荒れ模様
傘を忘れて雷雨の中、ずぶ濡れになって帰るはずだった。
止まない雨の中、駆け抜けるのもなんだか青春な気がする。
「千種ちゃーん」
雨音をかき消すよく澄んだ声。
傘を手に微笑む千種に、結真は元気よく手を振った。
だけど、現金な結真の心は、青春を感じるシチュエーションよりこうして誰かが待っていてくれることで、晴れ模様になっていく。
花宮千種ちゃん───いつもお世話をしてくれる優しいお姉ちゃん。だけど、まだ高一の私を時折食べちゃうちょっと悪いお姉さん。
「結真ー、お待たせ」
「いやー、助かりましたなぁ。持つべきものは、千種ちゃん」
「なに、そのおじさんみたいな口調」
えへへと笑い、結真は千種から傘を受け取った。
苦笑いと共に千種は、パンダの顔がプリントされたオレンジのトートバッグからタオルを取り出した。
「タオルも持ってきたけどいる?」
「ありがとう。一応借りておくね」と結真は、フェイスタオルを首からかけた。
「ふふ、やっぱりおじさんみたい」
「もう、違うから!失礼な!」
頬を膨らませ、傘を広げる結真。
千種の肩に軽く体当たりして、怒ってるんだからねとアピールする。
それを千種は簡単に受け流し、大人の余裕を感じさせる。自分が子供っぽく見えて、結真はさらにむくれた。
「うー、子供扱いしないで!」
「じゃあ、オトナな結真ちゃん。今日の夜は私のデザートになってくれる?」
千種の艶を乗せた色気溢れる囁きに、耳がカッと熱くなる。
跳ねる水音が全ての音を攫って、ふたりだけの世界を作っていた。
「あれ、結真?」
閉ざされた世界を切り裂く聞き慣れた声。
大きくない声なのに、結真には全てを薙ぎ払う一条の稲妻のようだった。
「璃羅?」
千種はゆっくり身体を離し、「どちら様?」と、小声で結真に尋ねてきた。
初対面のふたりの間で、結真は視線をさまよわせていた。
「えぇ、あれ?璃羅、今帰り?」
「えっ?あ、うん。結真も?」
「そうなの〜。教室で勉強してて」
「ねぇ、その人は?お姉さん?」
突然のことながら、璃羅には千種のことを紹介するつもりでいた。いい機会だと切り替えていくことにした。
「結真ちゃん?」
「結真?」
ふたりの視線が集まってくる。
結真は小さく咳払いをし、腹を括った。
「えっと紹介するね、この人は花宮千種さん」
「こんにちは。結真ちゃんとは、『親しく』させてもらってます。花宮千種です」
楚々として結真の腕を組み、矢鱈と親しくを強調する千種。
璃羅は、なるほどと頷いてにこやかに微笑んだ。
「どうもはじめまして。結真がお世話になってます。『親友』の二本松璃羅です」
ふたりとも笑顔なのに、なんだか怖い。
天気のせいか、背後に風神雷神図が……。
結真は慌てて、ふたりを交互に見る。
雨足は弱まっているのに遠くではまだ雷鳴し、吹き荒ぶ風が傘を揺さぶっていた。
「そう、お友達なの。こちらこそ、うちの結真ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」
「友達じゃないです。親友です」
「そうね。ごめんなさい。あっ、ほら。結真、肩の所濡れちゃってる。もっとちゃんと傘に入らないと」
千種は結真をぐっと自分の方に引っ張り、結真が首からかけたタオルでブレザーを拭う。
「まったく結真は。そういえば、この前の『キスマーク』は、もう消えた?」
「ちょっと、千種さん!?」
突然何を言っているのかと、結真は目を白黒させる。
璃羅は今度こそ、全てを悟ったようににっこりと微笑んだ。
「あの、せっかくなんで一緒に帰ってもいいですか?花宮さんとは、是非じっくりとお話したいので」
「あら、奇遇ね。私も璃羅ちゃんとお話したいなって思ってたの」
その瞬間、どこかで雷が落ちた。
可愛いらしい悲鳴を上げて、縋りついてくる結真の姿を眺めながら、千種は優越感に浸っていた。
璃羅は引き攣った笑顔を張り付けたまま凍りつき、青筋を浮かべていた。
龍虎相打つ光景と落雷に青ざめる結真。
雨の中、走って帰るべきだった。
青春なんかじゃない、きっと第六感からくる生存戦略だったんだ。
「とりあえず……雨に濡れちゃうから歩かない?」
そう提案するのが、精一杯だった。
陽気に笑う千種のパンダが何とも場違いで、逆に救いだった。
「ふたりともお話しあるなら、結真ちゃんは先に帰ろうかなー。邪魔するのも、悪いし……」
「ダメ!」
「だーめ」
「あっ、はい……」
回り込まれた。逃げられない。
右腕をしっかりと胸に抱く千種。
左腕をがっしりと固定する璃羅。
ふたりの圧が凄い。
両サイドから腕をホールドされ、結真の関節が軋む。
捕獲された宇宙人のように連行されることになった。




