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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第九夜 ―― 錆びた大釜と、黒いパンの燻製 ――

第九夜 ―― 錆びた大釜と、黒いパンの燻製 ――


王宮を離れ、東へと続く街道の寂れた宿場町。

 吹きすさぶ夜風が、木造の宿の壁をきしませていた。ザルカ王は、身分を隠した「一介の旅人」として、酒場の片隅の暗がりに腰を下ろしていた。

 その傍らには、短い髪を砂塵に汚し、灰色の外套を纏った「少年従者」のサフィアがいる。

 酒場の中央では、東の関所を守るはずの、だらしなく酒に溺れた正規軍の末端兵士たちが気炎を上げていた。

「クソッ、まともな飯も出ねえ。こんな硬い黒パンと、干からびた羊肉じゃ、戦う前に干からびちまうぜ!」

 兵士の一人が、石のように硬いパンを、錆びた大釜のスープに叩きつけた。スープはただの塩水に、泥のような灰が浮いているだけだった。

 サフィアは王に目配せをすると、音もなく立ち上がり、兵士たちの無骨な輪の中へと割って入った。

「旦那がた。そんな錆びた釜の泥水を啜っていては、明日の砂嵐を越えられませんぜ。……あっしに、その釜を預けてみちゃあくれませんか」

「あぁ? なんだ、このもやしっ子は」

 兵士たちがサフィアを値踏みする。だが、サフィアの目には怯えはなかった。商人の、そして潜入者としての冷徹な光だけがあった。

「あっしは旅のコックです。不味い飯を美味くする……それが、あっしの『物語』さ」

◆ サフィアの語り 第九夜 ――「兵士のパンと、くすぶる記憶」

 むかし、終わりの見えない戦争が続く北の国に、一人の若い兵士がおりました。

 彼は剣の腕は立ちませんでしたが、どんな劣悪な環境でも、仲間たちの胃袋を満たす天才でした。

 ある冬の夜、敵軍に包囲され、残された食糧は「カビの生えた黒パン」と、凍りついた「馬の骨」だけ。兵士たちは絶望し、武器を捨てようとしました。

 若い兵士は笑いました。

『旦那がた。腹が減っているのは、敵も同じです。なら、先に温かい飯を食った方が勝つ』

 彼はカビを削り落とした黒パンを薄く切り、酒場の暖炉の煙でじっくりと燻製にしました。そして、砕いた馬の骨を、雪解け水で三日三晩煮込み続けたのです。

 出来上がったのは、濃厚な白濁スープと、香ばしく燻された、サクサクとした黒パンのクルトンでした。

 兵士たちは、その温かい一杯を口にした瞬間、凍りついた心が溶け、涙を流しました。彼らはその夜、飢えを忘れた獣のように包囲網を突破し、奇跡の勝利を収めたのです。

 サフィアは語りながら、酒場の厨房の片隅で、実際に手を動かしていた。

 兵士たちが捨てようとしていた硬い黒パンを薄くスライスし、酒場の鉄板で香ばしく焼き上げる。さらに、懐から取り出した「一掴みのハーブ(父の交易品)」を、不味い塩水スープに放り込んだ。

 瞬く間に、酒場の中に、嗅いだこともないような芳醇な香りが立ち込めた。

「……なんだ、この匂いは」

 兵士たちが、引き寄せられるようにサフィアの周りに集まる。

 サフィアは焼き上げたパンをスープに浸し、兵士たちの前に差し出した。

「さあ、召し上がれ。あっしの故郷の『戦勝スープ』です」

 兵士たちが無言で貪り食う。彼らの目は、もはやサフィアを侮るものではなかった。

「おい、小僧……お前、ただのコックじゃねえな。このハーブ、どこで手に入れた」

 一人の古参兵が、サフィアの肩を掴んだ。

 サフィアは少年の声で、にやりと笑った。

「東の関所の裏道ですよ、旦那。あそこには、今、正規の軍じゃなくて『見たこともない旗』を掲げた連中が、美味い飯を独り占めにしてるって噂です」

 暗がりでそれを見ていたザルカ王は、唇の端を吊り上げた。

 サフィアは、飯を食わせることで兵士たちの警戒を解き、同時に「関所を乗っ取っている真の敵」の情報を、自然な形で引き出したのだ。

 兵士たちが満足して眠りに落ちた後、サフィアは王の元へと戻った。

「王様。関所を塞いでいるのは、盗賊ではありません。特定の『誰か』に雇われた、私兵団です。彼らは兵站(食糧)を握ることで、関所の兵たちを飢えさせ、手懐けている」

「なるほど、兵糧攻めか」

 ザルカは立ち上がり、サフィアの短い髪を乱暴に撫でた。

「砂ネズミ。お前の料理は、思った以上に敵の喉元に刺さるな。……明日の第十夜、いよいよその『偽りの旗』を掲げる関所へ、正面から乗り込むとしよう」

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