おばあちゃん
エリシュさんは私の部屋に入ってくると、窓際のイスに腰かけた。
「ひっ」
その様子を見て、ディシアが小さな悲鳴を漏らしたのが聞こえてきた。見ると、なんだか妙にエリシュさんの事を怖がっているようで、エリシュさんから必死に距離を取ろうとしている。それがこの部屋にいる限り限界と悟ると、私を盾にしてエリシュさんを遮った。
あの傲慢で自信満々なディシアが、エリシュさんを怖がってる?そんなバカな。
「えっと、シェスティアさん。エリシュさんという事は、こちらの方はまさか……」
ラミーヤがそう尋ねてくれて、紹介するのを忘れていたのに気が付いた。
「あー。うん。私とシグレの保護者の、エリシュさん。煙の魔女とか呼ばれてるんだっけ」
「け、煙の魔女……!ゴクリ」
ラピスが唾を飲み込み、緊張した面持ちで呟いた。
ラミーヤも緊張したようで、立ち上がって背筋を伸ばした状態になる。それにならってラピスも同じようにした。
「わ、私の名前は、ラミーヤ・ディスケントです。シェスティアさんとシグレさんとは、仲良くさせていただいています」
「我……いや私の名前は、ラピスケイト・レジメント、だです。娘さんには、非常にお世話になっておりまする」
ラミーヤは緊張しながらも、普通にエリシュさんに自己紹介をした。
でもラピスはいつもの口調とは違う丁寧な口調で、エリシュさんに自己紹介をした。こんなラピスを見るの、知り合ってから初めてだ。けどその言語はおかしい。普段使いなれていないからだろう。
でもなんで2人友そんなに緊張するんだろう。だって相手はエリシュさんだよ。怖い所もあるし、変態な所もあって怒ると怖い人だけど、怖がるほどじゃない。
「緊張しないで良い。君たちの事は、シェスティアとシグレから聞いているからね。普段通りで構わないよ。とはいえ、無礼な態度をとられたどうなるか保証はしないが、ね」
「っ……!」
その言葉に身体を硬直させたのは、ラピスだ。確かに、この中で一番無礼な態度をとってしまいそうなのは、ラピスだからね。
いや、もう一人いるか。無礼な態度を取りそうな、お姫様が。
「君は、自己紹介してくれないのかい?ディシア、様」
「──よ、余の名は、ディシア・ゴーン・ウォルフメルツ!シェスティアさんとはお付き合いを前提に仲良くさせてもらっている!」
ディシアは促されて自己紹介したけど、いつも通りだった。ちょっと緊張してるけどね。
いやその前に、お付き合いを前提に仲良くって、嘘は良くないよ。嘘は無礼では?エリシュさん、やっちゃってください。
「はは!そうか。皆シェスティアと仲良くしてくれてありがとう。この子は今この子が話した通り、故郷で色々あって傷心している。その傷を癒してやってくれたら嬉しい」
しかし、そんなディシアをエリシュさんは笑い飛ばした。とても機嫌良さそうに笑うその姿を、私は初めて見たよ。何がそんなに面白いと言うのだろうか。でもその姿を見て、ラミーヤ達の緊張が解れた気がする。
「君も中々やるではないか。帝国のお姫様の心を掴むとは、大したものだ。いっその事今夜にでも肌を重ね、既成事実とやらを作ったらどうだ?なんだったら、私も混ぜてくれ」
「んなっ!」
「え、エリシュさん!」
とんでもない事を言い出すエリシュさんに、私とシグレが声を上げた。特に珍しくシグレが強く抗議し、思わぬ抗議にエリシュさんはたじたじだ。
「よ、余が、シェスティアと、今夜……!」
ディシアはエリシュさんの言葉を真に受け、顔を真っ赤に染めている。そんな顔をされると、私まで赤くなってしまうじゃないか。
しないからね。お、女の子同士でなんて……。でも自分が女の子の方が好きだと気づいたからか、それ程違和感がない事に気が付いた。むしろ、女の子同士の方が抱き心地とかが良さそうである。
「え、エリシュさんの冗談だから!真に受けないで、ディシア!それより、ディシアも含めて皆は、なんでそんなにエリシュさんを怖がってるの?」
「よ、余は別に怖がってなどおらん。しかし煙の魔女と言えば、八大賢を除けば世界最強クラスの魔術師だ。そんなのを前にして、怖がらない訳がない。下手をしたら、氷漬けにされて殺されてしまう」
つまり、怖がってるんだね。最初は強がったことを言ってたけど、後半で怖がってることを認めてしまっている。
