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2度目の身の危険


 寮の中へと足を踏み入れ、まず私達は寮の食堂へと連れて来られた。この食堂、外と面する壁は全面ガラス張りで、日当たりがとても良い。だけどすぐそこに背の高い茂みの壁があるので、景観はいまいちかな。

 その中の一角でイスに座らされた私達は、先輩がいれてくれたお茶の入ったコップを口に運んでいる。コレたぶん、けっこう良いお茶だ。ほんのりと苦いけど、苦みの中にも甘みがあって飲みやすい。前世でいう所の、紅茶と似た味だ。


「どう?お口にあったかしら」

「ええ。とても美味しいです。ね、ラピス」

「……我は少し、苦い」


 せっかく淹れてもらったお茶に対して、ハッキリとものをいうラピス。そんな彼女の感想を聞いて、ラミーヤの眉がピクリと動いた。


「あいたっ!?」


 そして突然身体を跳ね上げ、痛みに声をあげた。たぶん、机の下の見えない所でラミーヤが何かしているんだと思う。ラミーヤの笑顔が少し怖い。


「ごめんなさい、プレタス先輩。ラピスは舌がお子様なので、この味が分からないんです」

「味はそれぞれの好みだから、別に気にしないわ」

「で、でもこのお茶、本当に美味しいです……」

「そうだね。こんなに美味しいお茶、初めて」


 シグレは美味しいと感じているようで、ポツリと呟いた感想に私も賛同した。

 ちなみに、私が言ったのはこの世界に来て初めて、という意味である。前世ではもっと美味しいお茶を飲んでいたからね。前世の方がそういった技術は進んでいるので、結構な差をこういう所に感じてしまう。


「よかった。私の故郷の茶葉をつかって淹れたお茶なの。気に入ってくれて、嬉しいわ。それで本題の方だけど、探してるのって男っぽい赤髪の女の子で、炎の魔法の使い手だよね?」

「そ、そうです!心当たりは、ありますか?」

「名前が分かれば、確証が持てるんだけど……いや、どうせアレは偽名か。でも隠せてないんだけどねぇ……」


 先輩は意味ありげな事を呟いているけど、それは独り言でこちらには関係のない話のようだ。1人で納得して頭を抱え、少し嫌そうな表情を浮かべている。


「名前はすみません。言えないんです」

「分からないじゃなくて、言えない、か」


 私はエリシュさんとの約束を守り、メグルの名前を出す事は避けている。だけど特徴だけわかれば、充分だよね。だってメグル、分かりやすい特徴がてんこもりだし。

 だけどそんな私の返答が、彼女に不信感を抱かせてしまったのかもしれない。目を細め、私を見て何かを思案している。

 そりゃそうだ。探し人の名前を、知らないではなく言えないと答えられたら、私も怪しく思う。


「私もね、一応はこの学校の一員として、軽々しく他の生徒の情報を流す訳にはいかないの。探るようで悪いけど、気分を悪くしないでね。貴女が探していると言うその子、貴女のなんなの?」

「家族です」


 私は隣に座るシグレの頭の上に手を乗せながら、即答した。


「……なるほど。家族、か。それなら、協力しない訳にはいかない、か」


 先輩は私の答えに満足げに頷き、また悪戯っぽい笑顔を見せてくれる。一瞬だけ、ほんの少し場の空気が悪くなったけど、彼女の笑顔によってその空気は吹き飛び、明るくなった。


「それにここでケチったとしても、どうせその内見つけるだろうしね。もったいぶって隠しても、無駄と言えば無駄よね。それでそのお目当ての子だけど、私は当てはまる人物を知ってる。貴女たちと同じ新入生で、この寮に住んでるよ」

「っ!ほ、本当ですか!?それ、どこにいますか!?もう帰って来てますか!?」


 私は机を吹き飛ばすような勢いで立ち上がり、先輩に食い掛かる。この条件に当てはまるような人物は、そうそういない。先輩が思い浮かべた人物は、きっと私の探し人という事で間違いないはずだ。

 やっぱり、エリシュさんの言う通り、この学校にメグルはいたんだ。そうと分かれば、あとはもう会いに行くだけである。


「落ち着いて、シェスティアちゃん。確かに私は、貴女の提示した条件に見合う人物を知っている。だけどそれが本当に貴女の探し人かどうかは分からない。というか、正直言ってたぶん違う。だって貴女が私の知るその人物の家族だとすると、色々と話がこじれてきて中々マズイ事になっちゃうから」

