泣き虫
ラミーヤが何者かに呪術をかけられ、ディシアに襲い掛かってから数日が経過した。
あの事件は、ただの避難訓練という事でかたがつけられ、ラミーヤに罰が下る事はなかった。ちょっと苦しい気もするけど、事情を知っている人は私たち以外にはいない。先生がそうだと言い、しかもラミーヤになんらお咎めが下らないのだから、生徒たちは不思議に思いながらも受け入れるしかない。
そしてラミーヤに呪術をかけた犯人の方だけど、まだ見つかっていない。ラミーヤ本人も呪術をかけられた時の記憶はなく、操られている時の記憶も覚えてはいるけど、曖昧らしい。心当たりもないようで、見事迷宮入りである。
まぁそれは私達に限った話だけどね。もしかしたらもう、先生が秘密裏に色々と処理しているかもしれない。
その辺の所に深く首をつっこむつもりはないので、私の捜査はそれでおしまい。
「──という訳で、今日は友達を連れて来ました」
「どういう訳ですか?」
その日学校が終わった後の放課後に、私は友達を家に招待した。
ディシアとラミーヤとの仲も良くなり、ラピスは私の友達として声をあげてくれて、そんな3人とはもっと親睦を深めたいと、かねてより思っていたんだ。そのためにはお互いの家に行って遊んだりする必要がある。タイミングを逃していたけど、なんとはなしに今日家に来ないかと3人を誘ったら、すぐに承諾してくれて今に至っている。
家の玄関をくぐったら、出迎えてくれたルナさんに真顔で言われてしまったけど、私の中ではこういう訳である。
「家で一緒に遊ぼうと思って」
「いきなりすぎます。そういう事は事前に言ってもらわなければ、準備が整っておらず混乱してしまいます」
「ただ家に友達を招待しただけで、準備とか大袈裟な」
「……貴女はご自分が連れて来た方が、どのような方かを忘れておりませんか?」
「はっ」
言われて思い出したけど、ディシアは帝国のお姫様だった。そんな人物をもてなす必要が、家の体裁としてない訳がない。
「そうだったね……。それじゃあ、ディシア。悪いけど帰って」
「何故だ!?余もシェスティアとシェスティアの家で遊びたいぞ!?」
「ルナさんが、準備が整ってないからディシアはダメだって」
「ぐ、ぐぐぐ……!」
私がそう言うと、ディシアはルナさんを睨みつけた。歯を食いしばり、血走った眼からは殺意を感じさせる。
「お嬢様は、私を陥れるおつもりですか?……何もおもてなしは出来ませんが、それで良ければどうぞおあがりください」
「うむ!では邪魔をするぞ!」
ディシアに睨まれると、さすがのルナさんもヤバイと思ったんだろう。すぐにそう言って私達を中に招き入れてくれた。ディシアは意気揚々と家にあがり、私達もそれに続く。
でもね、確かにディシアはお姫様だけど、私は彼女をお姫様として招いたのではない。友達として招いたのだ。だから、ルナさんが慌ててメイドさん達を集め、歓迎しようとしたのはやめてもらった。
それから3人を私とシグレの部屋に通し、そこで女子トークが始まる。
「立派なお屋敷ですね。ここで、シェスティアさんとシグレさんは生まれ育ったのですね?」
部屋に辿り着き、早速そう話を振ってくれたのはラミーヤだ。
事件当初は不安げだった彼女だけど、ラピスを始めとして私達も協力し、彼女の身辺を警戒して見ている。そのおかげか段々といつも通りの様子に戻り始めていて、私達も安心している所である。
ちなみにラミーヤとラピスは2人でシェアハウスをこの町に借りているのを、つい数日前に知った。2人で暮らしてるのに、ガン無視なんてされたらラピスが参るのも当然だよ。でもあれ以来、一緒に寝たりしてちゃんとその仲は改善されているらしい。
どうしても不安なら寮に入っていた方が安心そうだけど、とりあえずは大丈夫そう。
そもそも何故寮に入らずシェアハウスをしているのかと言うと、それは家の方針らしい。家を出て、自分たちの力で生きていく生活力を身に着けるための試練だとか。可愛い子には旅をさせよとはよく言うけど、それを実践する親ってあまりいないから、たぶん珍しいタイプの親だね。
「い、いえ。私は……」
穏やかな口調と、丁寧な言葉遣いは本物のお嬢様ぽくて、聞いているだけで癒される。戻ってきてくれて、本当に良かったよ。
