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離れろこの変態と、店員は言った1

 夏の夜は、酷く安らげない。

 湿度の高い空気にむせ、日中に太陽で照らされた体が火照る。ベッドの上のシーツさえうっとおしい。何よりも、一人で惰眠を貪ることが私には何かもったいなく感じる。

 ならば、眠らなければいい。人生に置いて早々に私は結論付けた。永い夜は、誰かと共に過ごせばいい。

 そう、例えばこんな風に。


「……という風な感じデ、熱帯夜のベッドの上で私の退屈を紛らわす役目とか承ってみませんかジム君?」


「……店長すいません、何を言っているのかさっぱりわからないんですが、人類に理解できる言語で発言してもらえませんか? もしくは劇薬で喉とか焼いて喋れなくなってください」

 コンビニのレジに立ちながら、相変わらず冷たい言葉を返す彼はやはり可愛くて愛おしい。視線さえ合わせないのも高得点だ。

 夏の夜の退屈、誰も来ないコンビニの夜勤の時間はこうやって潰すに限る。真面目な性格の彼に際どい言葉をぶつけて反応を見るのが堪らなく面白い。

 ぶっきらぼうな無頼漢を気取っていても、ジムはどこか紳士的だ。だから私もこうして安心して彼をからかうことが出来る。

 確実な一線の上、安全地帯でギリギリの悪ふざけを楽しむ。ハードな店長業務を癒やすささやかな娯楽、これと仕事後のビールがなければやってられない。

 さて、今日はもう少し大胆にやってみましょうか。


「つ・ま・り・ィ、私の性欲処理のお手伝いをお願い……」


「わかりました、店長」


「……え」


 呟くとジムはレジを離れ、店の入り口へ。


「え、ちょ、ジム君、今なんテ……?」


 制止を無視してジムは店外へ、シャッターが閉まる音。再び店内へ戻った彼は今度は入り口の付錠を始めた。


「あ、あのジム君、今まだ営業時間中なんですけド……」


 ゆっくりと、こちらへ戻ってくる。彼の目は真っ直ぐに私を見据えていた。


「だって、お客さんが来たら困るじゃないですか。それとも」


 いつのまにか、彼はすぐ近くにいた。私が手を伸ばせば届く距離に、彼が手を伸ばせば私を掴める距離に。


「まさか本当に見られるのが好きなんですか? これからする事を、見せたいんですか、店長」


 両手首を掴まれる。強い力に身が竦んだ。彼が「男性」であることを、今更ながら私は深く意識した。

 彼はすでに荒れた中に優しさのある青年の瞳ではなく、暗い欲望の炎がたぎる男の眼で私を見ていた。暴力的で、サディスティックな飢えた視線。射すくめられ、体が震える。


「ジム君、ごめんなさイ、私はその、君がこういう大胆なことをすると思っていなかったかラ、つい調子に乗ってしまっテ……もうここで終わりましょウ、これ以上ハ」


 これ以上は、いけない。彼がではなく、私がだ。これ以上は彼の上司ではいられなくなる。

 何をしても悪ふざけと思われるからこそ彼に挑発することが出来た。こんなに強く返されるなんて、想定の範囲外だ。

 ……正直、考えていなかったわけではないけれど。ないのだけれど。

 心臓の高鳴りが止まらない。血の流れがわかる。仮面の下のこの顔は、今は赤く染まっているだろう。これではまるでとうに過ぎたはずの十代の少女みたいじゃないか。

 情けない、年上の余裕を見せようとしてみればいざ振りまわされているのは私の方。彼の逆襲にたじろぐしかない。


「ジ、ジム君、今はほら仕事中ですシ、そノ、もうさっきみたいな行動はしませんかラ、だかラ……」


 とにかくこの場を繕うしかない、頭を冷やす時間が欲しい。

 離れようと体を動かす。だが彼は腕を放さず、強引に私を引き寄せた。

 ほんの僅かな距離に近づく顔と顔、彼の眼鏡に私の仮面が映っている。

 ――これは、やばい、本当にやばい!


「じゃあ、店長。本当にイヤなら、今すぐイヤだと言って下さい。――その時は、二度と俺はこういうことはしません」


「……え? あ、あノ」


 二度とこういうことはしない、その言葉が胸に残る。きっと彼ならば、自らの言い出したことは必ず守るだろう。今断れば、二度と同じ機会はこない。

 言葉を、返せなかった。

 私の中で恥ずかしさや焦りよりも、今この機会を逃したくないという心が勝ってしまった。

 沈黙を肯定と読み取り、ジムの唇が近づく。私は逃れることは出来ない、ただ貪られるしかない。


「……ン」


 もう二度と、前と同じように戯れる関係には戻れない。唇の感触と共に私はそう予感した。




 ▽ ▽ ▽


「……という風に迫り続ければジム君もいつか墜ちるはずだと思っていた時期が私にもありましタ!」


「すいません、仕事中に耳元で迷惑な妄想を延々垂れ流すのは本当に止めてもらいませんかね!! 俺は嫌悪感で人を殴りたくないんですよ!」


 いつも通りの客のいない深夜のコンビニ。いつも通りの店長を横に、いつも通りに客を待つ俺。

 そろそろこの負のループを抜け出したい。いやもう真剣に。せめて隣の人間を違う人にしたい。いやもう深刻に。


「なにをいってるんですカ、ジム君! 真にリアリティ溢れるイメージトレーニングは現実を凌駕して、体重百キロのカマキリに味噌汁を作らせてちゃぶ台返しをすることさえ可能なんですヨ!」


 ……なんだそのカオスな妄想は?


「俺もあんたもキャラクターが違い過ぎるだろうが! 怪しい薬を鼻から吸ってラリッても、んな行動取るかボケナス!」


「いやほラ、サブリミナル効果というか暗示効果というカ。何度も繰り返し聴かせれば深層意識に根付いて、ジム君の行動もちょっとは大胆になるかなト」


「すでに洗脳さえ計画済みだと……?」


 こりゃ本格的に逃げの算段を打つべきか?


 ピコーン


「あ、いらっしゃ……」


「店員さーん! アレない? アレ! プリーズミー!」


 来客ブザーに身を捻る、挨拶を遮るお客の声。

 深夜にやたら高いテンションでやってきた青年、というかまた例のアホ勇者だ。珍しく今回は一人らしい。


「いや、勇者さん、アレって言われても、何か言って貰わないと……」


「あ、アレですネ! 新作で入ったエロ本、『最終兵器女僧侶』でしたらあちらのコーナーに……」


 ああ、なるほど店長。やっぱそっちですか。


「違う違う! 今日はそっちじゃなくてさ、カメラ! 使い捨てカメラ売ってよ!」


 ……カメラ?


「勇者さん、いくらダンジョンでも盗撮はちょっと問題が……」


「ちーがーうって! ちゃんしたもの撮るのに欲しいんだよ!」


 冷静に考えると、ダンジョンで使い捨てカメラとか普通買う奴いるのか?


「ああ、なんかレアな迷宮獣倒したからその記念写真ですカ?」


 店長、やっぱりそういう時って撮るんだ。


「いやそうじゃなくてさぁ、向こうでやってるからさあ。記念に撮ろうかと」


「……何を?」


 店外の向こう、暗闇の先を指差しながら少し気恥ずかしそうに勇者が呟く。


「ロケ、――マスクドライダーデュラハンの野外撮影がダンジョン内で今やってるんだよね」


 ……ロケ?


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