張り込み
このやる気のない先生が担任と知った時の衝撃ときたら凄いものだったけど、幸いにもこのクラスにはしっかり者の委員長がいる。おかげでその後の制服のサイズ合わせはつつがなくこなせたし、授業構成の説明などは、はしょったりされずにちゃんと把握する事ができた。
今日は授業とかはなく、明日からが本格的な学校生活の始まりとなる。なのでそれら一連の事が終わると帰っていいよという事になり、その瞬間に私はシグレと共に教室を後にした。
向かった先は、学校の校門。この学校に出入りする者は必ずこの校門を通る事になる。他の場所には魔法による結界が張られていたり、警備員が巡回しているので絶対に無理して壁を乗り越えるなと言われている。なので、この学校の生徒は絶対にこの校門を通るしかない。絶対にだ。
「……」
私は校門の出口の草むらに身を潜ませると、そこから校門をくぐる人たちをじっと見つめ、目的の人物を探す。
もしメグルが私達と同じようにこの学校に入学したのなら、絶対にこの門を通るはずである。そう見越して私は一番に教室を後にし、張り込みを行う事にしたのだ。
「張り込みはけっこうですが、その方が合格したと言う保証はありませんよね」
「……彼女が落ちるなんて、絶対にないよ。私みたいに聡明で、魔法の才能もあったからね。絶対に受かってる」
「その子を褒めるのは結構ですが、しれっと自分の事も褒めないでください」
草むらに潜む私の背後には、合流したメイドのルナさんがいる。そして隣にはシグレもいる。2人とも、先に帰っていてもいいという私の言葉を流し、こうして付き合ってくれているんだ。
「お姉さまは、本当に聡明です。それでいて優しく美しく、まさに女神の──」
「はいはい、女神女神。ですが、エリシュ様からもたらされた情報だけでは、貴女の目的の人物だと言う保証はありません。取り越し苦労になるかもしれませんよ?」
「そんなの、分かってる。だけど探す。せっかくエリシュさんがくれた情報だもん。しっかりと確認して、確証を得たい」
「……まぁ構いませんけど」
「私も、構いません。お姉さまにどこまでもついていきます!」
「あ、ありがとう、二人とも」
私は2人にお礼を言いつつも、校門から出て来る人たちから目を離さない。
でも結果的に言うと、メグルの姿をその中から見つける事はできなかった。気づけば夕暮れ時となり、校門から出て来る人の姿もなくなって閑散としている。
「諦めましょう、お嬢様」
「……うん」
ルナさんの提案に、私は小さく頷いて答えた。
メグルと再会できるという希望が1つ、潰えてしまった。元々ルナさんの言う通り、曖昧な情報で希望が少ない事くらい分かっていたし、ショックは……あるけど……仕方がない事だ。
「今更ですが、寮生活をこなしている方はこの門をくぐらないのでは?」
ルナさんが本当に今更ながらそう言って、私もその考えに思い至った。
この学校には寮もあり、寮は敷地内にあるので家に帰るのに門をくぐる必要がない。つまりまだ、全ての希望が潰えた訳ではないのだ。
「よし、それじゃあ寮を探しに行こう!」
私は間髪入れずにそう言いながら立ち上がり、再び学校に入るために駆け出そうとしたんだけど、ルナさんに頭を掴まれて止められた。
「お待ちください。今日は、ここまでにしておきましょう。もう日が暮れますし、エリシュ様が貴女達の合格の知らせを聞くのを、楽しみにしているはずです。他のメイド達も、そうですよ。だから今日はやめておきましょう」
「でも……」
「時間は、いくらでもあります。だって貴女はこの学校に入る事ができたんですから。慌てる必要はありません。じっくり探して行きましょう」
「……うん」
ルナさんに諭されて、私は小さく頷いた。本当は今すぐ探しに行きたいけど、確かにこれから時間はいくらでもある。探すのはいつでもできるけど、今日はもう日が暮れそうだし家に帰るべきだ。
ここまで私に付き合ってくれた、2人の事もある。これ以上付き合わせて更に帰りが遅くなるのは、我儘だろう。
「じゃあ、帰ろうか」
そして家に帰ると、ルナさんの言う通り、エリシュさんが家の前で帰りの遅い私たちを待ち構えていた。そして間髪入れずに私たちの合否を尋ねて来たんだけど、2人揃って合格ですと報告したその瞬間、ルナさんが私たちにしたのと同じように抱きしめられた。更には屋敷で働くメイドさん達からもお祝いの言葉をもらい、その日は私達にとって特別な日となったのだった。
余談だけど、晩御飯も豪華で凄く美味しかったんだよ。更には食後にケーキも出てきて、文句なしだった。
