青い日々
明けた月曜日の放課後、選挙管理委員から解放された筈の一年生四名は、何故か全校放送で生徒会室へ呼び出された。
新会長の桐間先輩が、胡散臭い爽やかさでホワイトボードを示す。
「好きなの選んでね」
【会計
書記長
書記
広報】
朱音達は立ち尽くすしかない。先輩はマジックのキャップを外した。
「俺が決めてもいいなら、それで――」
「待ってください」
何とか一番に立ち直った朱音が声を出す。「おかしいです。引退する三年の先輩方は三人なのに、なんで四人分も枠があるんですか」
「広報が一人、留学で抜けた」
「ぐは」
「俺らより、会長選挙に立候補してた人の方が適任だし、やる気もあるんじゃないすか」
次に立ち直った久保田が言う。
「落選してもしがみつく根性持ちはウチの副会長ぐらいだよ?」
「うへ」
「……四人で相談させてください」
やっと立ち直ったのか、委員長が発する。急いで朱音達も同意した。このままゴリ押しされては敵わない。
桐間先輩が悪戯っぽい顔で眺めてくるのを極力視界に入れないようにして、生徒会室の隅に固まり、四人はステルスフォンのチャット機能で宮園高校のいかがわしい生徒会体制を罵り合った。罵詈雑言が出尽くしただけで、効果的な回避策は出なかった……
最後に委員長が【ごめん……】と書き込み、壁に片手をついて項垂れる。
渋々四人が桐間先輩に向き直ると、ホワイトボードには既に変な名前が並んでいた。
【会計 反省君
書記長 猫ちゃん
書記 蛇足君
広報 リンリン君】
先輩には見えないチャットで決定した筈の配役が、そのまま書かれていた。名前はおかしかったが。
「猫って何処から……漱石ですか」
「先輩、蛇足を根に持ってるんすね」
朱音と久保田が相次いでコメントする。遊佐が首を捻った。
「俺はなんで大熊猫なんですか」
「イイネ、パンダ君に変えようか」
「あ、いいです、解りました。客寄せより鈴になります」
「……反省……」
委員長だけが、今度は長いこと立ち直れずにいた。
ともあれ、四人はその後、三年生の秋まで生徒会役員を続けるのである。
〝毒喰らはば皿まで〟だった。
朝刊配達のアルバイト、生徒会役員の引き継ぎ、試験間近で授業も必死に受け……きりきり舞いの日々を送って、健康に自信があった朱音も遂に体調を崩した。
やけにくしゃみが出ていた土曜、午後辺りから微熱とだるさを感じ、喉が痛んできたと思ったら夜更けには熱がどんどん上がった。咳も出て来て、日曜は殆どベッドから出られなかった。
まるで、桐臣から風邪バトンを受け取ってしまったかのようだった。
このバトンは回すわけにいかないから、心配して部屋に入ろうとする祖母を泣き落としで阻止し、ドアの横に食事だけ頼んだ。
(会うって、約束したのにな……)
ベッドでぜいぜい云いながら、朱音は靄のかかった頭でVR眼鏡を装着してみた。
起動メッセージは出るものの、体調を示す各種の数値が並び始めると、今まで白字で〝OK〟しか出なかった物が、幾つか赤字で表示される。
そうして、桐臣が言っていたとおりに、女性の声が〝貴方の現在の体温では使用できません〟と平坦に告げてきた。小さな機械音の後、勝手に電源が切れてしまう。
枕元に投げ出していた体温計は、先程叩き出した三十八度四分の数字を黒々と残していた。
アルバイト先には二日連続で欠勤の連絡をせざるを得ず、りょーかーい、と先方は気さくに返してくれたが、朱音は悔しくて苛ついた。
さっさと治したくて、月曜日、覚束ない足で病院に行く。点滴を少しと薬を貰い、迷ったが学校は休むことにした。試験前だから、尚更誰かにうつせない。
〔出席日数? あぁ、大丈夫じゃない? いざとなったら、生徒会活動に費やした時間を出席扱いとして捻じ込んじゃおう〕
佐藤先生が、電話でさらっと横暴発言をかましていた。年齢の割に校内で発言力があるようで、底の知れない人である。
幸い、月曜の夜には平熱へ戻った。薬が効いたか咳も治まって、火曜日には学校へ復帰した。
週明けの連休後から、期末テストが始まる。
遊んでいられず、ログインできないまま、日々は流れていった。
十一月三十日になった。
日曜日だが、実を言って宮園高校の期末日程はもう一日残っている。
しかも運悪く、朱音の最も苦手な教科がセットで残っている。物理と古文。一夜漬けでは通用しそうにない。
試験中もアルバイトを休まずにいるものだから、午前中は机に向かってもやたら眠かった。朱音が配達を担当している範囲は狭いし、つまらない意地を張らずに休ませてもらうべきだったかもしれない。
学習効率が悪そうで、昼前まで仮眠することにした。ベッドサイドに置いてあるVR眼鏡の一式を見てしまい、ぐらぐらと逃避に意識が傾く。
(昼過ぎに、少しだけ行こう。約束してるんだし)
