最終話「悪の幹部と魔法少女たち」
黒天王との戦いから数ヶ月が過ぎた。
黒天城はもうない。
黒い花に覆われていたあの城は、崩壊とともに灰となり、今では荒れ地に大きな窪地だけを残している。
黒天教団も、表向きには完全に姿を消した。
教団が社会に紛れ込むために使っていた一般企業では、社長と役員陣が一晩で失踪する騒ぎがあったらしい。
あの企業の社長と上層部は、変装して入り込んでいた上級怪人たちだ。
おそらく、黒天開花儀式に巻き込まれたのだろう。
事情を知らずに働いていた普通の社員たちは完全にとばっちりだが、幸いにも会社そのものはまだ残っている。
なんでも、国だかなんだかが支援して会社を立て直しているそうだ。
妙な段取りの良さに、少しきな臭いものを感じなくもない。
だが、あまり深追いしない方がよさそうだ。
悪の組織の隠れ蓑が、普通の会社へ戻っていく。
少なくとも、黒天王が牛耳ったままよりは良い方向に向かうと信じたい。
俺――黒瀬悠真、あるいはヴァルグレイは、あれから各地を回っていた。
黒天王の支配を失って暴走した怪人。
魔力炉の残滓から生まれた魔獣。
黒天教団の名を利用しようとする小物。
そういう火種を探り、必要なら潰し、場合によっては逃がす。
なかなかに地味な仕事である。
世界を救った後にやることが、残党整理と現場確認。
やはりというかなんというか。
悪の組織は最後まで後始末が面倒だった。
*
ある夜。
俺は、とある市街地の外れにある古い採石場の近くへ来ていた。
理由は単純。
そこに魔獣が現れたからだ。
黒天教団が残した魔力結晶に毒されて暴走した個体のようだった。
姿は巨大なイノシシに近いが、背中から黒い水晶が何本も突き出ている。
突進力はある。
魔力の圧もある。
放置すれば、近くの道路や住宅地へ被害が出る可能性もある。
ただし、冷静に対処すれば、倒せない相手ではない。
俺は採石場を見下ろせる崖の上に立ち、黒い外套のフードを深くかぶって様子を見ていた。
仮面はもうないので、フードで顔を隠している。
これはこれで不審者感が全開なのだが、仕方がない。
そろそろ始めるか。
そう思ったとき、空から五つの光が現れた。
流れ星のように降り立ったその光は、五人の少女の姿を形作る。
星彩少女たちだ。
「そこまでよ、黒天教団!」
ブレイズがぴっと魔獣に指を差す。
「ブレイズ、黒天教団はもうない」
ノクターンが冷静に指摘する。
「あっそうだった。えーと、じゃあそこまでよ、魔獣!」
「なんだかしまらないですね……」
杖を構えるセラフィ。
「周囲に人影なし。阻害結界も展開済み。あとヴァルグ……なんでもない」
ノクターンが魔導板を片手に周囲を確認する。
……今なにか言いかけなかったか?
「走りやすそうなところだね。久しぶりに良い風に乗れそう!」
シルフィードが足元に風を纏う。
最後にルミナが剣を構える。
「みんな、行こう!」
数ヶ月ぶりの星彩少女たちは、変わりないようだった。
俺は構えを解き、しばし星彩少女たちの戦いぶりを眺めることにした。
*
眺めることにした、のだが。
おかしい。
明らかに、おかしい。
「よーし、ド派手にいっくよー!」
ブレイズの拳の炎がみるみる巨大化していく。
魔獣どころか、周囲の岩まで焦げる勢いだ。
「全部まとめて、燃やせば終わり!」
燃やすな。
人様の土地だぞ。
容赦なく放たれた火球が採石場を赤く染めあげる。
コントロールのコの字もない全力投球。
魔獣は炎に驚き、大きく横へ跳ぶ。
結果オーライというやつだが、あまりにもひどい戦い方だ。
そこへセラフィが盾を展開した。
「皆さん、守ります!」
光の盾が空中に浮かぶ。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
そして、なぜか七枚。
「多い! しかも配置が雑だ!」
俺は崖の上で頭を抱えた。
セラフィの盾は防御範囲が広い分、配置が重要だ。
無駄に枚数を増やすと魔力消費が激しい。
なのに今の盾は、味方を守るというより採石場の景観を飾っている。
「あ、いけない! 盾の枚数を間違えてしまいました!」
枚数を間違えるって何だ!
