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駆け巡る青春は稲妻のように  作者: 一二三楓


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6/11

音恋と柔心


 音恋は朝から機嫌が悪い。

 道端の電柱に八つ当たりで回し蹴りを入れるくらいに、だ。


 通学路途中に、間抜けな通知音とともに自分のスマホ画面に現れた『ごめん。寝坊したww』という幼馴染からのメッセージ。


 高校入学当日、独りぼっちでの登校が確定した音恋は叫ばずにはいられなかった。


 「高校初日に寝坊って、にこぉ、あり得へんぞ!」


 そんな音恋を見て、ぎょっとするサラリーマンのおじさん。


 荒れる音恋の元に『登校時間には間に合うにゃん♪許してにゃん♡』と、柔心にこからのメッセージ。

 

 もう一度、マリアナ海溝よりも深い溜息をついて、音恋は幽鬼のように力なく歩き出した。


 張り出されたクラス表にあった『1年D組 豊雛音恋とよひなねこ衣通柔心そとおりにこ』の名前。


 音恋は幼馴染の名前をきつく睨んでから、唾を吐いたら怒られるだろうか、と思いながら教室を探した。


 「ここかぁ……」と憂鬱な声を吐き出した音恋は、陰と陽の境界に手をかけた。

 教室から聞こえてくる楽しげな笑い声。


 (勇気を出して明るくおはようって言うだけ……)

  

 深呼吸を一つ。音恋が囁くように「おはよう」と言って、扉を開けた。

 だけど、その音は小さな挨拶と一緒にクラスメイトの囀りにかき消され、泡のように弾けて消えた。

 こうしてかろうじて燃えていた小さな勇気の灯火は、無常にも消え去り、薄汚れた煤だけが残った。


 挫けた音恋は黒板を見て席を確認して、黙って席についた。聞こえてくる耳障りなほど陽気な声。青春を奏でる囀り。


 「私だって……ホントは、ぼっちなんかじゃねぇし……」


 誰にも聞こえない負け惜しみ。初めてのクラス。知らない顔ぶれ。

 音恋は湧き上がる不安と心細さから自分を守るように身体を小さく丸めた。


 (早く来い、にこのぶわぁか……)


 頬杖をついて、アオハルな雑音に鼻を鳴らした。

 

 少し離れた窓の外。

 腹が立つくらいに眩しく、蒼く澄み渡っていた。

 

 「がお……」


 そんな春の青空にほんのちょっとだけ噛み付いてやった。



◇◇◇



すると────


 「おはようー!」


 教室いっぱいに響き渡る歌うように軽やかな声。続いて聞こえてきたのは、包み込むように優しげな声。


 そちらへやさぐれた視線を向けると、ちょうど教室にふたりの女の子が入ってくるところだった。


 自信満々に存在を主張するように広がるミルクティー色の髪。

 耳を埋め尽くす幾つものピアス。


 その隣で、静かに揺れるふわふわな黒髪の子。


 (出たな……陽の者共めぇ!)


 完全に陰の者と化した音恋は、勝手に結真と兎萌に敵愾心を燃やし始めていた。


 アイドルのようにきらきらと星を振り撒く、ふたりの姿をみんなが見ている。


 音恋の視線は吸い寄せられるように結真と兎萌の胸元へと固定された。


 シャツを内側から力強く押し上げる、圧倒的なまでの『豊かな実り』。


 「私だって、Cはあるし!小さくないし!」


 無意識に自分のお椀型の膨らみと見比べてしまい───音恋は本気で死にたくなった。


 「……嘘でしょ……あんなの育ちすぎでしょ」


 凄まじい敗北感。思考を放棄し、現実逃避気味に音恋は机に突っ伏して首だけを少し動かして、外を見る。


 音恋の心は完全に土砂降りだったが、やっぱり春の空は酷く残酷なくらい青かった。


 「やってらんねぇ〜」

 「ねぇ、何がやってらんないの?」


 音恋の顔を覗き込むと、柔心は無邪気に笑った。

 

