序章 中学生はもう終わり
新作!万歳!
駅にあるファミレスの窓際で傾きつつある春の日差しを浴びながら、2人の少女がマルゲリータピザをシェアしていた。
昼過ぎの店内は落ち着いている。平日の中途半端な時間ならこんな感じなのだろう。
「もうすぐ私たち高校生だね。結真」
「そうだね……うぇ、にがっ」
二本松璃羅はそう言って、ブラックのアイスコーヒーを啜っている。
それを見て、そんな苦いモノが飲めると言いたげに結真は顔を顰めて飲んでもいないのに、口直しとばかりにピザにかぶりついた。
「こら、チーズたれてる。もう気をつけないと」と言って、璃羅はテーブルについたチーズをせっせと拭きとっていた。
同い年なのに子供扱い。
それが解せずに食べかけのピザを乱暴に口の中に放り込んだ。
また食べかすが落ちると注意され、結真は唇を尖らせる。
ため息をつき、はいはいと結真の髪をなでやると、満足そうに頬を緩めていた。
「結真は絶対、妹だな」
「私だってお姉さんだし!」
「どの辺が?」
うーん、と腕組みをして考えた末に結真の口から出た答えは、スタイルだった。
璃羅は、口の端をひくつかせ、握り込んだ拳にも力が入る。
これはまずい。急いで話題を変え、「璃羅、また焼けた?」と聞くと、今度は顔をしかめられた。
雷が落ちると、結真は身を小さくした。
「うっ……気にしてるのに。仕方ないじゃん、陸上部で四六時中、外を走ってるんだから!」
どうせ、結真と違って肌が荒れてますよ、とうっすらと涙を浮かべ、俯く璃羅。
「いや、そんなディスったつもりなんてないの。ごめんね……」
親友の肩を抱き、親指でそっと涙を拭う。
コンプレックスだったのだろう。唇をぎゅっと結んで結真の服の裾を握りしめる。
「いいと思うよ。その健康的な肌色」
「そう言うアンタは、いいよね。色白でさ。そうだ、真夏の炎天下に一緒にランニングしよっか?」
紫外線は乙女の大敵。最近はスキンケアにも気を使っている結真からしたら、紫外線をものともしない璃羅の肌のはりと、瑞々しさの方がよっぽど羨ましい。
「遠慮しますと言いたいけど、一緒に走りたいなら付き合うよ」
断られると思っていた璃羅は、「結真……」と、目を丸くして口元を押さえた。
親友のお願いを断ったりしないよ、と微笑んで結真は、璃羅の肩をポンポンと叩く。
「あのさ、化粧とかスキンケアとか今度教えてくれない?そういうの全然詳しくなくてさ。もう高校生になるんだし、そういうことも知っておきたいんだよね……」
「じゃあ今度の休み、デートね」
デートという言葉に何を想像したのか、璃羅はもじもじと恥ずかしそうに頷く。
そんな璃羅の姿を見て、しっかりエスコートしないとならなくなった。
今度の休みの楽しみだな、と結真はストローを咥えた。
◇◇◇
卒業して高校に上がるまでの余白は、思ってたより短かった。
春休みが終わればいよいよ高校生活だ。
「そんなに春休みが終わるのがいやなわけ?」
「えー、だってさー」と春休みの終わりを残念がる結真。
そんな親友の姿に苦笑を浮かべ、コーヒーを一口、口に含んだ。璃羅は、結真や今日来れなかった兎萌と一緒に学校に通うことの方を心待ちにしている。
「学校に行きたくないとか?」
だから新学期を嫌がる結真が、少し心配になる。
「ちがうよー」
「それなら何が不満なわけ?」
「うーん、ちょっとセンチメンタルになっているというか、ノスタルジックな気分なの」
「あぁ、中学生時代の栄光が懐かしいってこと?」
「過去の栄光じゃねぇし。ずっと輝いてますぅー」
「まぁ、結真だからね」
中学でも結真はみんなの中心だった。
勉強ができて、スポーツができて、仲間思いで、おまけに美人で、誰もが憧れる───妙見結真とは、そういう少女だ。
「そんなこと言って、結真のことだからどうせ楽しくやるんだよ」
「当然!そこは心配してない。きっと楽しくやれるよ」
「はいはい。知ってた」
「璃羅だって別に心配なんてしてないでしょ?」
「そりゃあね。ほとんどみんな中等部から一緒なわけだし」
「それなんだよねぇ。高校生になるっていうより進級するって感じなんだよね。私が望んでたのはもっと劇的な変化なわけで……」