「その方に家族がいたら、いけないのですか?」


 そう尋ねてくれたのは、ラミーヤだった。

 私としては、早く会いたいと言う気持ちが先行しすぎて、今はそういった冷静な返しが出来ない。それをフォローしてくれて、助かった。


「ええ。いけないの」

「……だが、シェスティアの提示した条件に見合う人物など、そうそういないはず。その人物がシェスティアの探し人だという可能性も、ゼロではない。ならば、会えばいい。違ければ、その時はまた探せば良いだけの事」

「そうなんだけど……私がこう言うのもなんだけど、会って後悔したりしないか心配なのよ」

「それは、二つの意味で捉える事ができますよね。会って、探し人ではなかった時にショックを受けるかもという意味と、会って後悔するような悪い人間だと言う意味と」

「両方、かな。あんまりこう言う事は言いたくないけど、その人物はあまり出来た人物ではないの。彼女がシェスティアちゃんの探し人じゃなかった時の、彼女のリアクションが心配で……。できればまず、会う前に遠くから眺めてみるのがいいと思う」

「分かりました。ここは、先輩の忠告を受け取っておきましょう。いいですよね、シェスティアさん」


 目の前で繰り広げられた、ラミーヤとラピスと、先輩との会話。私は回らなくなった頭でなんとなく聞いていたけど、まとめると直接会う前に、まず遠くから見て確認しろと。そういう訳だ。

 先輩がわざわざそう忠告してくれるくらいだから、余程その人物が良い人じゃないという事が伝わってくる。でも会わなければ分からない。メグルは私と知り合ってからは徐々に周囲とも社交的になっていき、反面私を虐めるような相手には、狂犬のように噛みつくような面も持っていた。その狂犬の面を学園内で発揮しているとするならば、あまり良い人ではない。つまり、その人物であるという可能性を見出せる。

 もう私の中では、その人物がメグルで確定しつつある。考えれば考える程、それはもうメグルだ。


「なんでもいいから、早く会わせてください。彼女は、どこにいるんですか!?」

「だから、慌てないで。それと言っておくけど、私は彼女と親しい訳じゃない。ただ顔を見た事があるだけ。同じ寮に住んでるだけだし、それに彼女がこの寮に引っ越して来たのは昨日だもん。仲良くなるキッカケもなければ、仲良くなるつもりもないから」

「だから、彼女の行動パターンが分からないんですね」

「そう言う事。部屋番号は知ってるし、顔も名前も分かる。それだけだから。今彼女がどうしてるかなんて、見当もつかない訳。だからまぁ、とりあえず……待とっか」

「でも──」


 すぐそこにメグルがいるのに、これ以上待つのはもうこりごりだ。私は先輩に反論しようとしたけど、私の手が隣に座るシグレに握られた。


「まぁまぁ、落ち着いてくださいシェスティアさん。先輩がこう言っている訳ですし、ここで待たせていただきましょう?」

「そうだぞ。慌てても良い事はない。ここは、我と共にお喋りでもして待とうではないか」

「……お姉さま」


 今日出来たばかりの友達と、妹に諭され、私はおとなしくイスに座りなおした。

 私は今、あまり冷静ではない。だから信頼できる人の言う事を聞いておくべきだと、僅かに残った冷静な私が私に囁いているんだ。

 でも待つより、ここを飛び出して探しに行きたい。待っていればいずれは会えると分かっているのに、わざわざ探しに行きたくなるのはやっぱり冷静ではない。

 私は自分の気持ちを抑え込み、深呼吸。少しでも冷静に戻れるように、努力する事にした。


「……分かった。おとなしくするから、そんなに心配しないで」

「偉いね、シェスティアちゃん。周りの意見をおとなしく聞き入れて、冷静になれるのはあまり出来る事じゃないと思う」


 そう言いながら、先輩の手が机の上に置かれた私の手に向かって伸びて来て、握られた。先輩の手は、少し冷たい。だけど触れられた私の手は、まるで上質な布で包まれたかのような感覚で心地いい。

 だけど、何だか先輩の触り方がおかしい。包み込みながら絡んできて、心地良いんだよ?だけど、なんていうか……セクハラされてるみたい。

 というかよく見たら、先輩の顔がセクハラ親父のそれに変わり果てている。私を見るその目はトロンと蕩け、頬は赤く染まり、口は三日月の形を作っているではないか。息を荒くして、興奮し始めているのは、私の手を握っているからだ。

 ハッキリ言って、気持ちが悪い。身の危険を感じるのは、エリシュさんに迫られた時以来、コレで2回目だ。


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