夜遊び
屋敷を抜け出した私は、まずは屋敷から離れるために歩いて行く。暗い夜道は足元が見えにくくて危ないけど、村の夜道程危険はない。だって、村は完全なる闇だったからね。それと比べれば、この町は夜だと言うのに灯りがある。灯りを作る魔道具によって照らされている道は、安心感しかないよ。オマケに地面は石畳に整備されていて、ただの土だった村の地面と比べれば余裕だ。
だけど、村にはなかった問題もある。
それは、道行く人々だ。それほど数がいる訳ではないけど、酔っ払いがふらふらと歩いていたり、何日間もお風呂に入っていなそうな、汚い人ともすれ違う。地面に寝ている人もいるね。
女の人はまだいいけど、男の人には絶対に話しかけられたくない。いや、両方嫌だけどね。
緊張しながらそういった人の横を通り過ぎ、私は人気のない裏道へとやってきた。じめじめとしていて、灯りも少なく汚らしい。オマケにちょっと臭い。でも人はいない。今の私にとって、それが何より求める物だった。
「……はぁ」
ため息交じりにその場に座り込むと、足を休ませる。
そして懐からママの形見の髪飾りを取り出した。
ママにつけてほしかったな。絶対に似合ったはずで、その姿を一目でいいから見たかった。パパにも、その姿を見てキレイだねと言ってほしかったのに、その夢はもう叶う事はない。
「ぐすっ」
そんな事を考えていると、涙が溢れそうになった。
慌ててその涙を振り払って空を見上げると、そして両親に向かって謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね」
私はこの髪飾りを、売るつもりだ。元がそれなりの値段だし、とてもキレイなので結構高く売れるはず。それを当面の活動費にしつつ、メグルを探すと言う作戦だ。本当は売りたくないよ。でもお金は必要だ。初期費用はとても大切で、ゼロから始めるのと少しでもあるのとでは、全く違う。
今は夜だし、周囲の状況があまり良くなさそうなので野宿して、明日売りに行く。
本当は私みたいな可愛い女の子が野宿とか、すっごく危険でやるべき事ではないんだけど、抜け出すならやっぱり夜が一番やりやすいよね。とはいえ、やっぱり野宿は避けるべきだったかな。ここまで歩いて来た中ですれ違った浮浪者を思い出して、早くもそう思い始めている。
いや、でも、明日の朝私がいない事に気づいたエリシュさんを想像すると、後悔はない。
へへ。やってやったぜ。私は強制的に連れて来られて、おとなしくしているような良い子ではない。この世界に来て大分矯正されてはいるものの、私の根はクソガキなのだ。
「っ!?」
壁にもたれかかって休んでいると、眠気が訪れた。変な体勢で、しかも不安だらけなのによく眠気なんて感じられるなと、自分で感心する。
そんな時に、足音が聞こえて来た。段々とこちらに近づいて来る足音に、私は目を閉じて眠ったフリでやり過ごす事にすると、じっとして足音が過ぎ去るのを待つ。
足音は私の方へと近づいて来て緊張するけど、そのまま何事もなく横を通過するはずだ。だけど足音は、通り過ぎない。私のすぐ近くまで来ると、そして止まった。
目を開けば、たぶんすぐそこに足音の主がいる。なんで?どうして私の前で止まるの?こわっ。
「……」
気のせいかもしれないけど、足音の主の息遣いまで聞こえてくる。はぁはぁと息を荒くして、私を見て興奮しているようだ。も、もしかして、コレって狙われてるんじゃ?
