近所のおばさん
ママが泣き止んでから、私はママと共に市場へと向かう事にした。その道中の近所の家も、私たちの家と同じような事になっていた。家も、畑も、全てが焼き払われている。
私とママは、焼かれた家にも一応声を掛けながら目的地へと向かっていく。隠し部屋は、どこの家にもある普通の物だからね。もしかしたら、私達と同じように野盗をやり過ごそうとしている人たちがいるかもしれない。また怪我をしたりして、助けを求めている人がいたら手を貸す事ができる。こういう事態だから、助け合っていかなければいけないという事を私も理解し、率先するママについて私も人を探す。
その中で私は、ママと一緒にある物を発見してしまった。
焼け焦げた家の残骸の中に、倒れている黒こげの何か。元の面影はないけど、それが人の形をしている事はハッキリと分かる。更に、倒れた上で何かが胸の辺りに突き刺さって立っており、それが焼かれる前に殺されていたのだと物語っている。
この家は、アグネスタさんというおばさんが住んでいた家だ。よくお菓子をくれる気さくなおばさんで、私やママとは顔なじみの人だった。家にも上がった事が何度かあるけど、旦那さんや子供がいる感じはなかったな。たぶん一人暮らしで、他に家族はいない。
信じたくはない。信じたくはないけど、この黒焦げになった人型の何かは、そんなアグネスタさんなのではないか。そう考えたら、胃から何かがこみあげてきて、私は思わず手で口を押さえた。
「うっ……!」
「シティちゃん!」
私の動きを見て、ママはすぐに私を抱き締め、黒焦げの何かが見えないようにしてくれた。
たぶんママも、その黒焦げの何かの正体が分かっているはずだ。私達と親しい人の、原型をとどめないあまりにも惨い死を前にして、何も感じないはずがない。
「──おや、サラちゃん。シティちゃん」
その声は、アグネスタさんの声だった。私とママが声のした方を見ると、黒焦げではないアグネスタさんが焼け焦げた家の残骸の裏の方からやってきた。
アグネスタさんは、とてもガタイのいい女性だ。両腕は筋肉が盛り上がっていて、とても力が強そう。この分だと腹筋も割れていると思う。茶色の髪の毛は長く伸ばしていて、それをうしろで編み込んで纏めてあるのが女の子らしくて可愛いね。ワイルドさの中にも、ちゃんと女の子らしさがあるのってなんか良い。どこかの誰かさんも見習ってほしいものだ。
「アグネスタさん!」
私はママから一旦離れると、アグネスタさんに飛びついた。
だって、死んでしまったと思ったんだよ。それも、無残な形で。それが生きていたんだから、嬉しくないはずがない。私は抱擁という形で喜びを爆発させると、アグネスタさんはがっしりと私の頭を撫でて受け入れてくれた。
お、おおぅ。けっこう、ワイルドななでなでだね。
そして今気づいたけど、私を撫でてくれたその手にはパパがつけているのと同じような、大小の赤い珠が5つ紐によって繋がった腕輪がついている。
「アグネスタさん。ご無事だったんですね!」
ママもこちらへとやってくると、アグネスタさんの無事を喜んだ。
「あたしはこの通り、なんともないよ。……ああ、その死体をあたしだと思ったんだね。安心しな。そいつはあたしの家を襲撃してきた奴らのうちの、一人だ」
「……」
それはそれで、恐ろしい。やっぱりあの黒焦げになった人型の何かは、人だったんだね。アグネスタさんじゃないのは良かったけど、彼女が人を殺した事に私は驚いた。
「そうだったんですね……。何はともあれ、ご無事でなによりです」
「お互い様、ね。ところで、グラの奴はどこへ?」
「昨夜のうちに、市場へと向かいました。私とシティは、家の隠し部屋に隠れていたんです」
「そうかい。それは怖かったね。本当に、あんたたちが無事で良かったよ。ここからは、あたしがいるからもう大丈夫だ。安心するといい」
アグネスタさんはそう言って、ママの頭も撫でた。ママは子供扱いされてちょっと困っているみたいだけど、この人本当に頼もしすぎるよ。
