act.0 その女、標的につき。
寝ねえで書いた。
こんなことすんの、生まれてはじめてだった。
「やっべ、マジ緊張すんだけど。どうしよ、大地」
「いまさら思い知ったか、バカめ」
一晩、眠れなかった。
こんなのは、オレがこの場所からいなくなったあの日以来だった。
でも、あのときとはちがうこのカンジ。
うまく説明できねー。
きっと大地ならオレよりオレのことを分かっていて、もっと上手く言葉にしてくれんじゃねえかなって思う。
「バカってなんだよ、バカって」
「これで分かっただろ? いままでお前が遊んでた女の子たちの気持ちがさ」
頭を軽く小突かれて、オレは何の反論も出来ずに頬をふくらました。
くやしいけど、図星をぐっさりやられちゃしかたない。
そーだよ。
ようやく分かったんだよ。
自分がさみしいからって、だれかの気持ちを軽く扱っちゃだめだってこと。
あの子に会って、自分がこういう立場になって、ようやく分かったんだよ。
情けねえけど、オレは本当に今まで自分のことしか見えてなかったんだなって、そう思う。
「反省、したか」
「おう。大地にもメーワクかけてゴメン」
髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回されて、顔を上げたら大地が笑ってた。
オレがあの子だったら、間違いなく大地のことをすきになんだろうなあ。
こんなイイヤツ、探したってきっとほかのどこにもいねえよ。
だから。
この作戦を聞いたときちょっと不安になったんだけどさ。
「上手くセッティングしてやるよ。そのために保健委員会に入ったんだしな。だから、俺を信じて待ってろ」
立ち上がった大地を見上げて、やっぱりかっけーなと心の底から思った。
オレもこんな男になりたい。
あの子を、手に入れるために。
「ほら、書いてきたやつ見せてみろよ。添削してやるから」
「やだ。それだけはナシ」
まだ、だれもいない早朝の学校。
廊下の端にしゃがみこむオレに、大地が手を伸ばしてきた。
その指がオレのふところに抱え込んでいたアレを持っていこうとするもんだから、焦って背を向ける。
いくら大地がイイヤツでもこれだけはだめだ。
これだけは、あの子以外に見せたくない。
「これはあの子だけのだから、大地でも見せらんねーよ」
あの日。
春の日。
桜が咲いてた。
雨が降ってた。
原っぱがあった。
そこに、ずっとほしかったものがあった。
「しかたないな。まあ、お前のことだから心配ないだろ。口だけは上手いし」
「おい、それどーいうイミなんだよ!?」
「そういう意味、だけど?」
口のはしっこだけで笑った大地が背を向けて廊下を歩いていく。
「ちょ、待て、コラ! ひでーよ、大地!」
立ち上がってその背中を追おうとした拍子に、うっかり抱え込んだ手紙を落としてしまった。
四つ折りにしたその白い紙が、リノリウムの廊下に広がる。
窓からあふれたひかりが、消しまくってぼろぼろになった紙に差す。
浮かび上がった文字。
浮かぶあのてのひら。
「オレにしたら、ジョーデキ、だろ」
拾い上げて、ポケットに押し込んだ。
泣きながら笑っていた、あの日のあの子を、思い浮かべて。
長田あゆみ さま
きみがすきです。
ぼくをすきになってくれませんか。
きみのその手が、どうかぼくのものになりますように。
村田孝也
『欲情ハニィに溶かされて。』
――act.1 その男、危険につき。