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──草原にて その3


「──理解する必要はない」


 と続けたのは、シロさんだ。

 混乱気味の私に気づいて、そう声掛けをしてくれた。

 一方のクロさんは、自分の身体を抱き締めてくねくねしている。絶賛興奮中だね。放っておこう。


「貴女は──前世の貴女の話。クソガキとして生まれてしまった貴女は、死んだ。本来の貴女なら、あり得なかった出来事。世界はその矛盾に耐え切れず、風穴を作り出した。それは世界の矛盾を解消しようとする、自浄作用なのだと思う。貴女を吸い込み、その出来事そのものを無かった事にしようとした。その自浄作用のおかげで、ルールから逸脱して私とクロは世界の狭間から出る事ができた。そしてその風穴は、シェスティア・タラクティに続いていた。私達はその風穴をくぐり、元の世界に帰る事にした。貴女の魂を引き連れて……いや、もしかしたら私達が連れて行ってもらっただけかもしれない」

「後者だろう。君は共に行こうと言っていたが、恐らくはボク達がオマケだ。君が元の肉体に戻るため、世界がその道筋を作ったのだろう。そうして、世界の矛盾はなくなった。君があの世界から消失した事によってね」

「あ……」


 私は思い出した。あの世界で、死んだ瞬間。確かに声が聞こえた。


 ──共に行こう。私たちの世界へ。


 あの声は、シロさんの声だったんだ。

 遅れて、段々と理解できて来た。いや、正確に言うと理解は出来ていないんだけど、シロさんいわく理解する必要はないらしいので、なんとなく分かっておけばいいんだと思う。

 つまり私は本来の私と入れ替わって生まれてしまい、それが原因で死んでしまう事になってしまった訳だと思う。異世界転生に至った経緯もそれが原因という訳だ。


「あれ。私がシェスティア・タラクティに入ったのって赤ん坊の時だけど、じゃあその時その中にいたはずのシェスティア・タラクティはどこに行ったの?あと、私それなりに大きくなってたのに赤ん坊に生まれ変わるとか、ちょっと時間的におかしくない?」

「世界の時の流れは、それぞれで違う。特に世界の狭間を介すと、時間軸は乱気流のようにブレる。ちなみに元々いた魂は、君に混ざり合って消えてしまったよ。君は自分の両親のおかげで改心したと思っているようだが、違う。君が改心したのは、元々の君と、クソガキの君の魂が混ざり合った結果だ」

「……」


 私にはその実感はない。ただ、元の世界の自分の事を考えると、確かにこの世界に来てからの自分とはまるで別人のようだとは思う。でもそれは、この世界に来てからパパとママに育てられ、メグルと出会えたおかげだ。だったはず……。


「勿論、この世界に来てからの出会いも、今の君を作り出すための重要な物だ」

「貴女は、成長した。周りの人に支えられ、成長し、世界を知った。それを見て、私もクロも貴女の手助けをしたいと思った。だから協力をした。今の貴女なら、私達が差し伸べて与えた力を、悪用はしないだろう」


 シロさんはそう言って、お茶を口に運んだ。

 柔らかい仕草に、柔らかな口調。でもその信頼は、同時に期待されているようでちょっと重い。


「……貴女達は、一体何者なの?名前、絶対に偽名だよね?」

「そうだな。偽名だ。だが、私達が何者で、本当の名はなんなのか。その答えは自分で見つけると良い。と言っても、別に隠すつもりではない。エフテニーリャ辺りに尋ねれば、すぐにでも分かると思うぞ」

「いいの?私達が帰って来た事を、伝えても。彼女はきっと、怒ってる」

「確かにそうかもしれないが、エフテニーリャは寂しがり屋だ。きっと怒ってる以上に、寂しがっているはずだよ。直接会う事は出来ないが、しかしこの子の中で私達が生きている事を伝えるくらい、してやらないとな」


 2人の正体は、先生に聞け、か。という事は、八大賢絡みなのだろうかと推測してみる。まぁその答えは、この後本当に先生に尋ねて教えてもらおうと思う。


「それにしても、今日はよく喋るな、シロ。ボクと以外でこんなに喋る君を、ボクは初めて見る。肉体があった時も、精々エフテニーリャと一言二言喋るだけだったじゃないか。そんなにこの子が気に入ったか?妬けてしまうじゃないかぁ」

「……」


 クロさんに茶化すように言われ、シロさんは黙り込んでしまった。

 気に入られるような事をした覚えはないけど、誰かの特別になれるというのは、素直に嬉しい。本当にそうなのかと、確認するかのようにシロさんの方を見ていたら、シロさんの口が優し気に笑った。

