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毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


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第五十五夜 ―― 箱庭の王国と、六インチの規律 ――

第五十五夜 ―― 箱庭の王国と、六インチの規律 ――


王宮の庭園。手入れされた盆栽の松が、月光を浴びて巨木の如き影を落としている。

 ザルカ王は、その小さな枝を指先でなぞり、ふと自らの肩をすくめた。

「……サフィア。ワラカという名のその男、あるいは女か。その立ち居振る舞いには、荒々しい戦士の気配がないな。糸に縛られながらも、嵐に濡れたその姿は、まるで海から現れた異形の神の如く、透き通るような美しさを持っていたのではないか」

 サフィアは、盆栽の根元に溜まった露を指で掬い、第五十五夜の語りを始めた。

◆ サフィアの語り 第五十五夜 ――「精緻なるナヌ国と、縮小された万物」

 ワラカは、その中性的な美貌ゆえに、ナヌ国の民からは「山脈の精霊」ではないかと囁かれました。

 彼が慎重に身を起こすと、視線の先には驚くべき箱庭の世界が広がっていました。高さわずか数インチの城壁、指先ほどのかわらを並べた家々、そして、豆粒のような牛や馬が、完璧な秩序を持って街を行き交っていたのです。

 このナヌ国の人々は、我ら常人の1/12の大きさしかありません。しかし、彼らの心は決して「小さく」はありませんでした。

 神を畏れ、正直を尊び、道徳においては我らよりも遥かに公正であったのです。

『……これほど小さな命が、これほどまでに完成された社会を築いているとは』

 ワラカは、自分の吐息一つで吹き飛んでしまいそうな彼らの営みに、深い敬意を抱きました。

 ナヌ国の皇帝は、ワラカを「生ける城砦」として利用しようと考え、数百人の料理人に命じて、ワラカの一食分として何百頭もの牛の丸焼き(といっても、彼らにとっては一頭の蟻ほどの肉ですが)を用意させ、何百樽もの葡萄酒を運ばせました。

 ワラカは、彼らの献身的な、しかし懸命な歓待を受けるうちに、一つの思いを強くしました。

『私は彼らを蹂躙できる。だが、この小さな「正義」を守る盾になることこそが、この地へ辿り着いた私の役目ではないか』

 サフィアは語り終え、王の前に置かれた小さな杯を指差した。

「王様。ワラカの瞳には、ナヌ国の人々は守るべき愛おしい『雛形』のように映ったのでしょう。……強き者が、弱き者の規律と美しさに触れた時、そこには支配ではなく『慈愛』という名の絆が生まれますの」

 ザルカは、盆栽の影をじっと見つめた。

「……1/12の正義、か。サフィア、余の足元で怯える民も、余から見ればこの小人たちと同じ。だが、彼らには彼らの完成された世界があり、守るべき尊厳があるのだな。ワラカがその中性的な優しさで彼らを受け入れたように、余もまた……」

 王の言葉には、自らの「巨大な力」を誇示するのではなく、繊細なものを壊さぬように扱う「繊細な王の指先」が宿り始めていた。

「だがサフィア。これほど公正な民が、なぜ隣国と血を流し合っているのだ。その小さな体で、一体何を奪い合うというのだ」

 サフィアは、悲しげに一粒の「卵」を手に取った。

「高すぎるかかとと、低すぎる踵。……そして、この卵の殻を『どちらから剥くか』という、血塗られた論争の始まりにございますわ」

 夜の風が、割れた卵の殻のように、冷たく乾いた音を立てて吹き抜けた。

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