【閑話】少女、妄想と回想の中でも愛される
オリヴァー視点の妄想&回想話です。
前話の後、邸に戻ってからのタイミングになります。
「ケイト~、今帰ったよ~」
「オリュ様~、お帰りなさーい!」
邸に戻ってきたオリヴァーを満面の笑みで出迎えるキャサリン。
首もとに飛びついてきた彼女を受け止めて、優しく抱きかかえる。
「早く会いたくて急いで帰ってきたよ」
「まあ! そんなに慌てなくても私は逃げたりしませんわ」
抱きかかえたキャサリンを床に降ろし、改めて全身で抱きしめる。
「ああ……その可愛い笑顔、僕以外の男に見せるのが勿体ない」
「困りましたね。いつも仏頂面では、あそこの夫人は愛想が悪いと言われてしましますので、そこは我慢して頂きたいですわ」
「仕方ない……ではせめて、今宵は君の笑顔を独り占めさせてもらおうかな」
「あらあら、まだ日も暮れぬうちから、気のお早いこと」
今宵だけでよろしいのですかと、からかうキャサリン。
「ふふ、そのようなことを言われては一時も手放せなくなるではないか」
「手放してはなりませんよ」
「離すものか。愛してるよケイト」
「私もですわ、オリュ様」
どちらからともなく、二人の唇が触れあう。
「朝まで離さないからね。ケイト」
「お手柔らかにお願いしますね」
「……という感じで、ラブラブな新婚生活を送ることを考えたら、今から胸の鼓動が止まらないのだが、どうしたらいいと思う?」
ラザフォード邸の一室。
オリヴァーから大事な相談があると言われたアリスは、何事かと構えてみれば、ケイトと初めてキスしただの、可愛くて仕方が無いなどと、呆れるほど惚気られたうえに、聞いているだけで恥ずかしくなる未来予想図を延々と聞かされるハメになり、思わず「お兄様、馬鹿なのですか?」と言わずにはいられなかった。
「私、お兄様のことはいつも自慢の兄と尊敬しておりますが、ケイトのこととなると、どうしてこんなにポンコツになってしまうのでしょうか」
「ポンコツとは何だ。こっちは真剣に考えているんだぞ」
「真面目に答えるなら、そのような未来のことを想像しなければ、胸の鼓動も止まるのではないですか」
「こんな楽しい時間を私から奪うと言うのか!」
オリヴァーは本来優秀な人間だ。貴族令嬢として完璧だと賞されるアリスの目から見ても、優秀な男だと思っている。
ただ一点、愛する女性に対する想いが暴走するときを除いては……
◆
オリヴァーがキャサリンと会ったのは、彼が5歳のとき。
子供達が生まれるまで、両親が毎年訪れていたリングリッド領への避暑に、この年からは一家でお邪魔することになったのが初対面だった。
「オリヴァーです。よろしくね」
「おりゅばーしゃま?」
「ケイト、おりゅばーじゃなくてオリヴァーだよ」
「お、りゅ、ばー、しゃま?」
マルーフが何度か訂正しますが、舌っ足らずな3歳児は何度言ってもおりゅばーとしか発音できません。
(そうそう、何度言ってもおりゅばーになっちゃうんだよね)
「ハハハ、おりゅばーでいいよ。なまえはなんていうの?」
「ケイトでしゅ、よろちくおねがいしましゅ」
「本当はキャサリンなんだけどね。みんなケイトって呼んでいるんだ」
「じゃあ、ぼくもケイトってよんでいい」
「うん!」
ものすごい駆け足なのに、足下がふらつくことも、バランスを崩すこともなく自分の元へ寄るキャサリン。
妹の方が半年ほど生まれが遅いということを差し引いても、何という身体能力なのだと驚く。
「おりゅ、ばーしゃま」
「いいにくいなら、『おりゅ』でいいよ」
「おりゅにいしゃま!」
3人の兄がいるキャサリンにすれば、ちょっと年上の男の子はみなお兄ちゃんとなってしまうのです。
「おにいちゃんか、うん、おにいちゃんだよ」
「おりゅにいしゃま! おてて」
「おてて?」
「て、つないで」
「いいよ」
「わーい、おりゅにいしゃま、やさしい!」
(お兄様なんて、いつもアリスに言われて慣れているのに、ケイトに言われたときは本当に嬉しかったなあ……)
まるで子犬のように自分の周りでピョンピョンはしゃぎ回るキャサリンの手を取り、頭をナデナデしてあげると、蕩けるような笑みを浮かべて喜んでくれる。
(あのニコニコした笑顔、今でも記憶に残っている……)
可愛らしさだけで言えば、実の妹であるアリスだっているのだが、彼女は礼儀正しく育てられて、幼いながら立場を弁えた接し方をしてくる。
また公爵令息という彼自身の身分や、幼いながら分け隔て無く女性に対して接し、特定のご令嬢と親しくすることの無い姿勢から、他の家の令嬢も、恥ずかしがったり、遠慮したりして、あまり近づいてこないことが多いので、構って構ってと嬉しそうに寄ってくるキャサリンの反応がオリヴァーにはとても新鮮に感じられた。
だからと言ってキャサリンが礼儀知らずというわけではなく、食事のマナーも話し方も普段は正しく貴族令嬢のそれである。
もちろん年齢的にまだまだ幼く足りないところはあるが、知らないやらないというわけではなく、覚えたこと教わったことを実践しようという意思は感じられる。
なによりオリヴァー自身が、不快に感ずることは無く、むしろもっと一緒に居たい、もっと可愛がってあげたいと自然に感じてしまうのであった。
(僕が女の子にあんな気持ちになったのは後にも先にもケイトだけだった……)
手をつなぎ、頭をなで、ハグしてあげて……他のご令嬢はおろか、自分の妹にすらしないようなことを何のためらいもなくやってのけるオリヴァーと、それを満面の笑みで喜ぶキャサリン。
この頃のキャサリンは、まだまだ異性という意識で相手を見る年齢でもないし、末っ子長女として、3人の兄に常日頃からこれでもかと構ってもらっていた(with生傷)ので、年上の男の子に対する遠慮が無いというのが大きな理由かもしれない。
(今の彼女であれば、近付いただけではわわ~! と絶叫するよなあ…… あの頃はむしろ自分から喜んでくっついていたのに…… 少し寂しいよね)
滞在中、オリヴァーは常に彼女を連れて回る。
キャサリンも実の兄達のような手荒な可愛がりをすることなく、優しくいい子いい子してくれるオリヴァーをとても慕って、片時も側を離れることはなかった。
◆
「あれからもう13年……今の今までケイト以外に側に置きたいと思った女性は現れなかった」
「現れなかったのではなく、お兄様が必要としなかっただけでしょ」
「そうとも言うな」
「はあ……それほど想っておりながら、13年経ってようやく初キスですか……遅くありませんこと?」
「大切にしたいからこそ、時間をかけてゆっくり育んでいたのさ」
「モタモタして他の方に奪われる可能性は考えておられないようですね?」
「心配などするものか。僕とケイトはあのときから結ばれる運命だったのさ」
あのお兄様が、こんな夢見がちロマンチスト発言をするとはと、ドン引きするアリス。
「ああ、アリスは疲れて先に眠っていたから知らないんだね。あのとき僕はケイトを傷物にしてしまったんだ。だから僕以外に彼女を娶ることは出来ないんだよ」
お読みいただきありがとうございました。
閑話がもう1話続きます。
次回もよろしくお願いします。




