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百合、駆け巡る青春は稲妻のように  作者: 一二三楓


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20/20

真面目に不真面目


 遅刻すると決めている結真は、急ぐこともなく雲の数を数えながら呑気に歩いていた。

 SHRが終盤に差しかかる頃、緩やかな坂道の向こうに校門が見えてきた。

 幸い先生の姿はない。門をすり抜け、そそくさと昇降口へ。

 

「どうせ遅刻は確定だから、こそこそしても意味ないんだけど……。潜入みたいでスリルあるよね」


 下駄箱で上履きのスリッパに音もなく履き替える。

 先生たちは自分のクラスか、職員室で授業の準備をしているはず。

 朝のHRが終わり、先生が教室からいなくなったタイミングで教室に入れば一限には余裕で間に合う。


「今日は現国はないから、バレるとしても昼休み以降。豊島先生が忙しかったらワンチャン、見逃しあるかも」


 廊下の左右に誰もいないことを確認し、上階への階段を見上げる。


 まぁ最悪、生徒会室や空き教室に逃げ込めばいい。屋上という手もある。

 サボりや休憩に使えそうな場所は、いくつかピックアップしてある。


「きししっ、完璧な計画……」


 雰囲気を堪能しながら、ひとりほくそ笑んでいると、ひた……ひた……っと近づく誰かの足音。


「ねぇ……」と囁き、肩に触れる白く、か細い手。

「ひぃっ……んぐっ!」


 悲鳴を上げそうになり、咄嗟に両手で口を塞いだ。

 人に見つかってしまった結真の遅刻を有耶無耶にする計画は儚く散った。


「結真ちゃんも遅刻〜?仲間〜」

「……?」


 聞き馴染みのある声に恐る恐る後ろを振り向くと、へにゃりと笑う兎萌が立っていた。 


「遅刻して心細かったから。結真ちゃんに会えてラッキーだよ〜」

「おはよう」と言って、兎萌は手を振る。

「おっ、おう……。珍しいね」

「玄関で転んじゃってさ」


 膝小僧の絆創膏が目に留まる。


 視線に気づいた兎萌は、「平気、平気」と笑顔を浮かべた。

 

 それを聞き、結真は密かに胸を撫で下ろした。


「気をつけてよね。とりあえず上行こっ。ここにいると先生に見つかっちゃう」


 頷き合うふたり。忍び足で階段を上り、教室を目指す。

 SHRが終わった二、三年の教室から漏れ伝わってくる喋り声。

 一限開始までの束の間の喧騒。


「うちのクラスもHR終わってるかな」

「メッセージで、璃羅ちゃんに聞いてみる?」

「ナイスアイデア。送ってみてよ」 

「とりあえず、上行こ」


 三階と四階の間の踊り場まで上がり、こそこそしていると自分たちの教室がある階も賑やかになってきた。

 ここなら先生に出くわす心配はないはずだ。


「どう、返事きた?」

「あー、うん……。だけど璃羅ちゃん、体育館のシャワー室だって」

「いや、璃羅もHR出てないんかい……」

「なら旭か、ハルはぁー……、めんどくさいな。なし!柔心ちゃんか、音恋ちゃんは?」

「わかった。聞いてみる」


 幸い返信はすぐにきた。

 ふたりがスマホをいじる暇があるならHR終わって、先生も職員室に戻ったのだろう。


「あー、結真ちゃん……。私たち三人、職員室に呼び出されてるって……登校したらすぐ来るようにって」

「はぁ、終わった……」

「だね……」


 豊島先生は遅刻を見逃してはくれないようだ。 ふたりは揃って、大きな大きなため息をついた。



◇◇◇



「三人揃って仲良く遅刻ねぇ。で、理由は?」


 面倒くさそうにため息をつく結真たちの担任の豊島麗奈。

 職員室に行くとすでに璃羅が先にいて、項垂れていた。


「すみません……家から出るとき、転んじゃって」


 絆創膏の貼られた膝を見せる兎萌。


「大丈夫か?」

「はい。でも転んだ拍子にタイツが破れちゃって。絆創膏を貼ったり、タイツを履き替えてたら間に合いませんでした。すみません……」

「財田の事情はわかった。で、二本松は?」

「えっと、陸上部の朝練で……」

「朝練が長引いたと?」

「……朝練がというか、そのあとの片付けとかが」


 先生の探るような視線に、息を呑んだ。

 本当はシャワーが長引いて、HRに遅刻したなんて言えない。

 だからここは何とか誤魔化すしかない。


「ふぅん。まぁいい。わかった」


 璃羅の言い分に一応は納得する麗奈。

 最後に、何故かニコニコしている結真に目を向ける。


「で、妙見。なんで君は呼び出しを食らったというのに、そんなに嬉しそうなんだ?」

「いやぁ。豊島先生と話せるからですかねぇ」

「『ですかねぇ』じゃないでしょ」


 先程より遥かに大きなため息をついて麗奈は半眼になる。

 

