──この世界に生まれてから その3
この世界に生まれ、早いもので5年の月日が流れた。
私は5歳となり、自立して歩くようになって言葉も覚えているし、文字だって読めるようになっている。
そして成長するにつれて、容姿も美しくなっていく。母の使っている鏡を覗くと、そこに映る自分はとてもではないけど5歳の幼女の持つ魅力ではない。髪は母譲りの金髪で、まだ伸ばしている途中だけど肩下まで伸びていて、艶のある真っすぐな毛質。目はクリクリとした黒目で、コレは前世の私と似ているかもしれない。鼻はちょこんと小さく添えられるように存在し、口も小さく、唇はピンク色。まさに、可愛いと呼ばれるに相応しい容姿の自分に、両親はメロメロである。
この容姿は、前世に勝るとも劣らない。やっぱり私は、美しく生まれる星の下にあるんだと、そう確信できる。
「シティは相変わらず、本が好きだなぁ」
「……」
家のリビングで、イスに座って本を読んでいる私の事を、遠目にニヤニヤとしながら見ている父がそう呟いた。
私は5歳になっても、この家の本を読み漁っている。読むスピードが遅いとはいえ、この家の本の量は物凄い。ほぼ毎日読んでいるけど、まだまだ読んでいない本が大半を占めているのだから、感心するばかりだ。
どうやら両親共に本が好きなようで、その在庫は増えるばかり。この家はいつか本で埋まってしまうのではないかという危機感を、最近感じている。
「言葉も、文字もこの年で覚えちゃうなんて、本当に凄いよね」
「ああ。しかも、読み聞かされる本から文字を覚えていくなんて、凄すぎる。今じゃもう読めない本はないし、コイツは間違いなく天才だ」
自分が天才だという事は、自分が一番よく知っている。そう言われたとしても、全く嬉しくないし当たり前の事だ。
でもそう言われる事で、前世を思い出して居心地が悪くなる。
前世では、天才であり続けようとして疲れていた所もあった。お父様の期待に応え続けようと天才であり続け、他の全てを犠牲にして秀才であり続けたのだ。その期待には、応えられていたと思う。でもお父様は、それが当然だと思っていたのか一度も私を褒めてくれた事はなかった。
出来て当然──。この世界の両親も、きっとこれから私をそう言う風に見るようになるだろう。
「でもそれは全部、シティちゃんが頑張ったから出来るようになった事だから。毎日ママと一緒に真剣に本を読んで、頑張って覚えたんだよね。偉いねー」
母がそう言いながら、私を抱き締めて頭を撫でてくれた。
この世界の両親は、私を褒めてくれる。母は事あるごとに私を抱き締めたり、頭を撫でてくれて、その度に私は心があたたかくなるのを感じる。
「え、偉くない。私は、面白いから読んでただけ」
素直に認めておけばいいものを、私は否定した。この両親を前にすると、何故だかこうなっちゃうんだよね。不思議だ。
「でも頑張って覚えてたよね。分からない所は、分かるようになるまでママに教えてもらって、それを毎日繰り返して。それは中々出来る事じゃない。シティちゃんは、凄く頑張り屋さんなんだと思う。だから、偉い偉い」
「っ……!」
私に身体を密着させ、その状態で更に頭を撫でて褒めてくれる母に対し、私は何故だか抵抗できない。恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそう。だけど、凄くあたたかい気持ちになる。素直に言えば、凄く嬉しい。
もしかしたら、コレが母親という存在なのかもしれない。遅すぎるけど、私は今頃になってそう感じた。
「……なぁ、シティ。そろそろパパにも、抱き締めてちゅーさせてくれないか?」
「絶対に無理」
私は母に抱きしめられながら、あり得ない事をお願いして来る父に、即答した。
男嫌いは、相変わらずなおっていない。というか、なおすつもりもない。私は父と触れ合いたいとは思わないし、距離を縮めるのもお断りだ。
「そんなぁ……パパはこんなにシティとちゅーしたいのに。それに、シティは可愛くて良い子だから、ちゅーさせてくれたらなんでも買ってあげちゃうのになぁ」
「……」
その誘惑に、私の心が微妙に揺らいだ。
前世では、欲しい物は言えばなんでも買って貰えた。だけどこの世界の親は、あまりお金がない。かといって遠慮するような私ではないんだけどね。