力なくテーブルに突っ伏して、結真は呟いた。
気持ちは分かるが、璃羅としては高校生活に期待しすぎなのではと思わなくもない。
ふたりが通う静麗学園中学高等学校は、勉学だけでなくスポーツに芸術と幅広く力を入れている中高一貫の進学校だ。
ほとんどの生徒は中等部の内部進学───つまり受験がない。
高校から入ってくる外部生もいるにはいるが、人の入れ替わりも少なく、変化は乏しく映るだろう。
進学というより進級という表現の方がしっくりくる。
「璃羅は新しい刺激方しくならないの?」
「うーん。私は……結真とがいればいい……」
璃羅は頬を赤らめ、隣の空席に視線を逸らした。
決して結真の顔を見ようとしない。
ときめきで高鳴る鼓動をどうにか制御しようと結真は胸をおさえる。
そうしないと、そのままではキュン死してしまいそうだった。
この可愛い生き物は、いつだって心を温かくしてくれる。
「璃羅ちゃん、天使」
「もう、はずいって!やめてよ」
璃羅は更に顔を赤くして、照れ隠しにマルゲリータピザを頬張った。
そのあと無理やり話題を変えて、結真は黙らせた。
「そういえば、結真ってこの春から一人暮らしなんでしょ?大丈夫?」
「うーん。親戚が管理してるマンションだからね。階は違うけど叔母さんたちもいるし」
心配ないと軽く笑っていた。
「一人暮らしって大変じゃない?ご飯とかちゃんと食べてる?」
「大丈夫、食べてるよ。それにひとりは気楽なもんよ」
「そうなの。今度、遊びに行ってもいい?」
「全然、いいよー」
「じゃあ兎萌も誘って遊びにいく」
「今日もうさぎちゃん、来れたらよかったのにね」と結真は少し残念そうにグラスの水滴で濡れたテーブルをナプキンで拭った。
「実家のケーキ屋さんの手伝いって言ってたからね」
璃羅も同じ気持ちだった。
「私も引越しとかで、なんだかんだ忙しかったしなぁ。璃羅は春休み、何してたの?」
「高校の陸上の練習に参加させてもらったり、家族で遊びに行ったりとか。結真は?」
「まぁ、うん。普通に遊んだりもしたけど」
すると突然、璃羅の顔が険しくなる。
「結真さぁ、ちゃんと家帰ってる?」
「えー?別にいつも通りだよ」
そう言って、肩を竦める結真のことを璃羅は、複雑そうな表情で見つめていた。
「夜に出歩いたりしてない?」
夜遊びを繰り返す結真を思うと、心が軋む。
できることなら鎖で繋いで、危険から遠ざけてしまいたいとさえ思う。
「まぁ……たまに」
「ふーん……」
璃羅は、まったく納得できないという顔で、結真のメロンソーダをひったくり啜っていた。
「あっ、関節キス」
「おだまり!」
「あっ、はい……」
こうなると結真は従うしかない。
「それって、その……どこかの誰かとそういう関係に……ってことでしょ」
その指摘に、どう答えたもんかと結真は一瞬言葉につまった。
結真のメロンソーダが砂時計の砂のようにどんどんなくなっていく。
「あぁ、メロンソーダが……たまにだから。最近は落ち着いてきたっていうか。璃羅や兎萌といるほうが楽しいし?今みたいな璃羅との時間が一番だから」
(浮気がバレたときって、こんな感じなん?こないだの人も、私との最中に彼女さんから電話来て焦ってなぁ)
結真がくだらないことを考えていると、璃羅は真剣な顔をして、テーブルを叩いた。
「聞いてる!?誰と何をしようと結真の自由なのは、わかってる。でも結真にもし、何かあったら私……とにかく心配なの!」
その言葉に、胸がじいんと熱くなる。
親友を悲しませないようなことはしたくない。
「わかった。気をつけるから」
「うん」
璃羅が頷くと高いところで結ばれたポニーテールが元気よく跳ねていた。
つられて、結真からも笑顔がこぼれる。
グラスに残るメロンソーダを一口。
シュワシュワとハジける刺激的な炭酸の味。
一気に広がる甘酸っぱさ。
前の味を推し流してやってくる清涼感。
これから始まる高校生も、きっとこんな感じになるだろう。
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