第八夜 ―― 裁たれた絹、纏(まと)うは砂の衣 ――
第八夜 ―― 裁たれた絹、纏うは砂の衣 ――
東の交易路再建のため、ザルカ王は「お忍び」での巡幸を決意した。
しかし、王宮の目は多い。毒を盛った黒幕がまだ潜んでいるかもしれない。
「王様、わたくしが傍らにいては、目立ちすぎます。絨毯商の娘を連れた王など、暗殺者の標的でしかありません」
サフィアは、王の前に一振りの短刀と、無造作に裁断された地味な灰色の布を置いた。
「……何をする気だ」
「わたくしを『物語』の登場人物に書き換えるのです。これからは、あなたの側近の少年兵、あるいは影の案内人として」
サフィアは迷いなく、腰まであった長い髪を短刀で切り落とした。
落ちた黒髪は、まるで脱ぎ捨てられた過去の象徴のようだった。彼女は胸に布をきつく巻き、砂漠の民が纏う粗末な外套に身を包んだ。
そこにはもう、麗しき商人の娘はいない。いたのは、鋭い眼光を持つ、名もなき少年の姿だった。
◆ サフィアの語り 第八夜 ――「影を縫う仕立屋の沈黙」
むかし、ある戦乱の国に、どんな姿にも化けられる「仕立屋」がおりました。
彼は絹を縫うのではなく、その者の『気配』を縫い変えるのです。
ある時、命を狙われた姫が彼を訪ねました。仕立屋は彼女に、泥にまみれた兵士の甲冑を与え、こう言いました。
『姫様。この服を着るなら、あなたの美しさを捨てなさい。歩き方、食べ方、そして吐き捨てる言葉の一つ一つを、泥に変えなさい。そうでなければ、その甲冑はあなたを守る盾ではなく、あなたを締め上げる棺桶になるでしょう』
姫は兵士になりきりました。
彼女は誰よりも重い剣を振り、誰よりも不味い飯を食らい、誰よりも早く戦場を駆けました。
やがて彼女は、敵からも味方からも「最も勇敢な男」と称えられるようになります。
しかし、彼女が真に自分を守り通せたのは、甲冑の硬さのおかげではありませんでした。
それは、彼女が「自分自身の本当の名前」を、心の最も深い場所にある『隠しポケット』に縫い込んで、決して誰にも見せなかったからなのです。
サフィアは、切り落とした髪を火に投げ込み、パチパチと焼ける匂いの中で王を見つめた。
「王様。わたくしも、自分の名前を『隠しポケット』に縫い込みました。これからは、あなたを先導する一匹の砂ネズミだと思ってください」
ザルカは、少年の姿になったサフィアの肩に手を置いた。
その掌に伝わるのは、か細い娘の震えではなく、鋼のような商人の覚悟だった。
「……面白い。ならば行こう、砂ネズミ。お前の縫った『影』が、余をどこへ導くのか見せてもらおう」