つらつらと考えながら、倒れ込むようにベッドで横になった。
昼前には起きるつもりだったのに、うっかりタイマーをセットし忘れていた。昼食だと告げに来た、祖母のやんわりした声に起こされる。
慌てて起きて顔を洗い、朱音は祖父母と昼御飯の湯豆腐を囲んだ。
わかが、この後『青春Playing』にログインすると言った。
「朱音ちゃんも勉強ばっかりじゃ疲れちゃうよ。テスター、今日で最後だよ」
「ん。ちょっとだけ、わたしも行く」
その返事に、祖母は嬉しそうに笑い皺を深めた。朱音は口角を上げる。「ちょっとしか入らないから、気にしないで。祖母ちゃんは、祖父ちゃんとデート楽しんで」
ごふっ、と珍しく柾高が噎せていた。
高齢者をからかうと、息の根を止めてしまうかもしれないのだと気づかされた。
二十日ぶりに、VR眼鏡を起動する。
『SeiShun.β』を選ぶ。
今日で最後のオープニング画面だ。
空色と波音が迎えてくれる。
〝青春Playing〟とメタリックブルーに煌めくタイトルを、たまゆら、見つめた。
朱音は今日限りの楽園へ、降り立つ。
昼Ⅰの筈だったが、辺りは淡くオレンジに染まっていた。上空も、夕焼けとしか思えない彩りだ。
若干、枠が豪華な縁取りで、お知らせがポップアップした。
【長きに渡り、お疲れさま&ありがとう
正式版『青春Playing』で、又お会いできることを願っています!】
考えてみれば、ゲームのサービス自体が終了してしまえば、いくらプレイヤーが続けたくとも続けられないのだ。
(正式版、長く続くといいなぁ)
隅っこに、【最終日は終日、青春だ! 夕日に向かって走れ! 叫べ!】とあった。
いささか口元を引きつらせ、アカネはお知らせを消す。
前回は桜井高校の校庭でログアウトしたけれど、只今は校門の外に立っていた。校名の入ったプレートの脇で、アカネはどこでもフォンを取り出す。
〝オミ〟は、グレーだった。
無意識に唇を噛んで、アカネは届いていたメールをチェックする。
昨日から今日へと、日付が変わる頃に送られてきたモノが多い。うっちー、ミクママ、Diana17、あまり会えなかった子からも来ていた。感謝と、再会を期待する文面で溢れている。メールをくれたみんなは、正式版が出たら購入する予定のようだ。
一人一人に感謝だけ打ち込んで、返信した。
杏子色の空を見上げ、アカネは息をつく。
人々が時々、行き過ぎる。楽園の黄昏を、楽しげに。
桐臣からメールが来ていないのは、彼もあれからログインできていないのか。とすれば、肩透かしを食わせずに済んでいるわけで、アカネも少し気が軽くなるのだけれど。
(もう今日、この後、ログインできるかな……)
わけもなく、意味の無い大声をあげたくなった。
コレが青春なのかと思うと苦々しい。
なんて儘ならないのか。
現実だけでなく、ゲームまでも。
これ以上、確約できないモノを残したくなくて。
アカネは、桐臣へメールも送らずにログアウトした。
悶々とノートのまとめ直しや問題集に取り組んでから、現実での夕暮れ、朱音は夕飯の手伝いに台所へ降りた。
わかが、表情を定めかねるような顔を向けてくる。
「朱音ちゃん、ホントにちょっとでログアウトしちゃったんだね」
嫌な予感がして、朱音は頬が強張った。
「オミ、来たとか?」
「あ、そういえばオミ君は見かけなかったな。私は、うっちゃんやロクイチさんに会ったよ」
「あぁああ、ウッチ、来たんだぁ」
安堵と落胆が同時に襲ってきて、しゃがみ込みたくなる。
うっちーには、できれば会いたかった。体育祭以来、彼女とはメールでしかやり取りできなかった。0601にも励ましてもらえたのに……こちらからメールを送っておくのだった。
「二人共、ひょっとしたら、カウントダウンで真夜中にもう一度来るかもって言ってたねぇ」
「そかぁ……」
朱音は肩を落とす。日付が変わる頃は、いつも起床寸前の貴重な睡眠時間だ。一時前には起き出し、アルバイトに出るのだから。
改めて、試験中は休ませてもらうのだったと痛感した。
夕食後、朱音は再び机に向かったが、もやもやするばかりで全く身についていない気がした。
このままでは二科目とも赤点になりそうだ。生徒会書記長が赤点。相当、情けない。
明日、アルバイト後にラストスパートで詰め込もうと、ペンを投げた。一夜漬けならぬ朝漬けじゃ、もっと通用しそうにないが……
父が居なくなってからは朱音が一番風呂なので、さっさと済ませる。
スキンケアだけは母親が消滅してからもやめられず、しっかりし終えると、タイマーを設定する。
朱音は、いつもどおりの時刻に寝床へもぐった。寝付きはいいので、すとんと眠りに落ちる。
(ごめん、オミ……)
意識が薄れる寸前、そんなことを思っていた。