 顔はベールで被われているので見えることは出来ないけど、その笑みはまさしく、答えてくれたのと同義だ。


「あー、おほん!こうしている場合ではないぞ、シティ。君は今、自分の目の前で起きようとしている事に、対処する必要がある」


 と、クロさんが咳払いをして話を切り出した。

 このタイミングで話を切り出され、もしかして本当に嫉妬してるの?と確認したかったけど、やめておこう。


「うん。分かってる。カルマが、やろうとしている事だよね」


 私は気づけば、この草原にいた。でも実際は、あの男。カルマの家にいるのは分かっている。そしてカルマが私の目の前で、大勢の人を傷つけるための魔法を発動させた。

 この2人がそのタイミングで、私をこの場所に呼び寄せたのだ。という事はつまり、私に現状を打破するための秘策を授けようとしてくれている。そう考えるのが自然だ。


「そうだ。あの男は今、この町で殺戮を繰り広げようとしている。彼が正式な手順をふんで魂を完全に支配し、支配下に置いている人間は、この町におおよそ千人ほど。その千人が一斉に、自分の意思とは関係なく親しい者や親しくない者に襲い掛かる事になる」

「千人……!」


 それは、途方もない数だ。彼がそれだけの人の意思を手中に収めている事に、愕然とする。


「勿論君は、そんな事を望まないのだろうね」

「あ、当たり前だよ!なんとしてでも止めないと……!」

「分かっている。少しもったいぶったが、そのために君をここに招いたのだ。シロ」

「……彼の呪術の命令を打ち消すには、やはり彼の呪術そのものを消し去る必要がある。今までのように、手で触れて魂に入り込んでの消去は追いつかない。全てをいっぺんに、一瞬で消し去る。そのためには、町全体を包む量の魔力が必要。そして今から私が教える魔法を発動させる必要がある」

「そ、そんな魔力、どうやって……」

「君にはそれだけの魔力が宿っているよ。私とシロの魔力に加え、君自身が持っている魔力も素晴らしい。オマケに、私の魔力を目で見る事が出来る能力も継承。四つの魂が混ざり合った事により、一人に一属性という原則を打ち破って全ての属性の魔法が使えるようになった。君は控えめに言って、八大賢を超えている。それくらい、余裕だ」

「でも今回は、手伝いが名乗り出ている。貴女一人でやる事も可能だけど、是非手伝わせてあげてほしい」

「手伝い……?」


 シロさんが、私の後方に目を向けた。

 つられてそちらの方を向くと、草原の向こうに大勢の女の子が立っている。年端もいなかい女の子ばかりで、優し気に笑いながらこちらを見ている。でも、どこか生気を感じさせない。それは、身体が半透明のせいだろうか。


「彼女達は……」

「皆カルマに殺された、女の子達だ。壁に生きたまま魂ごと閉じ込められ、人の魂を支配するための複雑な儀式のショートカットに利用されていた。君の祖母やエフテニーリャが、カルマに触れられただけで精神を支配されてしまったのは、壁画による儀式のショートカットのせいだ。そのお詫びと言う訳でもないが、是非君に協力したいらしい」

「……皆、殺されちゃったんだね」

「そう。あの男は、自分の勝手な目的のために彼女達を殺めた。それだけではない。彼女達の家族をも殺そうとしている」

「……」


 私はあまりにも残酷な出来事を前にして、目から涙をこぼした。こんな、私と変わらないか、私よりも幼い女の子を大勢殺すなんて、信じられない。でも袖で涙を拭い、すぐに彼女達を見据える。


「うん。皆、協力して。あの男を止めるために!」


 私の訴えに、少女たちが頷いて答えてくれた。

 彼女達は、たぶん既に私を手伝ってくれている。あの虹色の魔力がそうだ。あの魔力のおかげで、周囲の人たちの呪術を打ち消す事ができた。次は、この町全体の、カルマによって支配されている人たちの番である。


「……魔法の名は、世界の欠落(ロストワールド)。この魔法が発動すれば、貴女の魔力に包まれた場所の魔法は、全て消し去られる事になる。かつて私が、この世界から魔法を消去しようとして開発した魔法」

「彼女達の力を借りれば、目の前にいる人々にかかった魔法を打ち消す事くらいは造作もないだろう。だが千人分で、しかも点在しているとなると話は別だ。シロの魔法を用い、思う存分消し去るといい」

「……分かった。行ってくる」


 私は草原のイスから立ち上がると、シロさんとクロさんに背を向けて歩き出す。たぶん、元の世界に戻るための方向は、こっち。なんとなく分かる。


「話せて、楽しかった」

「幸運を祈っているよ。それから、エフテニーリャにこう伝えてくれ。昔、君の分のタルトを食べてしまったのは、氷ではない。黒だ、とな」

「……分かった。伝えるよ。それじゃあ、ありがとう。私も話せて、楽しかった。またね!」


 最後に振り返ってそう言ってから、私は再び歩き出した。


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