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貴族の子供


 またしばらくの時が経った。私とシグレの背は少しだけ大きくなり、胸も少し膨らんだ気がしないでもない。胸は気のせいかもしれないけど、知識や魔法に関しての実力に関しては、成長した事に間違いはない。ルナさんとエリシュさんによる、日々の教育の賜物だね。

 それだけではない。2人を初めとして屋敷のメイドさん達には、本当に日々お世話になっており、仲良くしてもらっている。そういう環境のおかげで、私は人間的にも大きく成長できたのだと、自負している。悲しい出来事はあったけど、皆がいてくれたおかげで乗り越える事ができた。

 そして今日、私はシグレと共に、魔法学園へ入学します。

 学校には寮もあるけど、私とシグレは家からの通いなので生活はそれほど変わらない。今まで通り、エリシュさん達と暮らしながら学校に通う事になる。


「うぷっ」

「だ、大丈夫ですか、お姉さま!?」


 でも学校に到着して早々、私は吐き気と戦っている。

 朝、家を出る時は、ここでメグルと会えるかもしれないという期待感から、やる気で満ち溢れていた。興奮して多少は寝不足感があるものの、健康状態はすこぶるいい。元気で調子が良く、シグレの手を取って我先にと先導して歩いていた程である。

 では何故そんな私が現在吐き気を催しているのか。それは、周りを見てもらえば分かる。周りには、私達と同じく学校へ入学するためにやってきた人や、既に学校の生徒として通っている先輩方が、統一された制服に身を包み込んで登校してきている。その中には女の子もいるし、男もいる。油断していたけど、学校は共学だ。当然男もいて、私は彼らと同じ環境で授業を受けなければいけないという事になる。

 考えただけで、反吐が出るよ。本当に出そう。

 それでも根性で周囲にメグルの姿がないか探しているけど、今の所成果はない。それどころか、男が目に付いて辛い。なのでとりあえず、今は諦めよう。このままでは見つける前に倒れてしまいそう。


「貴女の男性恐怖症は、相当なものですね。エリシュ様もあまり殿方を好みませんが、貴女のような拒否反応まではおこしません」


 と言ったのは、ルナさんだ。ルナさんは私とシグレの付き添いとして、共に学校へとやってきている。保護者同伴とは、情けない。でも私たちの年齢を考えれば、普通と言えば普通か。それに、周囲を見渡せば私達と同じように、保護者同伴の子供は少なくはない。


「だからあの屋敷には女の人しかいないんだね……うぷっ」


 なんとなくは分かっていたけど、ルナさんが言い切ったので確証を得る事ができた。

 それと同時に、更に強い吐き気がこみあげて来る。口を押えて必死にこらえるけど、かなりキツイ。帰りたい。でもメグルに会いたい。


「──君。大丈夫かい?」


 そこへ私に話しかけて来たのは、男だった。

 金髪のサラサラヘアーの男だ。瞳は青色で、手足がスラリと伸びて、スタイルがとても良い。鼻が高く、声はまだ声変わり前なので、少し高め。年齢は私よりも少し上かな。背も私より高い。

 子供にしては、相当なイケメンである。だけどナルシストのように髪をかき上げる仕草や、その自信に満ち溢れた目が気に入らない。


「……」


 シグレが機転をきかせ、男の前に立ちはだかり、私への接近を防いでくれた。

 ただでさえ周囲の男を見て気持ち悪がっているのに、近づかれたら吐く場面だよ。ありがとう、シグレ。


「そちらのお嬢様の体調が、優れないご様子。よろしければ、この僕が癒しの魔法で治療を施してあげます」

「……いらない。大丈夫だから、放っておいて」


 私は吐き気をこらえつつ、シグレの背中越しに男に向かってそう答えた。


「サリエル様に、なんて口の利き方を……!」


 すると、周囲からそんな声が聞こえてきた。

 サリエル様?もしかして、この子有名人なのかな。まぁでも、そんなの私の知った事ではない。


「遠慮なさらずに。僕の魔法は、その辺の魔術師なんかよりも強力です。きっと貴女の体調も治す事ができるでしょう。そして治療できた暁には、是非この僕とデートをしてもらいたい」

「は?」

「僕は貴女を気に入りました。貴女は可憐で美しい。だから僕の治癒魔法を受ける権利がある」

「……」


 こちらの事情も知らず、平然とそんな事を言ってくる男に私は内心イラ立った。

 私が可憐で美しいのは、言われなくてもよく分かっている。だけど、治癒魔法を受ける権利?この男は人を見て、治療する相手を選ぶという事だ。


「そういう事だ。ちなみに君には、その権利がない。だからどきたまえ」


 シグレにそんな事を言い放った男に、私は更に腹がたった。シグレが傷つくような事をいうこの男の魔法なんて、こちらから願い下げだ。そもそも男であるという時点で願い下げなのに、更に下がって地面を突き抜けている。