「それで、アグネスタさん。襲撃者が何者か、分かりましたか?」
「……ああ。相手の装い、戦い方から、大体の見当はつく」
ママの質問にそう答えながら、アグネスタさんは私の肩を掴み、その身体から引き離した。そして膝を付き、私と目線を合わせて来る。
「見ての通り、家が魔道具ごと燃えて壊れてしまって水が出せない。それで、喉が渇いてるんだ。裏に井戸があるから、そこから水を汲んできてもらってもいいかい?」
「う、うん……」
アグネスタさんが指さしたのは、家の裏の方だ。先ほどアグネスタさんが来た方向だね。そちらには低いけど木の茂る裏山があり、井戸がある事も知っている。
ただ、これはあからさまな人払いだ。これから私の耳に言えない話を、2人でするつもりなんだと思う。私だって、村を襲撃したのがどこの誰なのか知りたいのに、ずるいよ。
「でも悪い人がいたら、どうしよう……」
ここは、子供らしく怖がったフリをする事にした。アグネスタさんの腕を掴みながら、捨てられた子犬のような目をしてママの方を見る。こんなに可愛く美しい幼女の訴えを、普通の人は聞きいれずにはいられないはずだ。
「大丈夫だよ。この辺にはもう、悪い人はいない。あたしが皆やっつけたからね。だから安心して行ってきておくれ」
「ママからも、お願い。喉が渇いて、倒れちゃいそう」
「……うん」
私の訴えは、聞き入れられなかった。怖いというのは、若干本当だよ。2人から離れるのは、本当に不安で勇気がいる事だ。村の惨状を見てきている上に、人の死体まで見てしまったんだから無理もない。
でも、実は私も喉が渇いている。起きてから何も口にしていないので、そろそろ水分を補給しないと辛いと思っていた所だ。
だから、しょうがない。ここは大人の目論見にハマってあげる事にした。おとなしく、言われた通りに井戸の水を汲みに家だった物の裏側へと回る。
「遠くには行っちゃダメだからね!何かあったら、すぐに声をあげて呼んで!それから──」
「はーい……」
ママの声に返事をしながら、私は思った。そんなに心配なら、行かせないでよ、と。
そんなに心配されると、逆に怖くなくなってしまう。若干ビクビクとしていた私は途中からどうでもよくなり、井戸へとやってきた。地面から突き出た石の筒は無傷で、水を汲むための滑車も桶も無事だ。雨よけの屋根もあるんだけど、こちらは少し焦げている。家から飛んできた火の粉で焼けたのかな。なんにしろ、井戸の機能に問題はない。
桶を井戸の底へと下ろすと、桶が水に落ちる音がして、それを引き上げるためのロープを引っ張る。あとはこのまま水を回収してママたちの下へ戻るだけだ。
そう思っていたけど、私は何かの気配を感じ、後方の裏山の方を見た。誰かがいる訳ではない。だけど、僅かに魔法の気配を感じる。あと、魔力の光も少しだけ見る事ができる。私はその理由を探るため、引き寄せられるようにそちらへと歩み寄って行った。
「ひっ……!」
茂みをかきわけ、すぐの所にそれはあった。
積み重なり、山となった物。それは、人間の死体でできた山だ。20人はいると思う。皆ピクリとも動かず、血を流し、身をひしゃげ、一目見ただけで死んでいると分かる状態だ。それらは皆お揃いの全身を覆う和風の黒い衣を身に着けていて、籠手や剣などの武器も近くに落ちている。
彼らが村の人間ではなく、村の襲撃者だという事はなんとなく分かった。誰がこんな事をしたのかも、なんとなく分かる。アグネスタさんが、自分で皆やっつけたと言っていたと言っていたからね。コレは、確かに皆やっつけたと言えるだろう。皆殺しだ。
いくら相手が悪人だからと言って、こんな事普通の村人のおばさんが出来る事ではない。
アグネスタさんが一体何もなのかという疑問が浮かんでくるとともに、私は恐怖した。アグネスタさんに対してではない。襲撃者に対してでもない。私の住む、この村に対してだ。