では何故今まで両親に物をねだらなかったかというと、それは単純に、物を欲するという余裕がなかったからである。私がこれまで優先してきたのは、この世界に関しての情報を集める事。そのために文字も言葉も覚えた。生活にも慣れてきて、最初は赤の他人という感覚だった両親との接し方も、分かってきている。
こうして余裕が出て来た今だからこそ、気になる事が出始めていた。
私の服、ボロくね?シャツは布で縫われてつぎはぎがされているし、デザインも可愛くない。足はダボっとしたズボンをはいていて、女の子らしさがない。
「……服が欲しい」
「そ、それはつまり、ちゅーをしてくれるって事か!?」
「っ!?」
私が欲しい物を口にした瞬間、父がもの凄い勢いで食いついて私に近寄ろうとして来た。それに驚いた私はイスから飛び降りると、母を盾にして警戒する。
「驚かせたらダメだよ、グラちゃん」
「あ、ああ、すまん。でも今、シティが服が欲しいって。それはつまり、ちゅーをしてあげるから服を買って欲しい事だよな!?なぁ!?」
「違う!ちゅーはしないけど、服が欲しい」
「ちゅーもなしで、服が欲しいだと……?」
思わず口走り、私は前世の事を思い出す。
我儘放題の人生が迎えたのは、破滅だ。最期は殺されて短い人生に終止符を打つと言う、救いのない結果に終わった。私が今言った自分勝手な物欲は、もしかしたら破滅への入り口になるのではないか。そんな事が頭をよぎり、不安に陥った。
「そうと決まれば、市場に行こう!シティに似合う、可愛い服をパパが買ってやる!」
「え?でも、ちゅーは……」
「そんなのいらない!シティが初めて、欲しい物を言ってくれたんだ。その記念だからな。なんでも買ってあげちゃうぞ」
「そんな事言って良いの?うんと高い物を選んじゃうかもしれないよ」
「別にいい!オレはシティに、全財産を賭ける覚悟だ!」
「……」
そう宣言する父に、母は優しく笑った。
私はその光景をどこか他人目線で見ていて、目の前で繰り広げられる会話も上の空で聞いている。
とりあえず、私の我儘について怒られる事はなさそうだ。ちゅーもしなくていいらしい。それどころか、願いを聞き入れられて服を買いに行く事になってしまった。
すぐに出かける準備をして、私たちは家を出る事になる。市場とか言う場所までは結構歩くらしいんだけど、両親はお構いなし。私に帽子を被せ、母に手を引かれた上で出発した。
ちょっと外に出た事ならある。家の周辺を歩き、何もない草原を歩き回ったり、植物などを観察してこの世界の事を調べてみたんだ。とりあえず、草花も空も前の世界とは変わりない。昼も夜もあり、太陽と月もある。外に関して知っているのは、それくらい。私の家はとんでもないド田舎で、家の周辺はただの草原だからね。
だから、半ば強制的に外へと連れ出され、緊張した。でもその緊張は、すぐに解ける事になる。キレイな緑の大地。さわやかな風。さえずる小鳥。息を大きく吸えば、新鮮な空気が肺を満たし、美味しさを感じる。それらの要素が私の緊張を解いていき、私に外に出かけると言う喜びを教えてくれた。
でもね。そう言っていられたのは最初だけだ。この2人、一体私をどこへ連れて行こうとしているの?歩いても歩いても目的地には辿り着かない。子供にこんな距離を歩かせるとか、どうかしてるよね。
「大丈夫?疲れた?抱っこしようか?」
「へ……平気。歩ける、から」
時折母が心配して私に声を掛けてくれるけど、私は断って歩き続ける。
だって、もう私もだいぶ重くなってるよ。こんなのを抱っこして母にこの道を歩かせるとか、そんな事はできない。
……あれ?別にそれでもいいじゃん。私は、私が楽ならそれでいいというスタンスのはずだ。他人の事なんて、考える必要はない。
いやいや。だけど過度な我儘は、やはり破滅へと向かう事になるんじゃないか。やはりここは、自分の足で歩いて行くべきだろう。
「なんなら、パパが抱っこしてあげるぞ?パパなら、シティを持ち上げるの何て紙を持つようなもんだ」
「……」
チャンスとばかりに、離れて歩いている父が目を輝かせながら言って来たけど、私は首を横に振って断っておいた。体力が減っていて、そんな事にいちいち喋って返す余裕もないんだよ。
そこから根性で歩き続け、そしてようやく目的地に着いた所で、私の体力は尽きてしまった。




