【閑話】幼女、同衾する
初対面から二週間、すっかり仲良しさんのオリヴァーとキャサリン。
二人の仲睦まじい光景を両家の者も、リングリッドの家中の者も、微笑ましく見守っていた。ただ一人を除いて……
「可愛い娘にまとわり付く羽虫め……」
「なんだ? 子供相手に嫉妬とは大人げないな」
「嫉妬ではない。親の薫陶を受けて、若いのに随分とスケコマシに育ったなあと感心しておるのだ」
「娘を取られて負け惜しみか?」
「なんとでも言え。まだ嫁にはやらんぞ!」
男は子供相手に敵愾心を露わにするが、大人げないと妻に頭を叩かれてはシュンとなるのであった。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、リングリッド領滞在最後の夜を迎えた日のこと……
「やだ!」
「そんなこと言ったって、みんなお家に帰らないといけないんだから」
「やだ! おりゅにいしゃまとずっといっしょにいる!」
我儘など一度として言わなかったキャサリンが人生で初めて父に反抗した。
聞き分けのないことを言うなと宥める父に対し、唇を噛みしめて泣くのを堪えながら睨む娘。
「ケイト、またあえるからだいじょうぶだよ」
「いつあえますか」
「ふゆになったら、おうとにあそびにおいで」
「ふゆまでまたないといけにゃいのでしゅか……」
キャサリンが泣きそうなのにつられ、宥めているオリヴァーまで泣きそうになっている。
「ケイトちゃん、おじさんに良い考えがあるんだ」
そんな二人の姿を見て、エドガーがニヤニヤ顔で声をかける。
マルーフは、あの顔をするときのエドガーは、悪いことを考えているときだと直感した。
「おじしゃま、いいかんがえって?」
「ケイトちゃんがウチの子になればいいんだよ。ウチの子になれば、オリヴァーと毎日会えるぞ」
「ちちうえ、あたまいい! てんさいです!」
「ダメだダメだダメだ! エド、ウチにケンカ売る気か!」
キャサリンに答えを求めれば、間髪入れずに「行く!」と答えそうなものだから、マルーフが全力で提案を拒否する。
「パパ~、ケイト、おじしゃまのいえのこになる!」
「ケイト~、そんなことを言っちゃダメだ! パパを置いていくつもりか」
「やだ、おりゅにいしゃまといっしょがいいの!」
「お兄ちゃんならここに3人もいるだろ」
「やばんなおにいしゃまより、おりゅにいしゃまのほうがいいでしゅ」
え~! 俺、昨日今日会ったばかりの男に負けたの~! と、父&兄は心の叫びを上げる。
「ケイト、そんなこと言ったらお母さん寂しいな……」
「おかあしゃま……」
「ケイトはお母さんと離れても寂しくない?」
「しゃびしいでしゅ」
「冬になったら必ず王都に連れて行って、オリヴァー君とまた会わせてあげるから、我慢できるかな?」
「うん!」
え~! 母親の言うことはすんなり聞いたー! と、父&兄(ry
「おかあしゃま、ひとつおねがいしてもいいでしゅか?」
「なあに?」
「あしたでおわかれになるので、きょうは、おりゅにいしゃまといっしょに、ねんねしたいでしゅ」
キャサリンが我慢する代わりにと言ったお願いに、マルーフとフィリップは「同衾はいかん!」と声がハモり、ケヴィンとネイサン、そしてオリヴァーは「どうきんって何?」と不思議な顔をする。
「ハハハ、マルーフ、娘のたってのお願いだ。叶えてやれば、明日からも可愛い娘の顔が毎日拝めるぞ」
エドガーの笑い声に、それがどういうことを意味するか分かってるのかと気色ばむマルーフ。
「オリヴァー、ケイトちゃんが一緒にねんねしたいそうだが、いいか?」
「ことわるりゆうがありません」
(ケイトといっしょにねんねする~!)
ウキウキ気分を悟られないよう努めて冷静に、あんなに大きいベッドだから二人で寝ても大丈夫だと思いますよと答えるが、ベッドの大きさの問題ではないと言われる。
何でケイトのお父さんはこんなに怒っているのだ? もしかして僕の寝相が悪いと思っているのかな? と父に聞いてみるのだが、そういう理由じゃないと苦笑いで否定されて、余計に訳が分からなくなっている。
「成年ならいざ知らず、年端もいかぬ子供が一緒に寝たからと言って、醜聞になるわけないだろう。だいたいこの事を知っているのは、両家の人間だけなのだ。心配する方がおかしいだろ」
その相手方の当主が一番信用ならんのだがなと、ジト目で睨むマルーフ。
「そのことを盾にして、結局お前のウチの子にする気ではないか!」
「強引に奪い取る気はない。だが、当人同士の意志で結ばれるなら、親としては祝福すべきではないか?」
「分かった。だが、寝てる間に指一本でも触れてみろ。タダでは済まさんぞ」
「心配するな。ウチの息子は優秀だから(お前にバレるようなヘマはしないよ)」
「おりゅにいしゃま、ねんねしゅる!」
「いっしょにねんねしようね~」
オリヴァーのウキウキが止まりません。
そして寝室。何故かベッドの上でかしこまった姿勢を崩さないキャサリン。
「ケイト?」
「おりゅにいしゃま、ふちゅちゅかもにょでしゅが、よろちくおねがいしましゅ」
何かの儀式かな? と不思議がるオリヴァーに、お母様から寝る前にそう言えと教えられたと言うキャサリン。
「ケイトはねぞうがわるいのかな?」
オリヴァーはその言葉を「寝てる間に迷惑かけるかもしれないので、先に謝っておきます」という意味で受け取っていた。
「あさおきたら、ベッドからおちていることがありましゅ」
「そうか。じゃあきょうは、おちないように、ぼくにだきつくといいよ」
「ダメでしゅ。おとうしゃまから、おりゅにいしゃまに、さわってはいけにゃいと、いわれていましゅ」
「ケイトがベッドからおちるほうがしんぱいだよ。ぼくにだきつくのはイヤかな?」
そう言うとキャサリンは、モジモジしながら、おりゅにいしゃまにギュッとしてほしいでしゅと答える。
マルーフのおじさんからは、ケイトに触れてはいかん! と言われているけど、紳士としてレディのお願いを断るのは失礼だと父上に言われてるし……
(なによりぼくがギュッってしたい!)
