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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
9/31

部活動

 アカネとワカが(かよ)っている桜高校は学園都市の南に位置し、桐臣(きりおみ)が通っている桜井高校は北西である。

 男子寮は二校の中間辺りに在って、どちらの学校を目指しても十分ばかり歩けば着ける。

 グラフィックがかなり凝っている『青春Playing』だが、学校は校舎の色が僅かに違うだけで、後は三校共そっくりだ。少しくすんだ緑のフェンスも、校庭や校舎周辺に植えられている木々や花壇の配置も同じ。

 白壁の桜高と違う打ちっ放しの桜井高を遠望してから、アカネはフェンスに手指の先を絡めた。

 フェンスの向こうでは、薄いグレーのユニフォームを纏った男子達がサッカーをしている。

 実を言って、アカネはグラウンドで他プレイヤーがスポーツに興じているのを初めて見た。多くのクラブが活動可能になる半休や休日、アカネはほぼ学校に寄り付かなかったからだ。

 元気ねぇ、とワカが洩らした程、若人達は溌剌とボールを追っている。仮想空間とはいえ、眩い太陽と暑さを感じる中だのに。

 アカネと似たような格好で、並んでフェンスの先を見ていた桐臣が言った。

「マサタカさん、サッカー部じゃないみたいだな」

「部活って結構な数あったけど、サッカー部以外に登録してる人、今日は何処で活動してんのかな」

 素朴な疑問を、浮かんだまま口にする。

 桐臣は、フェンスに引っ掛けていた人差し指を伸ばした。

「タイクと一緒らしいぜ。指定教室で眼鏡(グラス)かけたらグラウンドに移動してる。オレ達外野は一つのクラブしか見物できないけど、実は場所が被ってる他のクラブも活動してるわけ」

「ほぁー、ヴァーチャルならではだなぁ」

 目を凝らしてもサッカー部しか見えず、アカネは感嘆に瞬く。ワカが小首を傾げた。

「いつも私達はサッカー部の人しか見れないの?」

「活動場所が被ってるクラブは、日替わりで見物できるようになってるよ。タイク館や武道場のドアも開け放たれた状態で、外から見える」

 桐臣が丁寧に教えてくれる。へぇー、とワカは興味深そうに体育館がある方を見やった。アカネも釣られて眺めやる。

「こんな仕様になってたなんて、知らなかったなぁ」

 好奇心がある方で、色々調べたり見つけるのも好きだと自分では思っていた。思っていたが、その割に知らない事や気づいていない事が多過ぎる。こんな、ゲームのちっぽけな世界でさえ。

(わたし、意外と視野が狭いんだな)

 それが集中力に繋がるケースもあるのだろうけれど。自覚した己の現状は、ちょっと不甲斐無い。

 なんとなし視線を巡らせれば、フェンスや校門付近には女子が存外多い。数人ずつ固まって、何やらきゃいきゃいとグラウンドや体育館の方を見ている。

 アカネ達は体育館の見える方へと歩き出した。そちらもギャラリーが居る。フェンスを間に、鑑賞する側とされる側。少々、動物園を連想させた。

「カッコイイ人が多いから、見に来る女の子も多いんだねぇ」

 ワカが楽しそうに言う。桐臣は肩をすくめた。

「男は女子に見られて割と張り切る傾向があるから問題無いのかもだけど、桜花に男が見に行くと、スキップポリスが来るらしいよ」

 アカネは思わず噴いてしまう。

「いつの間にそんな愛称が……っ」

 聞いた話、と桐臣はアカネ経由で知り合った女子校友達の【ミクママ】の名前を出した。

 現実では五歳の一人娘の母と言うプレイヤーで、現役時代に着られなかったセーラー服に喜んでいる。

「物陰からこそこそ見てる男に気づいて、キモいからって運営に通報したらしい。そしたら、運営、かなり速く対応したみたいで」

「スキップしながらポリスが登場?」

「いや、奴はぶれない。スキップは登場時には披露しないんだ。いきなり男の背後に出現して、肩を叩いて注意してたってミクは言ってた。オレは、賄賂を要求してたんだと確信してる」

「だろな」

「挙動不審な男に何か出させた後、三段跳びに限りなく近いステップで去ったらしい」

「幾ら積んでも、後方宙返りにクラスチェンジはしてくれないか」

「要望出したら通るかもしれないぞ」

 アカネと桐臣が馬鹿な話を真面目くさった顔でしていたら、ワカが笑う。

 くだらない会話を聞きつつも、体育館の中で活動している人達をしっかり見ていたらしい。バレーボールでもないみたい、と告げてきた。

「おとーさんは、身体動かすクラブだと思うんだけどねぇ」

 三人は、武道場を目指すことにした。

 どちらかと言えば祖父のイメージにも合う。剣道か空手辺りに勤しんでいそうだ。

 フェンス沿いに、中央のグラウンド、校舎寄りに在る体育館と歩いてきて、校外から見ることが叶うのは、残りはプールと武道場ぐらいだろうか。

 敷地の角は木々が茂り、大きな桜も三本植わっている。こちら側にも広がる枝葉の陰で息をついた時、たーん、と叩くような物音が聞こえた。

 フェンスと植木の葉の隙から、黒い服の裾がちらりと見えた。たたーん、と又、聞こえる。

 アカネと同じく足を止めていたワカが、あ、と小さく洩らした。

(まさ)さん」

 え、と聞き返したアカネと、居た、と発した桐臣の小声が被った。

「弓道だったんだ、マサタカさん。袴似合うなぁ、サムライっぽさが増してる。カッケー」

「おとーさんだよぉ、やっと見つけたぁ。良かったぁ」

 ワカの瞳が潤んでいる。桐臣が両手を頭の後ろで組み、ビンゴだった? と目を細める。

 アカネはちょこちょこ顔を動かし、二人が見ている先の人影を探した。

「うー、何処――良く見えない」

「ほら、わぁカッコイイ――今カッコ良く矢をつがえた、カッコイイわぁ」

 ワカが説明未満をしてくれる。ほんの少しの隙間から、一人の男子が弦を引き絞っているのが見え、多分あの人だろうと何とか察した。注目すれば、確かに【マサタカ】と出ている。

