襲撃
大きな音がして、私は目が覚めた。ママも同じように飛び起きて、あのママからは想像もできないような真剣な目をして扉の前に立ち、外の様子を伺っている。
「ママ……」
私が起きたのにも気づくと、静かにしろとジェスチャーで示してから両手を開き、こちらに来いと促してくる。私はその指示通りママに歩み寄ると、ママは私をその胸の中に抱きしめてくれた。
私のママの匂いは、世界一良い匂いだ。この匂いにはきっと、精神を安定させる作用がある。抱かれていると、凄く落ち着くんだよね。
いや、落ち着いている場合ではない。扉の外からは大きな足音と、物音が聞こえてきている。誰かが私たちの家に侵入し、荒らしているのは明白だ。
だけど、彼らは私たちを見つける事はできない。ここは、リビングと隣り合わせになっている隠し部屋。パパが立ち去る前に、ここにいるよう指示をしていったので、私とママは言われた通りにこの部屋に布団を敷いて一緒に眠っていたのだ。
広さは、大人が3人横になるだけでいっぱいになってしまう、とても狭い部屋。天井もあまり高くなく、パパは中腰になる必要がある。そんな隠し部屋だけど、ただの隠し部屋ではない。魔法によって隠されているため、普通は見つける事がまずできないようになっているのだ。私の目には魔力が映ってしまうので隠せてはいないけど、魔力が見えない人から見れば、この場所はただの何もない空間。魔力を感じられないよう、そこにも隠蔽工作が施されているから、魔法使いもそうでない人も、この場所を見つけるのはまず無理だろう。例え偶然や勘でこの部屋に入ろうとしても、魔法によって守られている限りは入る事も出来ないし、違和感を覚える事もないように出来ている。
かなり完璧な隠し部屋だと思う。そう思っているからこそ、私達にはまだ余裕がある。
「……もしかして、強盗?」
やがて、物音がなりやんだのを見計らい、私はママに尋ねた。
さすがの隠し部屋も、音までは隠せないんだ。だから見つからないよう、静かにする必要があった。今は人の気配がなくなったので、もう静かにする必要はない。といっても、まだ近くにいるかもしれないから小声だけどね。
「そうかもしれないね。でも、大丈夫。ママがついてるから、何も心配する事はないからね」
「うん……」
気丈に振舞おうとするママだけど、私はママに抱かれているので分かっている。ママは少し、震えていた。いくら完璧な隠し部屋に隠れているといっても、見つからないという保証はどこにもない。もし見つかったら何をされるか分からない状況が、怖くないはずがない。
私はママに守られているから少しは安心だけど、じゃあママは誰が守ってあげるのさ。パパはここにはいなんだ。だったら、私がママを守るしかないじゃないか。私はその決意を表すように、ママを強く抱きしめ返した。
「……ふふ」
ママは私の行動に嬉しそうな笑顔を見せ、頭を優しく撫でてくれた。
あれ、なんだろう。これじゃあただ、甘えているだけじゃない?……まぁ、いっか。ママの震えが止まったので、一定の効果はあったと思う。あと、私も心地よくて安心でき、一石二鳥である。
「っ……!」
しかし、そんなママの動きが止まり、何かに気づいて表情をこわばらせた。
私も、その理由は分かった。何やら焦げ臭い臭いがしてきて、オマケに煙が入って来たのだ。
「火事……!?」
この家に火の気は存在しないから、火事の原因は私たちの不注意でもなんでもない。だとすると考えられるのは、先ほどの強盗だ。強盗が私たちの家に火をつけたのだ。
火事といえば、市場の方が燃えていた事を思い出す。もしかして、火事の原因はこの強盗たち?だとしたら、大変な事だ。これは、ただの強盗ではない。野盗が出現し、村を襲っているのだとすると火事以上に恐ろしい事だ。
「ママ!外に出ないと!」
外でどんなに恐ろしい事がおこっていようとも、私たちはそうしなければいけない。部屋の隙間から入ってくる煙と臭いは、私たちの命を奪う物となる。
いや、待てよ。火をつけたのは、私たちをあぶり出すための罠だとしたらどうなる?もしそうだとしたら、ここでのこのこと隠し部屋を出て行ったら、見つかってしまう。
やっぱり、外に出るのは無しだ。いやでも、出なければ火事で死んでしまう。どうすればいいの?
