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愚か者


 偽メグルとの決闘が決まり、家に帰って来た私は早速事のいきさつをエリシュさんに説明した。昨日はもう二度と関わるなと言われておいて、今日こんな事になってしまったんだ。絶対に怒られるよ。


「ほう。決闘か。面白い」


 場所は昨日と同じ、エリシュさんの書斎。昨日と全く同じ配置でエリシュさんと話していて、今事のいきさつの説明が終わった所だ。

 昨日と違うのは、私の隣にシグレがいるという事かな。説明するには1人より2人の方がいいという事で、付いて来てもらったんだ。

 それで怒られるのを覚悟で全てを包み隠さず話し、いざとなったらシグレに庇ってもらおうと思っていた訳なんだけど、しかしエリシュさんの反応は意外だった。怒るどころか、冷静にそう呟いて笑って見せたんだから。

 まず怒られない事に安堵したけど、でも面白いとはどういう事だろう。あんまり面白くはない状況のはずなんだけどな。だって相手は、帝国のお姫様だよ。手紙一通届いただけで、全校生徒が私を無視するような存在だ。私が言うのもなんだけど、やっぱりマズイよ。


「帝国は、確かに強大な力を持つ国だ。しかし奴隷国家などと呼ばれているだけあり、敵が多い。もし君が彼女に勝てれば、君は一躍ヒーローだよ。帝国を打ち破った英雄、と言った所だ」

「英雄……」


 悪くない響きだ。私は自分が皆に褒めたたえられる姿を想像し、顔がニヤけてしまう。


「こんなに美しく、完璧なお姉さまが英雄だなんて……そんなのお似合い過ぎて、私また惚れてしまいそうです!」


 シグレが興奮気味に私の手を握って来て、まるで子供がプロのスポーツ選手を見るような目で私を見つめて来る。

 そう。私が想像した英雄を囲む観衆は、こんな感じ。


「えへへへ」

「えへへへ」


 私は照れながらシグレの頭を撫で、撫でられたシグレも照れながら笑い返してくれた。


「それはさておき、だ。君はどうして、私の言う事を素直に聞けない?私は彼女と関わるなと、昨日言ったばかりだよね?」


 いきなりエリシュさんに蒸し返されて、私はしどろもどろになる。言い訳は、考えて来た。だけどもう怒られる事はないと勝手に判断してしまって、考えて来た事が吹っ飛んでしまったのだ。


「そ、それはー……えーっと、我慢できなくて……」

「君一人で済む事なら、自己責任だからそれでいい。しかし君は、妹のシグレを引き連れた上で彼女に喧嘩を売った。シグレを危険に巻き込んだのだ。我慢できなかったという、それだけの理由で無鉄砲に喧嘩を売る事を、私は赦せない」

「……」


 私はシグレの方を見つつ、エリシュさんに言い返す言葉もない。


「私はお姉さまと一蓮托生です!お姉さまが選んだ道ならば、その道を私も共に進みます!」

「君が良くとも、私は良しとしない。シェスティアは、私情で君を危険に晒したのだ。それはとても愚かな事だよ。そして私は、愚か者が大嫌いだ」

「……ごめんなさい」


 とてもではないけど、言い訳が通用する雰囲気ではない。エリシュさんは、本気で怒っている。これ以上何か言っても、彼女の機嫌を損なうだけだろう。だから私は謝罪し、黙り込んだ。


「君には罰を受けてもらう。少々キツイ罰だが、それだけの事を君はしたのだ」

「また、反省文でも書かせるつもり?」

「今回はあの時のように、冗談で済む問題ではない。もっと別の罰を受けてもらうつもりだ」


 いや、あの時もけっこう冗談で済むような物ではなかったけどね。でもアレよりキツイ罰になるって事だよね。凄く不安なんですけど。

 不安になる私を差し置いて、エリシュさんがどこからともなく取り出したそのメイド服。エリシュさんが着るには小さすぎるし、やけにスカートの丈が短い。それを一体どうするつもりなんだろうか。いや、なんとなくは察したけどね。

 メイド服を手に私に優しく笑いかけるエリシュさんと、部屋を訪れたルナさんの手により、その日私はメイドになった。いや、メイドにされた。




 決闘を今日この後に控え、私は家を出る寸前までメイドとして働かされた。

 けっこうな目に合わされたよ。エリシュさんを呼ぶときは、ご主人様。ご主人様のために食事を運び、飲み物を用意し、ご主人様の要望に応えて運んだご飯を私の手で食べさせてあげたりもした。