「まったく……。遅刻の理由は?」

「朝のお楽しみタイムが長引いてしまって、遅刻しました。すみません!」


 璃羅の顔がみるみる茹で上がり、頭痛がしてきそうな麗奈は頭を抱える。


「……聞き間違いか?妙見、今なんて言った?」

「そんなぁ。先生は女子高生にそういうこと言わせるのが好きなんですかぁ?」


 結真は胸の前で両手の指を合わせた。

 顔を赤らめ、モジモジと身体をくねらすおまけ付き。


「断じて違う」

「ゆまちゃん、お楽しみタイムってなに?」


 そんな中、こてんと可愛く首を傾げる兎萌。


「ん〜、お楽しみタイムっていうのはねぇ……自分を慰め────」

「────妙見、黙りなさい」

「慰める?」


 また首を傾げる兎萌。


「だから、オナ────」

「────妙見さん、黙りましょうね?」

「はい……」


 麗奈に鋭く睨まれ、結真はやっと口を噤んだ。


「妙見は反省文。原稿用紙三枚」


 ドンと、机の上に置かれた新品の原稿用紙。 

 それを見た結真は、唇を尖らせた。


「そんなぁ!なんで私だけなんですかッ!」

「財田は怪我。二本松は部活の朝練。致し方ない面もある。だが妙見、お前はふざけているのか?お楽しみタイム?そんな理由で許されるわけないだろ。むしろ、反省文で済ませてあげるんだから感謝しなさい」

「どんな理由だろうと、遅刻は良くないと思います!」と言って、結真はふたりを指差した。


 はぁ?と、璃羅は呆れ顔。

 兎萌は苦笑いを浮かべる。

 だが、結真も必死だった。

 自分だけ居残りなんてつまらない。なんとしてもそれだけは避けたい一心で詭弁を振りかざす。


「確かお前たち、仲良かったよなぁ」

「はぁ……」

「はい」


 璃羅は生返事。

 兎萌は麗奈の問いかけに、真面目に頷く。

 対照的なふたり。


「じゃあ連帯責任で。二本松と財田は放課後、このおバカがちゃんと反省文書き終わるまで、監視しなさい。書き終わったら、三人揃って持ってくること。いい?」

「あの先生。私、部活が……」

「却下」

「……」

「はい、先生!私も観たいアニメが!」


 空気も読まずに元気よく手を挙げ、そんなことを言い出す結真。


「結真ぁ。寝言は寝て言いなぁ?」

「結真ちゃん、一緒に反省しよ」


 案の定、青筋を立てる親友たちに叱られ、しゅんと小さくなる。

「当然だ」と、頷く麗奈。なぜ彼女が許されると思ったのか不思議でならない。


「二本松と財田は責任を持って、反省の色が薄いソレの面倒を見るように。あー、あと来週にオリエンテーションがある。準備しときなさい。詳しいことはクラスの誰かに聞くように。話は終わり。教室に戻りなさい」