仕方ないよね。こんな美少女が暗い夜道にたった1人で無防備に寝ていたら、襲わずにはいられない。私はその事を失念していた。
よし、逃げよう。3つ数えたら、目を開いて全力で逃げ出す。何も確認する必要はない。不意をついた初動1秒が勝負だ。
「──お姉さま」
「っ!?」
数えだそうとしたその時だった。耳元で呼ばれて、私は目を見開いた。
すると、そこにいたのは黒髪の少女だ。
「なっ、は?シグレ!?どうしてここに!?」
私をお姉さまと呼ぶ人物は、今の所シグレだた1人である。声を聞いた時点で分かってはいたけど、ここにいるはずのない人物が実際に目の前にいる事を確認し、私は大いに驚いた。
「どうしてって、追いかけて来たんです。お姉さまが密かに身支度を整えていたので、おかしいなと思っていたら案の定お屋敷を出て行ってしまったので、慌てました」
「あ、慌てましたじゃないよ。なんで付いて来ちゃったの」
「え?だって、お姉さまに妹が付いて行くのは、当たり前じゃないですか?」
さも当然のように首を傾げながら言うシグレに、私も一瞬そんな気がさせられた。でもそうじゃない。シグレが私に付いてくる必要はなく、今すぐ戻るべきである。
「……当たり前じゃない。シグレは今すぐ家に戻って」
「お姉さまは、戻って来ますか?」
「戻らない。私はこれから、私にとっての大切な人を探しに行くの。見つけ出せるかは分からないけど……でも、出来る限りの事はするつもり」
「じゃあ私も一緒にいきますっ」
「へ、へ?一緒にって、私の話聞いてた?付いてくる必要ないんだよ?」
「必要あるとかないとかじゃなくて、私は妹として、お姉さまの傍にいたいんです。だから付いて行きます。例えどんなに遠くの地に行くとしても、どこまでも一緒にいさせてください。私にはもう、お姉さましかないんです」
まるで愛の告白をするかのように、シグレは必死に私に想いを伝えてくれた。
一緒にいたい──。
そう思ってもらえるのは、とても嬉しい。でも私とシグレは、今日知り合ったばかりで互いの事もよく知らない。それほど深い仲ではないのに、どうしてここまで想ってくれているんだろう。
「……あの家に残れば、きっと良い生活が送れるよ。エリシュさんはあんなだけど、たぶん良い人だし。私抜きでもシグレは可愛がられると思う」
「私はあくまで貴女の妹になっただけで、あの家の子になった訳ではありません!良い生活なんて、望みません。私はこの世界で唯一の家族である、お姉さまのお傍にいたいんです。いさせてください!」
この子は、あんな形だけみたいな姉妹の契りを、本気で喜んで受け入れてくれているんだ。
でも私にとっては、ただエリシュさんを出し抜くために出した言葉である。話の成り行きでそういう事となってまとまっただけなので、私にはやっぱり割り切れない。私にとっての唯一の家族は、メグルだけだ。
「……シグレには悪いけど、やっぱり知り合ってすぐで姉妹とか、そんなのおかしいよ。だから、貴女は戻って、私に付いてこないで。私は一人で生きていくって決めたの。私の……邪魔をしないで」
「……そ、そうですよね。私みたいなのが妹とか、ご迷惑ですし……傍にいたところで何のお役にもたてません。それなのに私、お姉さまができたって……家族ができたって勝手に喜んで、失礼な事を言ってしまいました。本当に、ごめんなさい」
謝るべきは、私の方だ。勝手に妹にすると言って、勝手に突き放す。横暴にも程がある。なんだか無性に殴られたくなってしまった。
シグレの声は震えていて、たぶん泣いていると思う。目が髪に隠れて見えないので確証はないけど、確認するつもりもない。それを目にしたら、私の決心が揺らいでしまうから。
「ではせめて、コレを持って行ってください」
シグレは沈み込んだ声のまま、震える手で自らの懐に手を突っ込み、ある物を取り出した。
「……なに、コレ?」
「お金です」
シグレが私に向かって差し出してくれたのは、袋に入ったお金だ。シグレが紐をといて中を見せてくれたので覗くと、銀貨がたんまりと、金貨も入っている。それも、袋一杯に。
これは普通ではありえないお金の量であり、疑問が浮かんでくる。まず、シグレがコレをどこから用意したのか。どうしてそれを私に渡すのか。その疑問が解決しない限り、お金は受け取れない。だって怖いから。
「──子供が二人、家からお金を持ち出して夜遊びに出かける。感心しないな」
突然空から聞こえて来たその声に、私とシグレはシンクロし、勢いよく上を見た。
そこにいたのはエリシュさんで、建物の淵に腰かけて足をたらしながら、煙管から煙を吐いている。そのバックには月が出て重なっており、実に幻想的な姿での登場となった。




