高校生活の一幕
高校生になって、二週間。
桜の季節も終わりが近づき、緑が目立つようになっていた。
クラスにも慣れ、結真は親友の璃羅、兎萌と机を囲んでいた。
「璃羅、春休みにコスメほしいって言ってたじゃん。あれ、週末に行かない?」
「マジ?いいの?」
「うん。うさぎちゃんも一緒にどう?」
「いいな、行きたい。お母さんに確認したら連絡するね」
「お家の手伝いね」
「そう。お店は休日の方が、どうしても忙しいから」
「そっかー。私もバイト探そうかな」
「えっ、結真部活入らないの?」
「入らないよ。面倒いもん」
「兎萌は?」
「私もうちの手伝いがあるから」
「そうなんだ」
「璃羅は陸上、続けるんでしょ?春休みも高校の練習出てたし」
「あっ、うん。陸上はやるけど、なんか新しいこともしたいかなって」
「なに、なに?」
「その……ギターとか、やってみたくて」
「軽音部と兼部するってこと?」
「りらちゃん、すごい!」
「まだ決めてないけど。ほら、柔心が軽音部じゃん」
「話聞いたら、かっこいいってなった?」
「そう……」
「ギター始めるのはいいけど、兼部は大変じゃない?陸上部で期待されてるんでしょ?」
「だからまだ分からないって。あっ、でも軽音部は結構緩い感じらしくて、参加できるときに、みたいな」
「まぁ璃羅がやるっていうなら、応援するけどさ」
「私も、応援するよ」
「うん……ふたりとも、ありがとう」
「ギターねぇ。軽音部がどんな感じか、柔心ちゃんに証言させよう」
結真は頷くと、柔心を探して教室内をぐるりと見渡す。だが、柔心の姿がない。
「あれ?柔心ちゃん、いない」
「ほんとだ」
「音恋ちゃんは、席にいるけどね」
「ねこちゃんに聞いてみたら?」
「そうだね」
「璃羅、お願い。音恋ちゃん連れてきて」
「自分でいけよ」
「だって、寝てるとこ起こすの可哀想」
「じゃあ、寝かせといてあげなよ」
「だって、璃羅のことだよ?」
「まぁ、そう……。いや、違うだろ。結真が急に話を聞きたくなっただけでしょ」
「仕方ないなぁ〜。後にするか」
「行かんのかい」
ふたりのやり取りをクスクス笑って見ていた兎萌は、音恋を驚かせないように近づいて耳元でそっと囁いた。
「ねこちゃん、起きて。ねこちゃん、お話しよ」
脳が蕩けてしまいそうな甘い囁きに、「はぅあ」と音恋は、変な声を上げて飛び起きた。
「ふふ、おはよう。にゃんちゃん」
「ひゃ……兎萌、やめえ」
「おはよう」
「にゃんちゃん、呼ばれるの恥ずい」
「えー、柔心だけ特別扱い?」
「ちっ、ちがくって……」
慌てふためく音恋とその様子を観察して微笑む兎萌。
「兎萌って、意外とS?」
「う〜ん。音恋ちゃんの反応を見ると、あの対応が正解って気がする!」
「音恋が、Mってこと?」
「おい。何、好き勝手言ってん?」
兎萌に手を引かれてやって来た音恋が腰に手を当て、呆れていた。
「音恋、おはよ」
「うさぎちゃんのASMRは、夢心地だった?」
「なんか、ゾクゾクって脳が喜んでた」
「なんか変態っぽい」
「確かに」
「なんで!?あんなエロい声で起こす兎萌が悪いと思う!」
「うさぎちゃんをエロい目で見てるってこと?」
「やっぱ、変態じゃん」
「ちーがーうー!」
「ふふ、ごめんね。私、ねこちゃんの気持ちには応えられないの」と兎萌は、にこやかに残酷なことを言う。
「いや告ってないのに、なんでうち、振られてんの!?」
「ねぇ、柔心ちゃん知らない?」
「切り替え早っ……まぁいいか。柔心?多分、軽音部の部室じゃない?」
「それで、いないのか」
「なんか今度、なんかのイベントで歌うから練習してるって」
「えっ?柔心ちゃんって、ボーカルなの?」