今までそんなミスしたことなかっただろうが。
ルミナが苦笑しながら魔獣の前へ出る。
「ええと、じゃあ私が止めるね!」
その動きは悪くない。
剣筋も安定している。
間合いも読めている。
だが、どことなく歯切れが悪い。
本気で困っているというより、困っているふりをしているように見える。
その時、ノクターンが魔導板を見つめたまま呟いた。
「黒瀬悠真の実年齢を推測。有力候補は20代後半。趣味はアニメ鑑賞。賞罰なし。過去の女性交際歴は……」
「お前は何を分析している!」
とんでもないことを口走るノクターンに思わず声が出る。
当然、視線はこちらに集まる。
やってしまった。
「あ、ヴァルくんきた」
どこを飛び回っていたのか、シルフィードが背後に立つ。
それからブレイズが、にやっと笑った。
「ふっふーん、ついに釣られたわねヴァルグレイ。今回は私たちの作戦勝ち!」
「どちらかというと、脅迫に近いやり方だろうこれは」
急にポンコツになったと思ったら、俺を誘き寄せていたのか……。
というか、悪の幹部(元)を脅迫じみたやり方で呼び出そうとするな。
顔を隠す仮面はもうないので、呆れた表情はそのまま表に出ている。
ノクターンが魔導板を閉じてこちらを見る。
「あなたなら、きっと来ると思った。そういうところ、嫌いじゃない」
「そういうところとはなんだ」
「意外と単純なところ」
がっくりと膝をつきそうになった。
お前らに言われたくはない。
そう言いたいところだったが、釣られてしまったのは事実だ。
ルミナが、少し照れたようにこちらを見る。
「久しぶり、ヴァルグレイ」
俺は額に手を当てた。
「貴様ら……」
言いたいことが多すぎる。
多すぎて、逆に何も出てこない。
「魔獣相手にわざと下手な戦いをするな。危ないだろうが」
「ちゃんと加減してたわよ」
ブレイズが胸を張る。
「加減してあれならなお悪い」
「えっ、そこまで?」
「当たり前だ」
セラフィが申し訳なさそうに手を上げる。
「でも、普通に呼んでも来てくださらない気がして……」
「それは」
否定しかけて、止まる。
来なかった可能性は高い。
残党整理。
魔力暴走の調査。
人目を避けるため。
言い訳はいくらでもあった。
ノクターンが無表情で言う。
「真面目に戦うより、非効率的な戦いをした方が介入してくれると判断した」
「嫌な分析をするな」
「有効だった」
「有効なのが腹立たしい」
シルフィードが笑う。
「つまり、私たちがポンコツになれば会いに来てくれるってことだよね」
「二度とやるなよ?」
「また会いたくなったら?」
「普通に連絡しろ!」
言ってから、俺は気づいた。
普通に連絡。
何を当たり前のように言っているのか。
だが、五人の表情がぱっと明るくなった。
「聞いたわね」
「はい、聞きました……」
「言質を取った。あとで連絡手段を聞く」
「とうとう観念したね、ヴァルくん」
追い詰め方がえげつない。
この子たちは本当に正義の味方なのか?
「じゃあ、連絡していいんだ」
ルミナが言った。
「……必要があればな」
「いつも必要あるよ」
「いつもはないだろう」
「話したいことも、聞きたいことも、たくさんあるから」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
黒天王との戦いの後、結局一度も会っていないのは少し悪かったかもしれない。
そう考えると、無下にしづらいところだった。
改めて目の前のルミナを見る。
数ヶ月ぶりに会ったその姿は、以前と同じようで少しだけ違っていた。
強くなった。
落ち着いた。
それでも、まっすぐこちらを見るところは変わっていない。
だから困る。
本当に困る。
俺は咳払いをした。
「話は後だ」
巨大な魔獣が、再び咆哮する。
完全に放置されていたことに腹を立てたのか、黒い水晶を赤く光らせ、こちらへ突進しようとしていた。
そうだ。
今は再会を喜んでいる場合ではない。
というか、魔獣の前で再会劇をやるな。
「まずはこいつを片付ける」
俺は闇の刃を構える。
「一緒に戦ってくれるの?」
ルミナが尋ねる。
「一緒ではない。たまたま同じ場所に居合わせて同じ敵と戦うだけだ」
「うん、そういうことにしておくね」
聞き慣れた返しも、数ヶ月ぶりだと少し懐かしさを覚える。
「よし、じゃさっさと退治して、ヴァルグレイ取り調べ会といくわよ」
ブレイズが拳を打ちつけて火花を散らす。
取り調べられるようなことをした覚えはないんだが……。
ともあれ、今は魔獣を止めるのが先だ。
俺が闇刃を構えると、ルミナが隣に立った。
ブレイズが拳に炎を宿す。
セラフィが正しい位置に盾を置く。
ノクターンが魔導板を閉じ、弓を構える。
シルフィードが低く風を走らせる。
今度は、誰もポンコツではない。
五人の動きは、自然に噛み合っている。
魔獣が地面を蹴った。
ルミナが前へ出る。
「ヴァルグレイ!」
「合わせるぞ」
「うん!」
光の剣と闇の刃が、同時に振るわれた。
魔獣の黒い魔力が、裂ける。
光と闇が交差する。
その瞬間、俺はふと思った。
悪の幹部として。
敵として。
ずいぶん遠回りをした。
だが、今ここにいる。
五つの光の隣に、一つの闇として。
それはきっと、悪くない結末だ。
「ヴァルグレイ!」
ルミナの声が響く。
「次、来るよ!」
「ああ」
俺は闇の刃を構え直した。
「全員、指示を聞け。ポンコツ戦闘はここまでだ」
「はーい!」
妙に元気な返事が五つ重なる。
俺はため息をついた。
だが、口元が少しだけ緩んでいるのを、自分でも感じていた。
戦いは終わった。
けれど、日常は続いていく。
魔獣は出る。
事件も起こる。
面倒なことも、たぶん尽きない。
それでも。
この世界には、五つの光がある。
そしてたまに、その隣に一つの闇が並ぶ。
なら、きっと大丈夫だ。
俺は黒い外套を翻し、星彩少女たちとともに前へ踏み出した。
光と闇が並んで、暴走する魔獣へ向かっていく。
かつて敵同士だった者たちが、今は同じ方を向いている。
それだけで、この世界の未来は少しだけ明るい。
少なくとも、俺はそう信じてみることにした。
完
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