 体調が万全で、相手が男でなかったら得意の罵倒で泣かせている所だよ。


「……お姉さまと、デート?何も分かっていないお前が、お姉さまとデート。笑わせるな。お姉さまには、お前なんかいらない。お姉さまはお前を、望んでいない。消え失せろ、愚物が」

「ひぃ!?」


 何やらブツブツと呟き始めたシグレの背中から、黒いオーラが出始めている。そんなシグレを見て、男が後ろに飛んでシグレと距離を取った。


「し、シグレ?どうかした?」

「いえ、なんでもありませんよ、お姉さま」


 私が声を掛けると、シグレはいつも通りで何も変わった様子がない。いつもの、可愛い私の妹だ。

 なのに男の方は、すっかり怯えてしまってそのイケメン顔が歪んでいる。そんなに私の妹が嫌なら、本当に近づかないで欲しい。そのリアクションをみて、この男が更に嫌いになった。


「っ……!」


 男は最後に私を睨みつけると、そそくさと立ち去って行った。その後を、女の子やらの取り巻きが慌てて追いかけて行き、彼の知名度の高さを窺わせる。私は知らないけどね。


「ルナさん、あの人って、何?」

「サリエル・マクロフ様ですね。マクロフ家と言えば、由緒あるフェアロット聖王国の御貴族。当主であるザリエラ様は達観で頭の良いお方で、この国の侯爵の地位におられます。立派なお方ですが、少々親ばかな所があるとか」

「アレを見れば、そんな感じがするね。やだやだ。甘やかされて育った子供なんて、どうせろくな大人になる事ができないよ。今のうちに矯正しておいた方が良いんじゃないかな。あいたっ」


 ルナさんに、軽く頭を叩かれてしまった。

 何事かと視線をあげて目を送ると、口を慎むようにと唇の前で人差し指をたてている。

 それで気づいたけど、私に周囲の視線が向けられていた。先ほどの人物が私に話しかけていたという事もあり、それが尾を引いているようだ。その中でかの人物を批判するような事を言うのは、確かにあまりよろしくないだろう。

 というか、女の子の視線はまだしも、男の視線は本当に嫌だ。気持ち悪い。


「──入学希望の方は、こちらへお集まりくださーい!これより最終試験を行いますので、その説明を受けていただきまーす!」


 学園の関係者と思しき、スーツ姿の男の人がそう声を上げた。彼の腕には黄色い腕章がつけられており、それがスタッフ的な意味を表しているんだと思う。

 そんな彼の下に、私達と同じく入学希望の人たちがぞろぞろと集まっていく。でも私には、そちらに行く前に聞いておかなければいけない事がある。


「最終試験って、何」

「文字通り、最後の試験です」

「何も聞いてないんだけど」


 私とシグレはあらかじめ、エリシュさんに連れられてこの学校を訪れている。その時なんか偉そうなおじさんやおばさんとの面接をし、筆記テストやらも済まして晴れて合格ですと告げられた。だから、それでもう学校に入る事が出来るとばかり思っていたんだ。


「最終試験では、魔法に関する技術が求められます。ここに至るまでに受けられた試験等は、あくまで基本的な学力と人間性を試されたまで。魔術学校なんですから、魔法の素質がない者に入学の資格は与えられません。ここであちら側の求める実力を発揮出来なければ、容赦なく落とされるのでそのおつもりで」

「知ってたなら、そういうのがあるって言ってよ……」

「ここまで魔法に関するテストがない事に、疑問は持たなかったんですか?持っていたら、その内あるかもしれないと分かるでしょう。だってここ、魔術学校なんですから」


 確かにそれはそうなんだけど、まさか入学当日にあるとは思わないでしょ。それにエリシュさんは今朝、私たちを入学おめでとう的な雰囲気で送り出していた。

 今日の晩御飯は豪華な物にしようとか、明日からもう私の授業を受けることはないんだなとか言って、感慨深そうにしていたよ。まさかエリシュさんは知らなかったとか、そんな事はないよね。


「ぐだぐだ言っていないで、私たちも行きますよ」

「はい」

「ああ……うん」


 確かに魔法に関するテストがなかった事に疑問は抱いていたけど、それを口に出さなかったのも事実。ルナさんもエリシュさんも、基本的にあまり自発的に教えてくれるタイプの人ではないので、意地悪で秘密にされていたというより、聞かれなかったから答えなかっただけなのだろう。

 腑に落ちない。腑に落ちないけど、先導して歩き出したルナさんについて、私は気持ち悪いのを我慢しながら、最終試験とやらを受けにいくのだった。


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