心の中で半ばパニックをおこしかけている私をよそに、ママが避難行動を起こす事はなかった。代わりに私を胸に抱いたまま、魔法を発動させるために魔力を解放している。ママの魔力は、まるで後光のさす天使を照らす光のように美しい。その身体から溢れる光の粒子は、ママに抱かれる私ごと優しく包んで、やがて魔法を発動させた。
「──聖なる光に守られし安全地帯」
ママが発動させた魔法は、光に属する魔法だ。発動させた魔法は、この狭い隠し部屋の中を覆ってまるで光のバリアのような物を張った。
光が張られると、煙や臭いが入ってこなくなって息が楽になる。たぶんこの光の壁が、外からの異物を防いでくれているんだと思う。オマケに光の中にあった異物まで浄化してくれたのか、私達は煙によって命を奪われる心配がなくなった。
この魔法は、初めて見る。本でも見た事のない、私にとって未知の魔法だ。
「もう大丈夫。この部屋には煙も炎もたどり着けないから、安心して。外にはきっと、怖い人たちが待ち構えてるから出て行っちゃダメだよ」
「さすがママ。凄い魔法だね!」
「ふふ。……でも、家は焼けちゃうね。ごめんね、シティちゃん」
そうだ。煙や炎は防げても、部屋の外の家は焼けてしまう。それは、私達を育てて来てくれた思い出の詰まった家や、大切な物まで焼けてなくなってしまう事を意味している。使い慣れた道具や、お気に入りの服や本まで焼けてしまうのは凄く残念だ。想像しただけで、消失感と絶望感を覚える。
でもそんなのは、生きていれば何とでもなる事だ。例え明日から宿無し生活となっても、1番大切な家族という存在が傍にいてくれるなら、どうでもいい。
「私は、パパとママがいてくれるなら大丈夫。メグルだっていてくれるから、全然平気だよ」
「……ありがとう。ごめんね」
お礼を言われるのは良い。でも、謝られるのは何か違うと思う。だって、これじゃあまるでママがこの事態を招いたみたいになってしまうじゃないか。ママは、絶対に何も悪くない。パパだって、悪くない。
と、信じてはいるものの、私は心の奥底で信じ切れずにいた。いや、勿論パパとママの事を疑っている訳ではない。私は両親の事を尊敬しているし、大好きだ。だけどそう感じてしまうのは、やはり隠し事をされているからだと思う。メグルの件もしかり、私の両親は子供ある私に対して昔からどこか、何かに対して秘密主義を貫いていると感じている。
これが、普通の子供なら特に何も感じなかったかもしれない。思春期を超える辺りまで、気にも留めなかったと思うよ。だけど前世も含めた私の実年齢は、もう思春期を超えている。そのせいか分からないけど、色々と分かってしまうんだよね。
そもそも、今回の件にすら私は何か妙な違和感を感じている。まず、パパの勘が妙に良すぎた。火事を見ただけで私たちに隠し部屋にいるよう命じたのは、何故だろう。そのおかげで私たちは襲撃者を隠し部屋に隠れる事でやり過ごす事が出来ている訳だけど、遠くに見えたあの火事が人為的におこされた物だと、パパは分かっていたように思える。
ママも、違和感を覚える事無くすんなりとパパに従っていたあたり、パパと同じで分かっていたのかもしれない。そして今、私に対して謝ってくると来た。これはもう、何かを感じるなという方が無理だよ。子供相手だからと油断しているんだろうけど、ボロがありすぎだ。
「しばらく、こうしてて良い?シティちゃんを抱き締めてると、力が湧いて来る気がするの」
「……うん。私も、こうしていたい」
ママが甘えて来るので、仕方がない。私もママに甘え、この日は抱き合う事により互いの不安を打ち消し合って、夜を過ごす事になった。
色々な疑問はあるものの、結局私はママを信じているし、パパも信じている。いつか話してくれれば、それでいい。私はその日まで、待つだけだ。