 白い道衣に胸当て、黒袴。弓を構えたまま姿勢良く立ち、的の方を見ている。現実より、やや身体に厚みがあって、背も高い気がした。

 日にちょっと焼けたような肌。角刈り。キッとした眉と一文字に結んだ薄い唇が、不機嫌極まりないと言っているかのよう。あまり好んで近づこうとは思わない、尖った空気を醸していた。コレに絡んで欲しがっていた桐臣の嗜好が謎である。

 距離がある所為なのか、アカネには祖父の若かりし姿なのだと、俄かには理解できなかった。

 変てこな手袋をはめた右手の指先が微動し、矢が放たれた。たーん、と小気味いい音が響く。当たーりぃー、と誰かの声が言った。

 寸時そのまま身動きしなかったマサタカは、構えていた弓を静かに下ろす。下ろすや、ばっちりこちらに鋭い視線を合わせてきた。アカネはびくっとしたが、ワカはフェンス内に手首を突っ込みそうな勢いで、嬉しそうに何度も手を振った。

「柾さーん」

「騒がしいぞ、お前ら」

 ぶっきらぼうながらも張りのある声を響かせてから、マサタカはニヤリと口の片端を上げた。


 ほどなく、マサタカと【gaku】という眼鏡の人物が、木立を分けてフェンスに近づいてきた。二人共、胸当てを外した弓道着にスニーカーだ。

 ゆったりと笑んで、gakuがワカに会釈した。

「御無沙汰してます」

「お久しぶりです、今回はお誘いありがとうございます」

 ワカの返答を聞き、gakuは菅原(すがわら)(まなぶ)教授か、とアカネは気づく。朱音は会ったことが無く、姿を見ただけでは判らなかった。いかにもインテリ風で、ともすれば不良風味のマサタカと並ぶと奇妙な感じだ。しかしながら五十年近くの付き合いだと聞いている。

「いやぁ、わかさん、若い姿もいいですねぇ」

 gakuがレンズの奥の目をおどけたように見張らせる。あらぁ、とワカが照れ顔になると、マサタカが鼻で笑った。

「随分と来るまで時間かかったなぁ。朱音(あかね)が一緒だから、もっと早いかと思ってたぞ」

 ワカは緩めていた口をすぼめ、ツンとした。

「だーって、おとーさんのことなんか捜してなかったもん。アカネちゃんと、他にやることいっぱいあったし。ねー?」

「――あー、うーん、まぁ……?」

 アカネはぎごちなく視線をずらす。いち早く空気を察知した桐臣が、オレに回すな、と目で訴えてくる。フェンスを挟んだ向かいのgakuも、さり気なく明後日の方を見ていた。流石に森夫妻と付き合いが長いだけある。

 マサタカが、眼光を鋭くした。

「わか、次にここでお父さんて呼んだら、ゴミ出ししないからな」

(そんなにゴミ出し嫌なのか、祖父(じい)ちゃん)

 内心でツッコミを入れるアカネの隣で、桐臣が眉尻を下げる。硬派なサムライの口から〝ゴミ出し〟などと生活感溢れる単語が飛び出しては、イメージの崩壊が甚だしいだろう。

 あーら、ごめんなさーい、とワカは軽く流した。一転、にっこりと可憐に笑う。

「柾さん、また今度、ものすっごく暇な時にゼリーでも持ってくるね」

「リアルの冷蔵庫にある大量の試作品を片づけるのが先だろうが」

 桐臣がマサタカへ向ける視線に、ほんの少し尊敬の念が戻った。アレを食べるんだ、と言いたげである。

 gakuが、しれっと口を挟んだ。

「部活に汗してるところへ女の子からの差し入れなんて、いいよねぇ。ワカさん、良かったら僕の分もお願いします」

 桐臣が勇者を見る目つきになっている脇で、喜んで、とワカが応じた。

「それにしても、柾さん、弓なんてできたのねぇ」

「中学三年間、弓道部だった」

 マサタカの返答に、gakuが短めの袖の内へ手を入れ、溜め息まじりに言った。

「下地があるといいよねぇ。初心者の僕は、いつになったら的前に行けるやら」

「ゲームの部活なんだし、打ってみりゃいいのに」

「無駄にリアリティを追求してるんだよ、このゲーム。弓が意外と重い」

 gakuは、ぶつぶつと続けた。「でも重さを弄るわけにはいかないから、筋力の補正システムを打診してみるかなぁ」

 桐臣が軽く瞬いた。

「ガクさん、ひょっとしてGMか何かですか」

「あぁ、うん。他の人には内緒ね。ちょっとだけ開発に関わってるよ」

 gakuがさらりとカミングアウトすると、桐臣は目をキラキラさせた。フェンスに身を乗り出す。

「あのっ、交番のお巡りさんに後方宙返り追加してもらえませんかね!?」

 一応、アカネは手の甲で隣にツッコミを入れておく。

 見たいのは山々だったが、子供達がイケナイコトをしなければ、スキップポリスは発動しない筈なのだから。

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