第二十九夜 ―― 灰の中の宝石と、王座の約束 ――
第二十九夜 ―― 灰の中の宝石と、王座の約束 ――
砂漠の夜風が、サフィアの纏う薄布を優しく揺らす。
ザルカ王は、ガザンとの戦いで負った肩の痛みを忘れ、サフィアが焚き火で温めている「白いミルク」の甘い香りに目を細めた。
「……サフィア。靴一つで女の価値が決まるとは思わんが、その殿様が探しているのは、足の形ではなく『心の形』だったのだろうな」
「さようでございますわ、王様。……嘘が剥がれ落ち、真実が光を放つ結末をお話ししましょう」
◆ サフィアの語り 第二十九夜 ――「血を流す虚飾と、唯一無二の調べ」
翌朝、都の殿様は、失われた片方の靴を携え、国中の家々を一軒一軒訪ね歩きました。
『この靴を、痛みを堪えずに履きこなせる者こそが、我が妃である』
その噂を聞きつけた継母と二人の娘は、色めき立ちました。
ついに殿様の使いがガザーラの家に到着した時、継母は実の娘たちに無理やり靴を履かせようとしました。しかし、強欲に浮腫んだ彼女たちの足には、月のように繊細なその靴はあまりにも小さすぎました。
『……かかとを削れ! つま先を詰めろ! 王妃になれば、歩く必要などないのだから!』
継母の狂気に駆られ、娘たちは自らの足を傷つけてまで靴に押し込もうとしましたが、不自然に歪んだ足では一歩も歩くことはできず、嘘の血が白銀の刺繍を汚すばかりでした。
殿様は溜息をつき、家の奥に隠されていた煤だらけの娘――ガザーラを呼び寄せました。
『その娘にも試させよ』
継母たちが「家畜同然の娘だ」と嘲笑う中、ガザーラがそっと足を差し出すと、靴は吸い付くように彼女の肌に馴染みました。それは、彼女が毎日、重い水瓶を運び、動物たちを追いかけ、懸命に生きてきた「努力の形」そのものだったのです。
ガザーラがもう片方の靴を懐から取り出した時、魔法の光が彼女を包みました。
汚れは消え去り、そこには宴の夜よりもずっと神々しく、慈愛に満ちた真の美しさが立ち現れたのです。
殿様は彼女の手を取り、力強く宣言しました。
『私は、ドレスの下にあるお前の「魂」を見つけた。お前こそが、この国の乾いた大地を潤す雨となるだろう』
継母たちはその光に目を焼かれ、自らの悪行を恥じて砂漠へと逃げ去りました。
ガザーラは殿様と共に都へ昇り、かつて自分を助けてくれた動物たちを宮殿の庭に招き入れ、末永く、そして誰よりも公平な統治を行ったといいます。
サフィアは語り終え、温まったミルクを王の杯に注いだ。
「王様。ガザーラの靴がぴったり合ったのは、彼女が自分の足で、正しく地面を踏みしめて生きてきたからです。……横道に逃げず、灰の中でも腐らなかった者だけが、真の王座に座る資格を得るのですわ」
ザルカは、白いミルクを一口飲み、その温もりに安堵の溜息をついた。
「……正しく地面を踏みしめる、か。サフィア、余の足元にはまだ、昨夜の返り血が染み付いている。だが、明日からは、この足をガザーラのように『民のために歩む足』に変えていくつもりだ」
王の言葉には、もはや迷いはなかった。
ガザーラの物語は、王の魂にこびりついた「毒」を洗い流し、新しい夜明けへの希望を植え付けたのだ。
「さて、サフィア。次はどこへ行く。……まだ、余に語るべき物語はあるのだろう?」
サフィアは悪戯っぽく微笑み、遠くの砂丘を指差した。




