本当の姿
村の皆が、戦う力を持っている事は知っていた。村人たちは日々戦うための術を身に着けるために修行し、一部の人は毎日剣と魔法の特訓をしている。この世界の事を、この村の中でしか見て来なかった私にとって、それがこの世界の常識だった。
当たり前のように魔法を使い、当たり前のように武器を振るう。
村人の力がどれくらいなのかも知らないし、何と戦うために準備しているのかも知らない。でも今回の件で、ハッキリとした。村人たちは、こういう時に敵と戦うために準備していたのだ。
そして敵と村人の間には、力の差がある。あの死体の山をアグネスタさん1人で作ったのだとすると、かなり大きな差だ。そんなアグネスタさん以上の力を持つ人が、この村にはうじゃうじゃといる。魔力に敏感な私にとって、そう鑑定するのは容易い事だ。勿論魔法が全てではないけど、判断材料にはなる。
「……」
「シティちゃん、平気?疲れちゃった?」
「う、ううん。平気だよ」
私はママに手を引かれながら歩いている所だった。言葉を発せず、どこか落ち込んだ様子の私を見て、心配してくれたようだ。そんな私たちの先には、先導するようにアグネスタさんが歩いている。向かっているのは、先程までと同じように市場の方向だ。
空はだいぶ明るくなってきて、もうじき太陽の姿が見えそうな時間となっている。市場はもうすぐで、その間襲撃者とは遭遇していない。
「少しでも疲れてたら、遠慮なく言うんだよ」
「あ、ありがとう……」
アグネスタさんが優しい言葉をかけてくれるけど、私が疲れているように見えるのなら、その原因はアグネスタさんにもある。あの死体の山を見た後で、とてもじゃないけど元気にはしゃいでなんかいられないよ。
この村の秘密を垣間見てしまったようで、居心地が悪いんだよね。 一言、あの死体の山はアグネスタさんがやったの?と聞けば、困った挙句に話してくれるかもしれない。でもそうする勇気はなかった。知りたいと思っていた事だけど、いざこうしてみると秘密が大きすぎて、恐怖している自分が情けない。
あと、改めて今が緊急事態なのだと思い知った。人が簡単に死に、死体が山のように積まれるこの事態を前にして、気を引き締めなければいけないんだ。
そうして3人で歩いて行くと、ようやく市場に辿り着いた。まずは近くの茂みから遠目に伺うけど、予想通りというか……やっぱり酷い有様となっている。昨日の夜、空を明るく染める程の火だったから、無事で済んでいる訳がない。ほぼ全ての建物が焦げて、中には全焼している建物もあるようだ。
昨日、昼間にメグルと共にやってきた時とは全く違う。たった一晩にして姿を変えてしまったその姿に、私はショックを受けた。
「市場が、なくなっちゃった……」
私の目には、そう見える。活気あふれていた市場はそこにはなく、これではただの荒れ果てた地だ。
「クソ野郎ども……!」
私はそれを見てショックを受けたけど、一方でアグネスタさんは少し違うリアクションを見せた。怒りを露にし、今にも飛び出して犯人達を殺しに行ってしまいそうな迫力がある。
自分の家が焼き払われていた時は、私もそんな感じだった。襲撃者は絶対に赦さないし、裁かれるべきである。だけど、人が死んでしまったりするのはやっぱり怖いよ。あの死体の山を見て、つくづくそう思った。
「誰か、出て来ました……!」
ママが指摘した方を見ると、おぼつかない足で歩いて姿を現わす人たちがいた。それは数名の後ろ手に拘束された黒装束の人たちで、私が見た死体の人たちが着ていた服装と同じ物だ。
後から続いて村の人たちもやってきて、黒装束の人たちを追いやるように歩かせている。
一瞬だけ野盗に市場を占領されたのかと思ったけど、その様子を見ると逆だ。野盗は負けて、村の人たちに捕まっている。
「はは。どうやら、全部終わっちまったみたいだね。もうひと暴れしたい気分だったけど、仕方ないか」