「おいでケイト、ギュッってしてあげる」
両手を広げると、キャサリンが胸に飛び込んでくるので、優しく抱きしめてあげる。
「おりゅにいしゃまあったかいでしゅ」
「ケイトのからだもあったかくって、きもちいいよ」
「このままねんねでしゅか?」
「うん、おやすみケイト」
「おやしゅみなしゃい!」
◆
「……ということで、ケイトとはすでに同衾済みなのだ」
「それで?」
「だから、僕は未婚のご令嬢と一夜を共にした。彼女をお嫁に行けない体にしたのだ。父上からも『同衾したからには、お前が責任を持ってケイトを娶れ』と後から言われた」
「やっぱりお父様の仕業ね……」
そもそも何故そう言う結論に至るのかと思ったが、父の名が出た瞬間、アリスは全てを理解した。
王都に戻ってすぐ、オリヴァーは同衾という言葉の意味が分からなかったので、執事に聞いてみた。
「同衾とは男女が一つの夜具で共に寝ることですが……」
執事もまさか5歳時にそんな質問をされるとは思わず、怪訝な顔で答える。
「それはわるいことなの?」
「夫婦であれば普通のことではございますが、嫁入り前の女性の場合、結婚するまで純潔であることが肝要。特に貴族のご令嬢であれば絶対です。結婚もせぬうちに同衾するなど、純潔ではないという疑念をもたれますゆえ、避けるべき行為ですな」
オリヴァーはやっちまった! と気付いた。
「そうなると、その子はどうなる?」
「普通ならばそのようなご令嬢を娶る貴族などはおりませぬ。場合によっては下級貴族や年寄りの後妻に押し込むこともありましょうが、まず幸せな人生を送るのは難しいかと」
そんな……と顔を青くするオリヴァーの様子に、執事は直感的に何かあったなとは気付いたが、それには触れることなく、フォローの言葉を向ける。
「ご令嬢の将来を案ずるのであれば、同衾された男性が責任を取ってそのご令嬢を娶ることですな」
「そうすればケイトがおこられることはないんだね!」
「ケイト?」
「あ、いや、なんでもない。ありがとう、たすかったよ」
「いえいえ、お役に立てたのなら何よりです」
「僕がケイトをお嫁さんにすれば同衾した事実は何の問題もなくなる。そう思ったのさ」
オリヴァーはドヤ顔主張するが、お兄様はやはりポンコツですわと呆れるアリスの表情を見て、「え? 何か間違えた?」とキョドる。
「そもそも同衾と言っても、幼子の時代の話ですよね」
「だが事実は事実だ」
「そんな事言ったら、幼い頃は私だってお兄様と同衾したことになりますが?」
アリスは、実の兄妹だろうと、他人だろうと、同衾の事実は身内だろうと変わりません。と付け加える。
「幼子の時代に一緒に寝たくらい、幼なじみや兄妹ならよくある話ですわ」
「ならば、父上はなんであのようなことを……」
「女の子に興味を持たないお兄様を危惧されたのでは?」
公爵令息として数多のご令嬢と交流し、紳士的な立ち振る舞いは欠かさないが、一人の人間として相手に興味を持つということが無い息子が、初めて興味を示した異性を手放さないよう、発破をかけたのではないかと推測する。
「えーと、じゃあ運命とは?」
「仕組まれた運命かと」
そもそもケイトからそんな話を聞いたことが無いので、本人も覚えてないのでは? とアリスがとどめを刺す。
「じゃあ僕は確証の無い運命に胡座をかいて余裕かましていたと」
「そう言うことですね」
恥ずかしさにみるみるうちに顔が赤くなるオリヴァー。
普段見ることのない兄の醜態に、アリスはあらあらと微笑みながら、仕組まれた運命であっても、ケイトがお兄様を好きなのは今も昔も変わりませんよと、フォローは忘れない。
「ですが、婚約が決まったとしても油断はいけません。そのベルニスタの留学生というのも気になりますし、今まで以上に可愛がってあげなされませ」
「そのつもりだ。手放すつもりなどない」
(ケイト、ごちそうさま。これは明日からまた大変よ)
「ヘックシュン!」
「ケイト、風邪か? 帰って来たときからちょっと熱っぽいし」
「ふぇ? そんなことはにゃいと思いましゅが……」
「あんまりムリすんなよ」
「ふぁい」
ラザフォードの兄妹が何を話しているかなど知らぬキャサリンは、キスされた事実に一晩中ボーッとしていた。
翌日、さすがに校門で捕獲はされなかったが、目の下を隈だらけにしたキャサリンを心配するオリヴァーに構い倒されたのは、言うまでもない。
お読みいただきありがとうございました。
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