でも、エリシュさんってやっぱり凄い魔術師だったんだね。ディシアが怖がるほどだから、それだけ凄い人だという事がよく分かる。私とシグレは、そんな人の養子で、弟子だったんだ……。
「美しい姫君に対し、そんな事はしないよ。私は美しい女性が大好きなんだ。だから、安心したまえ」
「な、なんだ。そうなのか。なら、安心だ」
私は別の意味で心配だよ。
先程も、しれっと私とディシアの夜の営みに混ざろうとしてたしね。いや、そんな物はないんだけど、混ざりたいと思うという事は、もしかしたらディシアの身体を狙っているのかもしれない。
この人は変態だから、安心したらダメだ。
「で、何をしに来たんですか?私達今、お話で盛り上がってたところなんだけど」
「君の村の話で、辛気臭くなっていたじゃないか。とてもではないけど、盛り上がっていると言う感じではなかったよ」
「う」
確かに、私が自分の村の事をディシアから聞き出した事により、かなり盛り下がっている所だった。でもだからと言って、そこにやってきたエリシュさんが部屋に入って来て、居座る理由が分からない。せっかく子供たちだけで遊んでいる所だったのに、そこに大人が混ざられたら変に緊張してしまう。
特に、エリシュさんだとダメだ。皆彼女を怖がってしまっている。
「それでだ。盛り下がっている所に、補足として情報を一つあげようと思ってね。それでこうして居座っているという訳だ」
「この状況を盛り上げるための情報とか、相当じゃないと盛り上がりませんよ?」
「ああ。実はね、サラ・タラクティは私の娘なんだ」
「……」
私はその発言を聞いて、頭の中が真っ白になった。
娘?ママが?エリシュさんの?という事は、ママのママという訳だ。驚いた。ママにママがいたんだね。いや、いない事なんてありえないんだけど、いたんだね。ホント、驚いた。
で、そのママのママが、私を村から攫い、私の新しい保護者となって私を養ってくれている訳なんだけど……。
エリシュさんが、ママのママ?それはなんていうか、大変言いにくい事なんだけど、つまりは言葉に出さずにはいられない。
「エリシュおばあ──!?」
おばあちゃん。そう続けようとしたけど、身の危険を感じてその言葉を最後まで言う事はなかった。凄く、寒い。最後まで言っていたら、たぶん氷漬けになっていたと思う。それ程までに寒い。
原因は窓際でイスに座っているエリシュさんで、そこから魔力の光が伸びているのが見える。
そういえば、かつておばさんと呼んだら、凄く怒られた事を思い出した。更にその時、おばあさん呼ばわりすれば、命にかかわるとも脅されてもいる。
危ない。私は命を失う直前だった。
「エリシュさんが、私のママのママだったの!?」
私はそう言い直す事で、おばあちゃんという言葉を回避した。
「そうだ。サラがカザリクの男に嫁ぐと言い出し、それを機に絶縁状態になってしまってね。君とは、サラとグラディスが死んで、それで初めて会う事になってしまった」
「な、なんで今までそんな大事な事を黙っていたんですか……?」
「……正直に言えば、怖かったんだ。私はサラを勘当した張本人だからね。サラが君に、私の悪口を仕込んでいたら私は悪役だ。いや、そんな事をするような子でない事は分かっている。だが、とにかく、見知らぬ女性が実は君のおばあちゃんでしたとか、そんな告白を聞いて君が受け入れてくれなかったら、私はショックを受けると思う。だから黙っておく事にした」
そう言うエリシュさんは、少し恥ずかし気だった。孫に拒否されるおばあちゃんの気持ち、私には分からないけど、エリシュさんが臆してしまう程怖い事なんだね。
「……はは。そっか。エリシュさんが、そうだったんだ」
確かに、それは驚きだ。盛り下がっていた雰囲気が、爆上がりである。私の中でだけかもしれないけどね。
私はそれを聞いて、笑った。笑いながら、自然と涙が溢れ出した。
血のつながった家族がまだいた事と、私が信頼するエリシュさんが実はおばあちゃんで、嬉しかったんだと思う。それで嬉しくて笑い、安心して泣いてしまった。
ママ。私のおばあちゃんは、強くて厳しくて変態っぽい所もあるけど、案外可愛らしい人だったみたい。
私はそんなおばあちゃんが、大好きだ。




