表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒杯の晩餐と百の献立  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/100

第二十九夜 ―― 灰の中の宝石と、王座の約束 ――

第二十九夜 ―― 灰の中の宝石と、王座の約束 ――


砂漠の夜風が、サフィアの纏う薄布を優しく揺らす。

 ザルカ王は、ガザンとの戦いで負った肩の痛みを忘れ、サフィアが焚き火で温めている「白いミルク」の甘い香りに目を細めた。

「……サフィア。靴一つで女の価値が決まるとは思わんが、その殿様が探しているのは、足の形ではなく『心の形』だったのだろうな」

「さようでございますわ、王様。……嘘が剥がれ落ち、真実が光を放つ結末をお話ししましょう」

◆ サフィアの語り 第二十九夜 ――「血を流す虚飾と、唯一無二の調べ」

 翌朝、都の殿様は、失われた片方の靴を携え、国中の家々を一軒一軒訪ね歩きました。

『この靴を、痛みを堪えずに履きこなせる者こそが、我が妃である』

 その噂を聞きつけた継母と二人の娘は、色めき立ちました。

 ついに殿様の使いがガザーラの家に到着した時、継母は実の娘たちに無理やり靴を履かせようとしました。しかし、強欲に浮腫むくんだ彼女たちの足には、月のように繊細なその靴はあまりにも小さすぎました。

『……かかとを削れ! つま先を詰めろ! 王妃になれば、歩く必要などないのだから!』

 継母の狂気に駆られ、娘たちは自らの足を傷つけてまで靴に押し込もうとしましたが、不自然に歪んだ足では一歩も歩くことはできず、嘘の血が白銀の刺繍を汚すばかりでした。

 殿様は溜息をつき、家の奥に隠されていたすすだらけの娘――ガザーラを呼び寄せました。

『その娘にも試させよ』

 継母たちが「家畜同然の娘だ」と嘲笑う中、ガザーラがそっと足を差し出すと、靴は吸い付くように彼女の肌に馴染みました。それは、彼女が毎日、重い水瓶を運び、動物たちを追いかけ、懸命に生きてきた「努力の形」そのものだったのです。

 ガザーラがもう片方の靴を懐から取り出した時、魔法の光が彼女を包みました。

 汚れは消え去り、そこには宴の夜よりもずっと神々しく、慈愛に満ちた真の美しさが立ち現れたのです。

 殿様は彼女の手を取り、力強く宣言しました。

『私は、ドレスの下にあるお前の「魂」を見つけた。お前こそが、この国の乾いた大地を潤す雨となるだろう』

 継母たちはその光に目を焼かれ、自らの悪行を恥じて砂漠へと逃げ去りました。

 ガザーラは殿様と共に都へ昇り、かつて自分を助けてくれた動物たちを宮殿の庭に招き入れ、末永く、そして誰よりも公平な統治を行ったといいます。

 サフィアは語り終え、温まったミルクを王の杯に注いだ。

「王様。ガザーラの靴がぴったり合ったのは、彼女が自分の足で、正しく地面を踏みしめて生きてきたからです。……横道に逃げず、灰の中でも腐らなかった者だけが、真の王座に座る資格を得るのですわ」

 ザルカは、白いミルクを一口飲み、その温もりに安堵の溜息をついた。

「……正しく地面を踏みしめる、か。サフィア、余の足元にはまだ、昨夜の返り血が染み付いている。だが、明日からは、この足をガザーラのように『民のために歩む足』に変えていくつもりだ」

 王の言葉には、もはや迷いはなかった。

 ガザーラの物語は、王の魂にこびりついた「毒」を洗い流し、新しい夜明けへの希望を植え付けたのだ。

「さて、サフィア。次はどこへ行く。……まだ、余に語るべき物語はあるのだろう?」

 サフィアは悪戯っぽく微笑み、遠くの砂丘を指差した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