第五十九夜 ―― 巨人の鎌と、麦の迷宮 ――
第五十九夜 ―― 巨人の鎌と、麦の迷宮 ――
王宮の円柱は、夜の影を長く引き、天を突く巨神の脚のようにそびえ立っている。
ザルカ王は、自身の玉座が不意に「蟻の腰掛け」のように小さく感じられ、落ち着かぬ様子で身を固くした。
「……サフィア。ワラカはあの箱庭を逃れ、ようやく同胞の船に救われたはずだ。なのに、なぜまた海へ出る。そして今度は、自分が『小人』になるというのか。冗談ではない、そんな悪夢が本当にあるのか」
サフィアは、一本の巨大な「松明」を王の顔の近くに掲げ、第五十九夜の語りを始めた。
◆ サフィアの語り 第五十九夜 ――「ブロブディンナグの上陸と、天を覆う農夫」
新たな航海に出たワラカの船は、飲料水を求めて未知の島にボートを出しました。しかし、そこで彼が見たのは、波打ち際を歩く「動く塔」のような怪物たちでした。
仲間たちは恐怖のあまりボートで逃げ去り、独り残されたワラカは、見渡す限りの麦畑へと逃げ込みました。
しかし、そこは「麦畑」ではありませんでした。
一本の茎が二十メートルを超え、葉の一枚が巨大な帆のように翻る「巨人の森」だったのです。ワラカがその迷念の中で震えていると、地響きと共に、太陽を遮る巨大な影が差しました。
一人の農夫が現れたのです。彼の一歩は十メートルを優に超え、手にした鎌は教会の尖塔ほどもありました。
ワラカは、その巨大な靴の下敷きにならぬよう必死に叫び声を上げました。農夫は、足元で鳴く「奇妙な虫」を見つけるように、二本の指でワラカの腰をひょいとつまみ上げました。
『……おお、神よ。これは何という小さな、しかし精巧な生き物だ』
地上六十メートルの高さまで吊り上げられたワラカは、中性的なその四肢を脱力させ、死を覚悟しました。農夫の吐息は暴風のように彼を揺らし、その声は雷鳴のように鼓膜を打ちました。
かつてナヌ国で「山脈」と呼ばれたワラカは、今や一人の農夫の掌の上で、落ちれば即死する「愛玩動物」へと成り下がったのでした。
サフィアは語り終え、掲げていた松明を静かに下ろした。
「王様。ワラカの知恵も、その美貌も、巨人の目には『珍しい蚤』の芸にしか映りません。……自分が世界の中心だと思っている者も、一歩外へ出れば、誰かの掌の上で転がされる小さな存在に過ぎないのですわ」
ザルカは、高くそびえる円柱を見上げ、その威圧感に身をすくめた。
「……珍しい蚤、か。サフィア、余が誇るこの堅牢な城も、さらに大きな者から見れば、ただの砂細工なのかもしれんな。……ワラカ。彼はその屈辱に耐え、この巨人の国でどう生き延びるというのだ」
王の瞳には、支配者としての傲慢さではなく、巨大な世界に対する「畏怖」と、その中で自己を保とうとする「静かな意志」が宿り始めていた。
「サフィア。この巨大な農夫は、ワラカを食ってしまうのか? それとも、ナヌ国のように、この国にも『言葉』と『理』があるのか?」
サフィアは微笑み、王の足元に広がる影の中に、小さな「箱」を描いてみせた。
「農夫の娘、優しい『グラムダルクリッチ(小さな乳母)』との出会い。……しかし、ワラカを待っていたのは、見世物小屋での酷使と、命を削る『知恵の安売り』にございましたわ」
夜の帳が、巨人の手のひらのように、静かに、そして圧倒的な重みを持って降りてきた。