そんなラミーヤの質問に、シグレが口ごもった。
シグレは元奴隷……。堂々と言えるような事ではないので、返事に困っている。
「私は養子。シグレは孤児院で育ったんだよ。だからここに来たのは、ほんの一年前くらい。私達は同じタイミングで養子になって、その時姉妹になったの」
「そ、そうだったんですか……。すみません、言いにくい事を聞いてしまって」
代わりに私が答えると、ラミーヤは申し訳なさそうに目を伏せてしまった。
「全然気にする事ないよ。ね、シグレ」
「は、はい!私はお姉さまと姉妹になれて、それに皆さんとも……お、お友達になる事ができて、今が一番楽しいんです。だから、気にしないでください」
「……何か辛い事があったら、遠慮なく私に相談してください。私、今回の件で皆さんには多大なるご迷惑をかけてしまいました。少しでも恩を返すためにも、出来る事はなんでもやりたいのです」
ラミーヤは、ただ操られていただけだ。ラミーヤが悪いだなんて、誰も思っていない。それでも、ラミーヤの性格が割り切らせてくれないのだろう。
「ら、ラミーヤは悪くない。だからそんな、気に病む事はないのだぞ?」
「でも私、ラピスも傷つけてしまいました。記憶は曖昧ですが、ラピスの傷ついた姿が頭の中のどこかに残っていて、心が痛いんです。私、本当に皆さんに酷いことをしてしまって……校舎も壊してしまい、それなのに何の罰も与えられないだなんて、申し訳なくて……」
どうやらラミーヤは、お咎めなしとなってしまった事で、逆に自分を責めてしまっているようだ。
また何者かに操られるかもしれないと言う不安は払拭できたけど、次にやってきたのは罪に対する罪悪感。この件の犯人は、ラミーヤを操る事によって彼女を傷つけ、そして追い詰めている。
「ラミーヤに罰なんて必要ない。罰を受けるべきなのは、ラミーヤを操っていた人間だよ。その人間は、身勝手な理由でラミーヤを操って、ディシアを殺そうとした。私達の決闘の邪魔をした。校舎を壊した。ラミーヤを傷つけた。罪に罪を重ねすぎて、重罪人もいい所だよ。私のこの怒りは、決してラミーヤには向けられてない。その犯人に向けられてるんだ。ラピスだってそうだよ。ラミーヤを取り戻せて安心してるのに、肝心のラミーヤがそんなんじゃもっと傷つける事になっちゃう。だから……切り替えて行こう!」
「切り替える、ですか?」
「うん。全部、ラミーヤを操ってた人が悪い事にするの。実際その通りなんだから、そういう事にしておこう」
「……でも」
「すぐにそうは行かないよね。だから、ゆっくりいこう。でも少なくとも今は、そんな事で落ち込む必要なんてないよ。せっかく私が皆ともっと仲良くなりたくて家に招いたんだから、楽しんでもらえたらそれが一番嬉しいかな」
まだ、割り切るのは難しいだろう。ラミーヤは複雑そうな表情を浮かべて私達を見渡してから、静かにその目から涙を流した。
ラミーヤの涙を見るのは、初めてだ。正気を取り戻した直後も、不安げにはしていたけど決して涙だけは見せなかった。それをせき止めていた物が決壊したかのように、ポロポロと溢れ出る。
「シェスティアがこう言っているのだ。余を襲った事を、余も特別に忘れてやる。だから、元気を出せ。貴様が元気を出さなければ、シェスティアの元気が無くなってしまうだろう」
「……はい。ありがとうございます、ディシアさん」
「うぅ!ラミーヤ……!」
涙を流したラミーヤを見て、ラピスも涙を流し出していた。
でもラミーヤはディシアにも励まされ、涙を拭って既に泣き止んでいる。
なので、この中でラピス1人だけが泣いている形となった。
「な、泣かないでください、ラピス。シェスティアさんの言う通り、せっかくお家に招いてもらったのにめそめそしてたら失礼ですよ」
「うん……!うん……!」
ラピスはラミーヤの豊かな胸の中に抱きしめられ、その涙を拭おうとしてるけど、中々止まらない。
結局、この中で1番の泣き虫はラピスだった。そこからはラミーヤではなく、ラピスを泣き止ませるために皆で頑張って励まして、大変だった。
でも、涙を流すラピスには悪いけど、ちょっとだけ面白かった。ラピス以外の皆で笑い、おかげで場が和んだよ。