 逃げられないと悟り、三人揃って肩を落とす。

 教室へと戻る道すがら重たい雰囲気に耐えかねて、璃羅が口を開いた。


「結真ぁ。なんで先生の前で、あんなこと言ったわけ」

「いやぁ、笑ってくれるかなって」

「ねぇねぇ。結局なんで、結真ちゃんは遅刻したの?」

「だからぁ。オナっ────」

「────あぁ、もうその話はいいから。兎萌も蒸し返さない!」

「だって、気になるんだもん」

「気になってもダーメ!」

「璃羅さん、昨日はお楽しみでしたね」

「うっ……やめて」


 そう言って、じゃれ合う三人。

 怒られていたせいで、もう一限も始まっている。


「一時間目、英語だよね」

「紗來ちゃんなら、許してくれるよ」


 結真は根拠のない自信を振りかざし、腰に手を当てる。


「なんで、あんたはそんなに呑気なの」

「じゃあ、走る?」

「よし急ごう!用意、ドーン!」

「えぇ!?そんな急に……待ってよ」


 教室へと駆ける結真たち。

 だけど運動が絶望的な兎萌は三秒ほどで力尽きてしまい、さらに教室に着くまで時間を要した。


 しっかり授業に遅刻した三人は、英語の六条先生にもこってり絞られることに。



◇◇◇



すっかり陽の傾いた放課後。


「はぁ、二回も先生に怒られたよ。先生ぇー」

「いや、何したんだよ」

「遅刻して担任に怒られて、そのせいで授業に遅刻してまた英語の先生に怒られた……」

「なるほど」と、頷く青島二鷹。二鷹は中等部で三年間、結真の担任だった。


「怒られたから遅れましたって言ったのに、酷くない?」


 わざわざ中等部の校舎まで愚痴をこぼしにやってくる元教え子。

 タバコを吸いながら、二鷹は曖昧な表情を浮かべた。


「理不尽なように言ってるが、お前の自業自得じゃないか?」

「えー」


 納得できないと頬を膨らませる結真。


「というか、お前。当然のように屋上に来るなよ。生徒は立ち入り禁止だぞ」

「えー、いいじゃん。ケチ!」

「ケチって……。ガチで、ほかの先生にバレるなよ。俺の首まで飛んじまう」

「う〜、先生。火」

「お前なぁ。だからこんなところ誰かに見られたら、クビになるだろうが」

「先生ー、火ぃー!!」

「……ほら」と、二鷹はポケットからライターを差し出した。


 ライターを受け取った結真は、タバコに火をつけた。


「すぅー……ふぅー……生徒の喫煙を黙認する不良教師めぇー。ふぅ……」

「ほう。一緒に担任のとこ行くか?」

「やだッ!」

「なら、黙りがお互いのためだ。沈黙は金ってな」

「先生がバラしたら、私も校内禁煙なのに先生が屋上でタバコ吸ってるのバラすから。あと先生に脅されて、無理やり犯されたって言いふらすから」

「本当にやめてください。お願いします」

「そうそう。リスペクトは大事だよね」

「……まったく」


 不良教師と不良少女の緊張感の欠片もない奇妙な共犯関係。

 ふたりの吐き出す煙が、ゆらゆらと絡み合って天を目指す。


「あんまり制服にヤニの臭いつけてくなよ」

「そのために私が消臭スプレー置いたの」と顎で、結真はスプレーボトルの方を指した。

「これ、お前だったのか」

「そう」

「俺が言うのも何だが、お前よくバレねぇな」

「別に、たまにだし。それに……」

「それに?」

「なんでもない」


 二鷹先生がいるときしか来ないと素直に口に出すのは、何だか負けたような気がして嫌だった。

 それ以上、結真も二鷹も言葉を発さず、タバコを吸う。

 紫煙で霞む屋上の一角。

 漂うヤニ臭さと結真の吸っていた『キャスター』の甘いバニラの香り。

 

「そろそろ私は退散します。先生、またね」

「おう」


 消臭スプレーを制服に吹きかけ、去っていく不良少女の背中に、不良教師はタバコを咥えたまま軽く手を上げた。


「本当にしょうがない奴だ。高校生になって、ちっとは落ち着いたんだろうな、アイツ……」


 ふと夜の街で補導されたアイツの親の代わりに警察署へ何度も迎えに行っていた昨年のことを思い出し、雲を眺める。



◇◇◇



「ただいまー」

「おかえり。でも遅い!」

「おかえりー」


 結真が屋上から帰ってくるのを教室で待っていた璃羅と兎萌。

 これから反省文を仕上げなければならない。


 結真から仄かに香る甘い匂い。

 匂いを嗅いだ璃羅は眉を釣り上げ、兎萌はクンクンと鼻を動かす。

 

「また青島のとこ行ってたでしょ……」

「璃羅ちゃん、『青島先生』だよ」


 教師を呼び捨てにするのをやんわり窘め、結真に近づく。


「私、この甘い香り好き」と言って、兎萌は直に鼻を寄せる。

「ふふ、結真ちゃんからオトナな匂いがする」

「こーら、兎萌まで吸うなんて言い出さないでよ」

「言わないよー」

「私だって、タバコ吸うのなんて月イチくらいだよ」

「それ、吸ってる意味あんの?」

「タバコで繋がる縁ってのもあんだよぉ」

「あぁ。タバコで病気になったときにお世話になる医者とか?」

「ちげぇーよ」

「でも、将来癌とかになっちゃうかも」

「うさぎちゃん?怖いこと言わないでよ……」

「もう、お終い!さっさと反省文を書くッ!それが終わんないと帰れないんだからね」


 結真の前に置かれた原稿用紙。

 その横には丁寧に筆記用具が並べられていた。


 


読んでくれてありがとうございます。

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