アグネスタさんが、自慢の腕の筋肉を私に見せつけながらそう言って来た。凄く強い人なんだろうけど、血の気が多いのはどうかと思うよ。もう終わってるなら、それでいいじゃんと思う。
「……グラちゃん!」
ママがパパの名前を呼んだのは、野盗を追いやる村人の中に、パパの姿を見つけたからだ。
私はその姿を見て、ホッと息をついて安心した。パパが無事だった事が、嬉しい。ママも同じで、安心した私と顔を見合わせ、2人で笑顔になった。
「行こう!」
「──待ちな」
茂みを飛び出し、パパの下へと駆け寄ろうとした私をアグネスタさんが止めて来た。
駆け寄ると言っても、距離は取らせてもらうけどね。残念ながら男であるパパに対し、抱き着いた上での感動の再会とはいかない。むしろ、途中まで駆け寄っておきながら最終的に距離を取ったその図は、微妙な絵面になると思う。
でも何も、アグネスタさんはそんな絵面を気にして私を止めた訳ではない。
「アグネスタさん?」
「いいから、待つんだ。あんたも、そろそろ理解しなよ。この先は……」
「……」
ママも、アグネスタさんが私を制止した事に驚いているようだ。私と一緒にパパの下に駆け寄ろうとしてたからね。こちらはきっと、パパに抱き着いての感動の再会となると思う。
それでもアグネスタさんはママまで制止し、この場で待つように指示をしてくる。
不思議に思いながら改めてパパの方を見ると、私は様子がおかしい事に気が付いた。村人たちは、黒装束の彼らを怒鳴りつけているように見える。声はよく聞こえないけど、たぶん罵っているんだと思う。その表情で分かるよ。更には、拘束され無抵抗となった彼らを殴りつけたり、蹴り飛ばしたりする者もいる。いつも穏やかな村人たちの姿が、そこにはない。怒りに身を任せ、ただ本能に従うままに弱者をいたぶる人間の姿がそこにはあった。
「あたしは別に、見せてもいいと思う。シティちゃんは頭が良いからね。少し早いけど、この村の本当の姿を知るにはいい機会だろう」
「本当の、姿……?」
私はアグネスタさんの言葉に、耳を疑った。弱者をいたぶる村人のあの姿が、この村の本性だとでも言うの?
「……シティには、早すぎます。それに、私はシティには自由に生きて欲しいと思っています。そんな子に、この事を話すのは──」
「一生黙っているつもりかい?自由にと言うけど、この子はどこで、何をして生きていくと言うんだい。この村に生まれたその子に、選べる道なんて限られている。だったらいっその事、早めに伝えておいた方がシティちゃんのためだ」
「道は少なくとも、それでも自由でいてほしい。元気に村を駆けまわるこの子を見ていると、本当にそう思うんです。どうか、私のこの願いを理解していただけませんか……?」
「……」
アグネスタさんは黙ると、頭を掻いて黙り込んでしまった。
別に2人は、言い争っている訳ではない。とても穏やかにそれぞれの意見を述べ、真剣に、私について話してくれているだけだ。
私には、なんの事だかさっぱりだけどね。でも大人の真剣な会話を前に、私は口を挟む余裕がなかった。
「というか、理解しているからこそ、シティを止めてくださったんですよね。やっぱりアグネスタさんは、優しいです」
「……ったく。止めるんじゃなかったよ」
ママの指摘に、アグネスタさんは表情を緩めて笑った。
結局この2人は、仲が良い。ご近所さんという関係以上の関係を、私はその時感じた。
それより、アグネスタさんが言う所の、村の本当の姿が気になる。私は村人たちにいたぶられる黒装束の人たちを見ていると、衝撃的な展開が待っていた。
村人の中の数人が、魔法を発動させようとしている。ダメだ。その魔力は、いけない。対象を殺すほどの魔法が、発動されようとしている。
「っ!」
いくら襲撃した者だからといって、無抵抗の者を殺す必要はない。私はやめてと叫ぼうとしたけど、そんな私の目が不意に塞がれた。塞いだのは、ママだ。私の視界を遮り、その惨状を見る事ができないようにした。
それは、私から村の本来の姿を隠す行為だった。




