていた」

 王の指が、手すりの石を白くなるほど強く握りしめる。

「……信じていた。誰もが余を陥れ、引きずり下ろそうとしているのだと。猜疑心さいぎしんという名の毒が、余の血を黒く染めた。……そして、あの日。余の最も近くにいた、けがれなき愛娘たちさえも、余は『裏切り者』の影と重ねてしまった」

 ザルカの喉が、苦しげに鳴る。

「……逃げ惑う彼女たちの瞳に、余は何を見たと思う? 恐怖だ。父を慕う愛ではなく、怪物を見るような絶望の瞳だ。余は……この手で、彼女たちの未来を、その幼き命を、断ち切ってしまった。……暗闇の中で、余は一人、己の返り血を浴びて笑っていたのだ。……サフィア、これが余の正体だ。お前が癒やそうとした、この男の真実なのだ!」

 王は叫び、床に額を擦りつけた。その背中は小さく、あまりにも無力に震えていた。

 サフィアは、その激しい悔恨の嵐が過ぎ去るのをじっと待ち、やがて、震える王の肩にそっと手を置いた。

「王様。……私は、その闇を知っておりました。あなたの瞳の奥に、凍りついた湖のような、悲しい孤独が沈んでいたことを」

 サフィアの声は、冷たい夜風の中でも温かく、揺るがなかった。

「……語ることは、血を流すことと同じです。あなたは今、自らの手で、その膿みきった傷口を開きました。……逃げずに、最後まで語り遂げた。その痛みが、あなたの魂を、ようやく『人間』の場所へ引き戻したのですわ」

 ザルカは顔を上げ、涙と鼻水に汚れ、歪んだ顔でサフィアを見つめた。

 そこにあるのは、無敗の王ではなく、ただ許しを請う、一人の惨めな男の姿だった。

「サフィア。……こんな余でも、明日を迎える資格があるというのか。……奪い去った命は、二度と戻らぬというのに」

 夜の帳が、王の曝け出された罪を、漆黒の優しさで塗り潰すように、重く、そして静かに降りてきた。

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