声に従って
かつて、エリシュさんが私の頭に手を乗せ、私の魔力量を調べて来た事がある。
あの時は身体の内側を盗み見られるようで、あまりいい気はしなかった。でも今やるべき事は、それと同じ事。今からラミーヤの中に魔力を送り込み、そしてこの呪術を打ち消す。
そのために、私は目を閉じてラミーヤの中へと魔力を送り込んだ。
『──いい感じだ。ほら、集中して。送り込む魔力は、多すぎても少なすぎてもダメだよ。そこを左だ』
すると、頭の中に声が響いて私を案内してくれる。この声がなんなのかは分からないけど、ラミーヤを助ける手伝いをしてくれるのなら、なんでもいい。私は素直にその声に従い、集中する。
そういえば、あの時だ。この声が聞こえて来たのは、かつてエリシュさんに魔力量を調べられた時である。
『──余計な事は考えなくていい。集中するんだ』
「……」
声の言う通りだ。今はラミーヤにかかっている呪術を打ち消す事が先決である。
私の魔力はラミーヤの奥深くへと侵入していき、やがて大きな光の塊の下へと辿り着いた。それが、ラミーヤの魂である。その一部に黒い瘤がくっつており、魂に根を生やして侵食している。
それが、ラミーヤを操る呪術の正体だ。
「──慌てるな。アレを引きはがすには、慎重さも必要だ。根から、ゆっくりとはがすように打ち消してから、最後に本体を完全に消し去る。失敗すれば、彼女の魂を傷つける事になるからね」
声に言われた通り、私は慎重に魔力を注入し、魂にくっついている根元から打ち消しにかかった。最初は上手くいかなかったけど、段々と要領を得ていき、その細い根をはぎ取る事に成功。更にそれを繰り返していき、魂からその瘤を分離させる事に成功した。
すると、いきなり黒い瘤が勢いよく飛んで行き、逃げ出した。とても素早い。目で追うのがやっとで、まるでゴキブリか何かのようだ。
『──逃がすな。この身体にアレを残してはいけない。絶対に打ち消すんだ』
「っ!」
声に急かされ、私は魔力を伸ばしてその瘤を追いかけた。でもなかなか捕まらない。それどころか、距離をとられて段々と離れて行ってしまう。
ここで、逃がす訳にはいかない。分かってはいる。だから全力で追いかける。だけど、私にはアレに追いつく事のできる技量が足りないのだ。
『──このくらいでいい。彼女はよくやった』
すると、今度は別の声が聞こえて来た。その声にも私は聞き覚えがある。
次の瞬間、離れていきかけていた黒い瘤が、砕け散った。白い魔力の渦がどこからともなく現れ、瘤を貫き消したのだ。
『──案外、甘いよな君は。ボクはここでアレを逃がしたらどうなるか、彼女に身をもって教えてあげるべきだと思うよ?』
『──そんな事をする必要はない。だからもういい』
『──君がそうしたいと言うなら、別に良いんだけどね。ボクは君の意見を尊重する。君がそうすると言うなら、きっとそれが正しいんだろうからね』
突然頭に響いた、2つの声。2つともたぶん女性の声で、片方は少し幼げで、幼い男の子の物のようにも聞こえる。もう片方は、透き通るような大人の女性の声で、その2つの声の会話が頭の中で繰り広げられる。
「シェスティア!」
そしてその声の正体を突き止める事もなく、私は呼ばれて目を開いた。
目を開くと、そこにはラピスがいた。その腕には、おとなしくなったラミーヤが抱かれている。
ラミーヤは気を失っているようだ。目を閉じて、眠りについている。
「ど、どうなんだ?ラミーヤにかかった呪術は、消せたのか?」
「……安心して。ちゃんと消せたから。ラミーヤはもう大丈夫だよ」
「本当か!?……本当なんだな!?」
私の言葉を聞いたラピスが、安堵の表情を見せる。
「本当だよ」
「……ん。ラピス?どうしたんですか……?何か、あったんですか?」
私の言葉を証明するかのように、ラミーヤの目が覚めた。目が覚めたラミーヤの表情は、先ほどまでとは打って変わって穏やかだ。あの、優し気な女の子のラミーヤが戻って来た。
