一緒に、おフロ!?
初めて入った姫翠の部屋は、まるで小さな映画館だ。
壁に掛けられた白いスクリーン。
女子高生の部屋には似つかわしくない立派な音響設備の数々。
結真は部屋をぐるりと見回して、息を呑んだ。
「すごい……本格的だね」
「でしょう!」
お城を自慢するお姫様がスマホを操作すると、4つのスピーカーから音楽が流れ出す。
前後左右から結真を包み込む音の波。まるで音楽に抱きしめられているような感覚。
「コンサートホールみたい」
「すごいでしょ。この立体音響」
「うん!」
響くチェロのゆったりとした音色。
バッハの無伴奏チェロ組曲───音楽の授業で聞いたことがある。
「これで映画観ると臨場感ハンパないよ」
「アニメも?」
「アニメも!」
「ライブも!?」
はしゃぐ結真の姿に、機嫌を良くした姫翠は腰に手をあて、親指を立てた。
「音響はおじいちゃんのお下がりなんだ」
「早く何か観よ?」
逸る気持ちを抑えられない。
姫翠を急かすと、「まあまあ」と言って、タンスの中を漁り出した。
「先にお風呂入ろ!結真の着替えね」
少しすると、タンスから自分のパジャマを引っ張り出して、グイッと押し付けてきた。
「えっ?ちょっ!?」
「さぁ、お風呂へGO」
戸惑う結真は、姫翠に背中を押されて部屋を出る。
一階のお風呂場まで案内され、タオルを渡された。
自分の家とは違う柔軟剤の香り。
手触りもふわふわだ。
「───シャンプーとかは中にあるから」
姫翠による松丸家のお風呂レクチャー。全然頭に入ってこない。
「えっ、一緒に入るの?」
「そうだよ?洗いっこしようね」
「洗いっこ!?」
「ふふ、結真。逃がさないよー」
姫翠は満面の笑みで、行儀よく脱衣場のドアを閉めた。
◇◇◇
時折、脱衣場の空気清浄機が唸り声を上げる。
どこからか紛れ込んだ花粉を感知したらしい。
春風が運んでくるのが、桜の香りだけならよかったのに。
白い湯気と一緒に、石鹸の香りが漂ってくる。 湯船の隅に、薄桃色に色づいた姫翠が膝を抱えるようにして沈んでいた。
キュッ、と蛇口を開くとシャワーのお湯が、結真の身体についた泡を綺麗に洗い流してくれる。
水に濡れた結真の身体に残るキスマーク。
(ひーちゃんに見られてる……)
朝より薄くなってはいたが、千種の独占欲の証は主張をやめてくれない。
姫翠の反応が少し怖い。
「お、お邪魔します」
消え入りそうな結真の声。
「早くおいで」と言って、姫翠が手招きをした。
少しだけぎこちなく、乳白色の湯船にゆっくりと身を沈めていく。
「う、うん」
「結真の匂い、私と同じだね」
「ひーちゃんが貸してくれたんだから、当たり前でしょ」
ふふっ、と洩れる微かな笑い声。
触れ合う互いの指先。
小指と小指を絡め、互いを感じ合う。
白い肌を伝う雫。
しっとり濡れたうなじ。
水気を吸って肌にはりついた髪。
「結真、なんかエロい……」
「ひーちゃんも、大人っぽい」
耳に髪をかける仕草。
湿ったぷるんとした唇。
肩が触れ合い、足が掠めただけで不自然に身体が反応してしまう。
「ねぇ、結真って、胸大きいよね」
しっかりと水に浮かぶ豊かなそれ。
「ひーちゃんだって、小さくはないでしょ」
ふよふよと水面を漂う形の良いそれ。
結真よりも若干小振りだが、はりつやは負けてない。
「触ってみる?」
姫翠は自分の胸を少し持ち上げてみせる。
「えっ、いいの?」と、遠慮がちに触れる結真の手。
それは結真の手をしっとりと押し返してくる。自分のものとは全然違う。呼吸に合わせて、リズミカルに結真のか細い指先が沈み込む。
「わっ、ひーちゃんの胸ハリやば……」
「あん、ちょっと。結真の触り方、なんか」
口から艶っぽい吐息が洩れる。
「えっろ……鷲掴みにしても、手の中に収まらない」
「もう、いいでしょ!おしまい」
胸をガードして結真に背中を向ける。
血色の良くなった肌は桃色から薄紅色へと染まり、姫翠は目元にうっすらと涙を浮かべていた。
「ごめん」
まだ横目で睨んでくる。
うっ、と結真は気まずそうに目を逸らした。
背中合わせになったふたりの間に流れる沈黙。
ちゃぷんと湯船に落ちる水滴。
水面が揺れ、頭同士がコツンと当たる。
「反省してる?」
「うん」
「じゃあ結真のも触らせて?」
恥ずかしそうに、頷く結真。
今日の朝も千種にいっぱい触れられたし、揉まれたのに、羞恥心はなくならない。
「……いいよ」
うなじにかかる姫翠の吐息、髪を掠める細い腕。繊細な指先が首筋の小さな赤い痣をなぞった。
「こんなエッチな痕つけてきて……私に見せつけたかった?私には恋人がいますって……」
結真の首筋から耳元にかけて、わざと息を吹きかける。
小さく肩を震わす姿に、この痕を残した人も胸の奥を掻き立てられてしまったのかもしれない。
姫翠は湯船に浮かぶ結真のたわわを掬い上げ、爪が食い込むように強く揉みしだく。
手から伝わってくる重量感。
自分のより柔らかく、モチモチしている。
こんなにも違うんだ、と姫翠は感動を覚えた。
「ちょっ。胸、痛いよ」
喉から洩れる少し硬い声。身体を強張らせて、結真がとても小さく見える。
「結真の。柔らかいね」
息を吹きかけて耳元で囁いてあげると、結真の身体がまた小さく震える。
(これやばい、脳が焼かれる)
姫翠は雰囲気に当てられ、イケナイ気分になっていた。
「ひーちゃん、キスマークのこと怒ってるの……」
姫翠を見つめる潤んだ瞳。上目遣いの結真が恐る恐る呟いてくる。
「怒ってなんか───」
そう言いかけて、途中で言葉を飲み込んだ。
(あれ、私何やってんだ?)
自分の中にある名前のない感情。
後輩の女の子に抱くものとして正しくない何か。
今の関係も不思議なものだ。
結真は敬語も使わないし、先輩呼びもしない。
姫翠も気にしない。
先輩・後輩の関係を超えた親友と言った方がしっくりくる。
でも、それ以上を求めていたら?
そこまで考え、はたと我に返り、結真から身体を離した。
「ごめん。私、先に出るわ。結真はゆっくり入ってて」
逃げるように風呂場を後にする。身体もまだちゃんと乾いてはいない。ひたひたと廊下に残る湿り気のある足跡。
姫翠は部屋に戻ると、クッションを抱きしめながら小さく蹲った。
水盆をひっくり返したみたいに溢れ出てしまった想い。もう一度、入れ物に押し込もうと躍起になっても、それは姫翠の内側に広がりきって……
心臓が熱い。知らない感情がじわりと体温を上げていく。
───もう元には戻らない。
結真の周りに、関係を持っている人物がチラついている。恋人なのか、肉体関係だけなのかは、分からないが。
何より結真が今日みたいに沈んだ表情で、誰かの温もりを追い求める姿を知っている。
だからあえて何も聞かないでいた。
せめて結真が安心できる居場所になれるようにと。
「全部結真が可愛いのが悪い」と、足をバタバタさせ、嫉妬じみた考えを振り払った。
読んでくれてありがとう。