 約束を破ったことを悪びれる様子もない柔心に、呆れて言葉が出てこない。


 「……」 


 誰のせいで、こんなに気分が落ち込んでいると思っているのか。

 幼馴染の顔を見た途端。音恋のフラストレーションは限界を超えた。

 気がつくと柔心の顔面に、音恋は無言でデコピンをお見舞いしていた。


 「いたッ!ちょッ、いたいよ!にゃあ!」


 会うなり、いきなりの衝撃に額をさすり、困惑する柔心。

 何故、音恋が怒っているのか全然わかっていない風なのが、さらにムカつく。


 「こっちはッ!にこのッ!せいでッ!ぼっちだったんじゃい!」


 追撃とばかりに、ポカポカと音恋の連続チョップが炸裂する。 


 「ちょッ、ちょッ、まッ、ごめんてぇ〜。許してにゃん♡」

 「うがー、うちがどんな気持ちで───」

 「───ごめんね」


 温かい。柔心の滑らかな手が、頭に乗る。

 ふざけた空気はどこかに飛び去って、急に真剣な声色に変わるから、音恋はついドキリとしてしまった。


 「そうやって、いつも……」

 「誤魔化されないんだから……」

 音恋は顔を赤くして、「がお」と小さく吠えた。

 「あはは、出たな。にゃあの癖」


 幼馴染のささやかな抵抗に、破顔する柔心。

 癪だけど、荒んだ心が安らぎを取り戻していく。マッチポンプ。

 

 こいつといると、どうにも調子が狂う。

 水面を渡る風のように捉えどころがない。


 いつも柔心は誰彼構わずお構いなしに自分のペースに巻き込んでしまう。


 「今日は許す……。駅前のカフェ、奢りね」

 「あ・り・が・と!でも、こないだジェラピケのモコモコのやつ買っちったからぁ……か・ね・が・ねぇ」

 「あっ、やっぱ許すの止めた。もう口きかなーい」

 「ねぇ〜、にゃあ様ー!怒んないでぇ〜」

 「ふん!」


 こうして、ふたりのじゃれ合いは担任の豊島先生がやってくるまで続いた。



◇◇◇


 

 ストレス発散も済んだ。

 入学式も済み、音恋の自己紹介の順番が近づいてきている。


 こぇー、と内心震える音恋の耳には他人の自己紹介などほとんど届いていなかった。


 (にこの苗字は『そ』からだから、わたしまでいち、にぃ、さん────)


 あと四人。

 そうやって現実を噛み締めていた音恋の瞳に、ふと映るふたつ前の席にお行儀よく座る兎萌の姿。

 自分に敗北感を植え付けた女の子。


 いや、負けてねぇし。

 

 柔心と戯れてガス抜きをしたので、さっきみたいなネガティブな感情はもうない。


 あるのは、一欠片の羨望と純粋な興味。


 そうやって、彼女を眺めているうちに兎萌がスッと姿勢よく立ち上がった。


 「はじめまして。えっと、財田兎萌たからだともえです!───」


 小さい身体で一生懸命声を張り、自分の声を届けようとする兎萌の姿が妙に愛らしい。


 みんなも音恋と同じ。

 頑張れぇ、とクラスが応援ムードに包まれていく。

 

 温かい声援に、兎萌はくすぐったそうに目を細めた。

 

 なるほど、兎萌が人気な理由が音恋にも少しわかった気がする。


 「なんか、みんなありがとう。自己紹介の続きをしますね。好きなことは、読書とカフェ巡り、お料理と、あと、お菓子作りも!みんなと仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします!」


 自己紹介をしめくくった兎萌は、「えへへ」と照れ笑いを浮かべ、椅子に座り直した。


 その背中はどこかぎこちない。

 見ていた音恋まで、ムズムズしてきたのは内緒だ。

 


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