おかげでメグルを見つけられずにしょげていた事なんて忘れられて、明日頑張るエネルギーまでもらえたんだ。私のやる気は最高潮に達し、そのやる気のままに次の日から本格的に始まった学校生活も、順風満帆でスタートを切る事ができた。
「う、おおおえっぷ……」
そして次の日、私は学校にいる訳なんだけど、吐き気は止まらない。始めは順調だったけど、校内はもちろんの事、クラスに男がいるのは避けられない。男と同じ空間にいるというだけで私はもう……吐きそう。
おかげで初日から、私に近寄ろうとする男はいなくなった。私に男が近づいてくるたびに、口を押えて顔を真っ青にされたらさすがに分かるよね。空気を読んでくれて、ありがたいよ。
「だ、大丈夫ですか、お姉さま」
「うん……。平気。今日はあと少しで授業終わるし、我慢できるよ」
休み時間に、机に突っ伏す私を心配して声を掛けてくれたのは、シグレだ。
「大丈夫ですか、シェスティアさん。とても気分が悪そう……」
更にそう話しかけてくれたのは、クラスメイトのラミーヤだ。
彼女はおっとり系のお嬢様って感じで、その所作の1つ1つが美しく、気品を感じさせられる。あと、髪の毛が凄くふわふわで気持ち良いんだよね。まるで羊みたい。そして何より目を引くのは、胸がデカイ。聞けば私よりも2つ年上のお姉さんらしいけど、この差はどこからくるんだろうと、自分の胸と比べずにはいられないよ。
彼女は私が突っ伏している机の前に立ち、私を心配そうにのぞき込んできてくれているんだけど、その身を包んでいるのはこの学校の制服だ。
上半身は黒に近い紺色のブレザーを羽織り、その下には白のシャツを着こんでいる。首元にはこの町のシンボルカラーでもある赤色のスカーフを着用し、そこまでは男女変わらない。ただ、ブレザーには何種類か用意されており、半袖だったり、大胆に袖丸ごとカットされたタイプの物もある。更にはローブ状になってる物もあるんだけど、オーソドックスなのはラミーヤや私とシグレが着用している、長袖タイプの物だね。
ちなみに下は、女子はスカートで、男子はズボンだ。
ラミーヤはスカートから覗く足を、黒のタイツで覆っている。ちょっとセクシー。
「ありがとう、ラミーヤ。いつもの事だから、平気だよ」
「しかし、これから毎日それでは身が持たない。対策を考えるべきでは?」
ラミーヤの隣には、もう1人少女がいる。ショートカットの少女で、こちらは先ほども話した、ローブ型の制服を身に着けている。そしてローブと一体化しているフードを被った上で、先端に大きな水晶の嵌められた彼女の背の丈と同じくらいの長さの木の杖を持っており、頭の中で想像する魔法使いを現実に召喚したかのような装いだ。
彼女の名前は、ラピスケイト。ラピスと呼ばせてもらっている。
年はラミーヤと同じで、私達よりも2つ年上だ。ラミーヤとラピスは幼馴染で、今日知り合ったばかりだけど年の差も感じさせず、中々親しみやすくてすぐに友達になる事ができた。
友達になれたキッカケは、なんだろう。朝登校してきて、ラピスが話しかけてくれて……それで気づいたら、普通に話すようになってたんだよね。
余談だけど、ラピスは背も胸も、私達と変わらない。というか、それ以下だと思う。こうしてラミーヤと並んでいる姿を見ると……なんだかかわいそう。
「おい。人の胸をじろじろと眺めて来たと思ったら、哀れみの視線を向けてくるのをやめないか」
「あいたっ」
ラピスに杖で頭を軽くたたかれてしまった。
「しかしそんなんで、放課後の人探しとやらは出来るのか?」
「も、問題ないよ。気合でなんとかする。だけど男への対処は任せた」
「ふ。頼られては、仕方ない。この我が、汝に近づく男を滅してやろう」
「滅したらダメですよ。めっ、です。ぷっ」
片手で目を覆い隠し、おかしなポーズをとるラピス。ラピスはこんな感じで、少しかわいそうな子だ。でも今日知り合ったばかりなのに、私のメグル探しに付き合ってくれると言うとても良い子である。
そしてラミーヤの方は、1人で何か言って噴き出している。滅すると、叱る時の声である『めっ』をかけているのだろうか。とてもつまらない。でもこちらも私のメグル探しに付き合ってくれると言う、良い子である。
思えば、村を出て初めてできた友達だ。自然と、なんの違和感もなく友達になれたのは、きっと私が大人として成長した証だろう。
「っ……」
一方で、シグレは2人とはまだあまり積極的に話せていない。2人から話しかけられたら答えるけど、自分からはサッパリだ。こちらは時間がかかりそうだけど、まぁ屋敷のメイドさん達と同じで、すぐに仲良くなれると思うから心配はしていない。




