第六十二夜 ―― 黄金の火薬と、王の嫌悪 ――
第六十二夜 ―― 黄金の火薬と、王の嫌悪 ――
王宮の暖炉。巨大な薪が爆ぜ、火の粉が火の鳥のように舞い上がっている。
ザルカ王は、その炎を見つめ、自らの腰に帯びた名剣の柄を無意識に握りしめた。
「……サフィア。ワラカは知恵者だ。巨人の王を感服させるために、自国の『最強の武器』を教えようとしたのだろう? それは王への最高の忠誠ではないか。なぜそれが、忌まわしいと言われねばならぬのだ」
サフィアは、燃え残った「黒い灰」を指先で弄び、第六十二夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第六十二夜 ――「火薬の秘密と、巨人の断罪」
ワラカは、自分を厚遇してくれる巨人の王に報いたいと考えました。彼は、自分の世界にある「火薬」と「大砲」の作り方を詳しく説明したのです。
『……陛下。この粉を鉄の筒に詰めれば、城壁をも粉砕し、数マイル先の敵軍を一瞬で殲滅できます。これさえあれば、陛下はこの世界の絶対的な覇者となれるでしょう』
ワラカは、中性的な賢明な顔で、科学の勝利を語りました。しかし、それを聞いた巨人の王は、感銘を受けるどころか、深い恐怖と嫌悪に顔を歪ませたのです。
『……黙れ、小さな怪物よ! お前のようなちっぽけな生き物が、それほどまでに冷酷で、破壊的な知恵を自慢げに語るとは。一人の敵を殺すために何百人もの無実の民を焼き払う道具を「進歩」と呼ぶのか?』
王は続けました。
『お前が語る「歴史」を聞けば聞くほど、私にはお前たちの種族が、地上を這い回る「最も忌まわしい有害な虫の一群」にしか見えぬ。お前たちの正義とは、ただの殺戮の言い換えに過ぎぬのではないか』
ワラカは言葉を失いました。彼が「文明」だと信じていたものは、この平和な巨人の国では、魂を汚す「悪魔の汚物」として扱われたのです。知性が破壊に奉仕する時、それはどれほど醜悪なものか。ワラカは、自分の手のひらが、見えない血で汚れているような錯覚に陥りました。
サフィアは語り終え、王の前の炎を静かに吹き消した。
「王様。ワラカが示した『火薬』は、巨人の王にとっては知恵ではなく、ただの『卑怯な殺しの道具』でした。……真に偉大なる力は、誰かを倒すための道具を必要としませんのよ」
ザルカは、剣の柄から手を離し、暗闇の中に残った熱を掌で受け止めた。
「……有害な虫の一群、か。サフィア、余もまた、より強力な投石機や毒矢を開発することを『知恵』と呼んでいた。だが、それはただ、余の魂が小さく、卑怯であった証拠なのか……。巨人の王の言葉は、余の胸を大砲よりも深く撃ち抜いたぞ」
王の瞳には、武力を誇る虚しさと、真に守るべき「平和の重み」を測り直そうとする、厳かな静寂が宿っていた。
「サフィア。王に拒絶されたワラカ。彼はこの『価値観の違う世界』に、これ以上留まることはできぬな。彼はどうやって、この巨大な島を去るというのだ」
サフィアは微笑み、空を飛ぶ一羽の「巨大な鷲」を指差した。
「第六十三夜。ワラカを運ぶ、天からの使い。……しかし、その帰還は、大海原への『墜落』という名の再出発にございましたわ」
夜の帳が、歴史の闇を飲み込むように、重く、深く降りてきた。