やはり彼女は、呪術によってその精神を操られていたのだ。私を無視しだしたのも、ディシアに襲い掛かったのも、全部呪術のせい。その呪術が消し去られた事により、元に戻った。解決だ。めでたしめでたしだ。
「ら、ら゛み゛ぃや゛あ゛ぁぁぁぁぁ!」
ラミーヤの目が覚めると、ラピスの目と鼻から液体が溢れ出した。凄い勢いで溢れ出しながら、それをラミーヤにつけながら泣き叫ぶ。
「……汚いです」
そう呟きながらも、ラミーヤはラピスの頭を撫でながら受け入れ、広い心を見せつけられた。
私なら、速攻で引きはがすよ。だって汚いもん。
「どうやら本当に、呪術を消し去ったようだねー。おめでとう、ラミーヤ君。君は命拾いをしました」
そこへ先生がやってきて、ラミーヤを覗き込みながらそう言った。
ラミーヤは、本当にこの人に殺される所だったから、冗談でもなんでもない。でもラミーヤは記憶が曖昧になっているのか、その言葉の不気味さに気づきながらも僅かに首を傾げている。
「しかしあの呪術を消し去った君の打ち消し魔法の技術は、本当に見事だ。ディシアとの戦闘の時にも見せてもらったけど、君のその技術は異常だよ。まるで魔力が目に見えているようだった」
「はは。そんなバカな事ある訳ないじゃないですかー」
いきなり先生に見破られそうになり、私は慌てて誤魔化す。エリシュさんとの約束もあるし、なによりこの先生に知られるとなんかちょっと厄介な事になりそうだから。知られてはならない気がする。
「まぁそれはまだいい。だが意識を支配するほど深い所に根付いた呪術を消し去る技術など、私の知る限りこの世には存在しないはず。正確に言えば失われた技術な訳だが、君はその技術を、私の目の前で披露したのだ。それだけではない。先ほど君は、光属性の魔法を使っていたね。君の魔力の属性は、氷のはず。それなのに、光属性の魔法を使ってシグレとディシアを守った。一体どういう事だ?」
「う、げ……」
言われて気づいたけど、確かに私は光属性の魔法を使って2人を守ってしまっていた。
この世界の魔術師にとって、1つの属性以外の魔法を使う事は出来ない。それが常識で、氷属性の魔法を使ってディシアと戦っていた私が、光属性の魔法を使えるのはおかしいのだ。
あの時は咄嗟で、必死で、何も考えていなかったために使ってしまった。知られるとかなり面倒な事になりそうなので隠す事にしていたのに、いっぺんにいくつもの私の秘密がバレそうで、私ピンチである。
というか魔法の属性に関しては、もうバレている。隠しようがないレベルに。
「シェスティア!」
「お姉さま。ラミーヤさんは……?」
そこへ、校舎に引き下がらせておいたディシアとシグレが、頃合いを見計らってやってきた。
シグレはともかく、ディシアは未だに炎の剣を手にしていて、ラミーヤを警戒している。
「も、もう大丈夫!何もかもが解決したから、もう武器はしまって!ラミーヤは誰かに操られていたんだよ!ちきしょう、誰がこんな事を!犯人を探し出さないとね!」
先生からの質問をスルーするために、私はやってきた2人に対して大きなリアクションを見せて迎え入れた。
自分で言うのもなんだけど、凄く白々しくてわざとらしい。
「何、そうなのか?犯人は見つけ出して相応の罰を受けてもらうのは当然だが……操られた側にも問題はある。処刑すべきだ」
「そんな事、絶対にさせないからね?」
「う……」
私が睨みつけると、ディシアはしゅんとして炎の剣を収めてくれた。
こうして、とりあえずはラミーヤの件は無事に済ませる事ができた。一体誰が、何のためにこんな事をしたのかはさておいて、みんな無事なのだから、とりあえずは良かったねと言う事でいいんじゃないだろうか。
全て解決である。よかったよかった。それじゃあ今日はもう帰ろう。
「しかし、シェスティア。何故光属性の魔法が使えるのだ?」
「ぐすっ。我も、気になったぞ」
せっかく誤魔かせそうだったのに。だけどディシアが最初にそう聞いてきて、ラピスも追従してきたことによって話が戻ってしまった。
そして肩に手を乗せられ、振り返るとそこには先生が立っていて、目で2人と同じことを尋ねて来る。どうやら、逃げられそうもない。