「あっ、うん。あいつは歌、めっちゃ上手い。カラオケで普通に100点とか出すし」
「マジで?ヤバ」
「じゃあ、今度カラオケ行こ。にこちゃんの歌聴きたい!ねこちゃんの歌も!」
「うちは、全然。でも楽しそう」
「じゃあ、音恋にはカラオケで踊ってもらおう」
「それいい!」
「なんか、すごい技決めてもらおう」
「ちょっと。あんな、狭いとこで無理だから」
「じゃあ、アイドルダンスを完コピしてもらおう」
「さっきから、うちへの無茶ぶりエグいて」
声を上げて笑い合う三人。
音恋もつられて笑みを浮かべる。
入学式の日に、仲良くなった音恋と柔心と一緒にいる時間も自然と増え、今では五人でいるのが当たり前になりつつあった。
騒がしい昼休みの一幕。
ざらつきのあるノイズ混じりのお昼の放送。
ヨルシカの『春泥棒』が校内を包む。
誰の選曲か、どうしても結真たちに青春を感受させたい輩がいるらしい。桜は終わり頃なのに。
◇◇◇
突然の荒れ模様。
季節の変わり目の影響だろう。
雷鳴を伴う、桜散らしがやってくる。
「やばい。傘忘れた」
玄関のコンクリートを打つ篠突く雨。
いつもならカバンに入っているはずの折りたたみ傘が見当たらない。
結真は玄関口で立ち尽くし、頭を掻いた。
運悪く、今日は結真ひとり。
兎萌はお店の手伝いがあると先に帰り、他のみんなは部活。
空を見上げた瞬間、雷が鳴った。
「きゃっ!」
お腹の底に響くような音に、慌てて耳を押さえる。
ちょっと、すぐには帰れそうにない。
結真は諦めて、ローファーを下駄箱に戻した。
「どっかで時間潰さないと。教室で勉強でもしようかな。どうせGW明けたら、すぐに中間テストだし」
「はぁ」とため息をひとつ。そのまま結真は教室に逆戻り。
廊下を歩くと、湿気で上履きのゴムが引っ付き、ぺたぺたと音が鳴る。
教室の扉をそっと開けると、中には誰もいない。
いつもは喧騒で溢れている教室を独り占めするのは、ちょっと贅沢で不思議に感じる。
雨に濡れながら家まで走っていたら、この時間は味わえない。
静まり返る教室で、窓ガラスを叩く雨音をBGMに、カバンから取り出した勉強道具を並べる。
(こないだの確認テスト、英語がイマイチだったんだよね)
そう思い返し、結真は英語のテキストを取り出す。
高校英語になると時制も複雑になるし、覚えなければならない単語も増えてくる。
結真はひとり優雅に勉強を開始する。
窓の外では、また稲妻が駆けていった。
風で軋む教室の窓。
激しい自然の鳴動が、逆に集中力を呼び覚ます。
英文を読んでペンを走らせる。
日本語訳を確認。
新しい単語はノートの端の方にメモしてから、スマホで意味を調べてみる。
先生に聞かれても困らないように準備しておく。
次の授業の範囲が終わる頃、結真のスマホが震える。
画面を見ると、千種からの着信だった。
何かあったのだろうか。
『もしもし。千草ちゃん?』
『結真なの!?今日、うちに夕飯食べにくるって言ってたのに全然来ないから心配してたの』
時計を見るといつの間にか、六時が迫っていた。
『あ、ごめんなさい。雨が酷かったから、やむまで学校で勉強してた』
『そうだったの。傘は持っていかなかったの?』
『うん、カバンに入ってると思ったら、なかった……』
『はぁ、よかった。傘ないなら、迎えに行ってあげる』
『え、悪いからいいよ』
『明日の朝まで雨の予報だし、遠慮しないの』
『うん……わかった。待ってる』
『じゃあ、着いたら連絡するから』
結真は通話を切り、握りしめていたスマホをポケットにしまった。
「迎えがくるまで、数学の問題集でも解こうかな」
外は相変わらずの雨模様。
だけど真っ黒な雷雲は遠ざかり、真っ暗に塗りつぶされていた空には少しだけ色が戻っていた。