 その際、何をされても文句は言わない。されるがままに、言われた通りに事をして私は与えられた罰を乗り越えた。


「お姉さま、大丈夫ですか?凄く疲れているみたいですけど……」


 シグレと共に歩いて学校へ向かう私の足取りは、そういう事があったためか凄く重い。


「大丈夫だよ。エリシュさんに色々な事をさせられて、確かに疲れてるけど平気。……シグレも、エリシュさんにあんな事されたの?」

「お姉さまがどんな事をされたかは知りませんが……メイドとしてのお仕事をこなしながら、妙にベタベタとくっつかれて、色々な所を触られました。お、お尻とか……」


 恥ずかし気にそう告白するシグレを見て、私は少し殺意がわいたよ。あの変態、ルナさんという存在がありながら、私と、私の妹にセクハラするとは許しがたい。


「お姉さまも、されたのですか?」

「ま、まぁ少しだけ、ね」

「お姉さまの美しいお身体を……!」


 シグレも、私がセクハラを受けた事を聞いて怒ってくれている。今度2人で、あの人をあるべき所に訴えようか。たぶん勝てるよ。あのセクハラ魔人も、それで少しは反省してくれると思う。逆に、そうしなければ助長する事になってしまう。


「あ、お姉さま。ラピスさんです」


 気づいたのは、シグレだ。言われて、前方をノロノロと歩いているラピスの姿を、私も発見した。


「ラピス!おはよう」


 最初は手紙の影響で私を無視していた彼女だけど、昨日は良い所で声をあげてくれて、凄く嬉しかったんだよね。私は意気揚々と、友達のその背中を叩いて挨拶をした。


「……」


 だけど、その反応はまたもや冷ややかな物で、ラピスは私の顔を一瞬だけ見たのに、無視して前を見直して再び歩き出してしまった。

 うん。ショックだったね。無視されて、でも友達だと声をあげてくれて、それなのに今日また無視ですか。酷いよ。私を騙したのね。

 と言いたい所だけど、ラピスの様子が少し変だった。凄く落ち込んで、無視したというより相手にする余裕がなかったという感じ。


「ど、どうしたの、ラピス?」

「うぅ……!」


 追いついて話しかけると、ラピスがその目に涙を浮かべた。鼻水まで垂らし出し、その顔が一気にぐちゃぐちゃに歪んだ。袖で目を擦り、涙を拭く仕草を見せるラピスだけど、その手をどかしたら元通り。


「まさか……帝国のお姫様に何かされたの!?」

「違う」

「違うんだ……」


 私との決闘を前に、私の友達に手を出して私の戦意を削りにかかってきたのかと思ったよ。違うなら良かったけど、じゃあどうしたと言うんだろう。


「……ラミーヤが、我を無視するのだ……!それだけではない。昨日から他の皆も……」

「っ……!」


 たぶんその原因は、ラピスが昨日私のために声をあげてしまったからである。私に関わるという事は、私と同じように無視される存在になるのは必然だった。帝国のお姫様の敵とは、誰も関わりたくないだろうからね。

 でも私のためにしてくれた事で、ラピスが傷つく事になってしまうのはとても悲しい。彼女は涙まで零して傷ついているのだ。


「……ラピス。やっぱり今からでも、私を──」

「だ、大丈夫だ。我はこれくらい、何てことはない。それに同じ事を昨日シェスティアにしてしまい、いざ自分が同じようにされて傷ついたのでやっぱりやめるなど、あってはならん。……我はもう、大丈夫だ。心配をかけてしまって、すまない」


 そう言って再び袖で涙を拭い、鼻水はシグレが差し出した手拭いによって拭き取られ、元の顔に戻った。でもやっぱりどこか元気がなくて、悲しそう。

 ……やっぱり、私は帝国のお姫様に勝たなければいけない。それでどうなるかは分からない。良い方向に転がるかもしれないし、悪い方向にも転がるかもしれない。だけど負けてはダメだ。あの自信満々な顔面に一発いれて、もう二度と陰湿な事をして来る気がおきないよう、力を示さなければいけない。

 それで私を無視していた人が元に戻る訳ではないのが、ちょっとむなしい。

 でもせめて、ラミーヤだけでもこちら側に引きこめないかな。そうすれば、ラピスも少しは元気が出ると思うんだ。


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