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大賢者ラズリ

挿絵(By みてみん)


ある意味、さっきまでより状況的に怖い。沈黙が限りなく重い。


だけど理由ははっきり分かってる。要するに、こっちが優位だからだ。

どうやったか見当もつかないけど、社長はマリドルの制御を奪った。

たぶん、ひと声かければマリドルは周りの男たちに襲い掛かるだろう。

見た目から推察するに、攻撃魔法で吹っ飛ばすよりずっと悲惨な結果に

なるだろうなと思う。いや絶対に、トラウマ級の獣害事案になるよ。


社長。

あたしはそんなの見たくないです。



しかし、状況は容赦なく動いた。


================================


「やれ」


無情なその宣告と共に、マリドルは牙をむき出して向き直った。そして

恐怖に顔を引きつらせたあの長身の男に躍り掛かる。体重と勢いにより

男は成す術もなく仰向けに倒れた。完全に腰の引けている取り巻きも、

我先に距離を取る。おい薄情だな!って、あたしも見てるだけだけど…


口を大きく開けたマリドルが、まさに男の頭を噛み砕こうとした刹那。


「待て」


ガクン!!


聞こえるか聞こえないかのひと言に反応し、マリドルは口を開けたまま

彫像のように止まった。真正面から口内を覗き込む格好になった男が、

それまでと違う恐怖と困惑を同時に顔に浮かべる。目の前の犬歯から、

ポタポタとヨダレが落ちて男の額に落ちる。…いや、怖いってそれは!

さっきまでよりもさらに怖い構図になってますってば社長!!


とは言え、あたしみたいな素人にもハッキリ確信できる事がある。

さっきまでの話では、一度残念獣を解放すれば収拾がつかなくなるって

事だった。誰彼かまわず襲われる、まさに獣害と呼ぶに相応しい惨状。

だけど今のマリドルには、そういう不確定な要素が微塵も見られない。

ラジコンロボかゲームアバターか、とにかく社長が完全に制御してる。

次元が違い過ぎるって感じだ。


社長。


あなた一体、何者ですか?


================================


「オートマータは諦めてください。いいですか?」

「…わ、分かった!」


動けない長身男のすぐ後ろにいる、やや小太り気味の男がそう答える。


「ありがとう。では下がれ」


小さく笑った社長の言葉に反応し、マリドルは口を閉じて後ろに下がり

動かなくなった。やがてその全身の色が白くなり、粒子となって消失。

黒くなったツノが落ちて砕け散る。何と言うか、本当に呆気なかった。

やっぱりこの術、純粋な生物を蘇生させるものじゃなかったんだな。


ともあれ、これで勝負ありだろう。血が流れなくてホントに良かった。

後はもう、出来るだけ穏便に場を…


「…お前、いったい何なんだよ」


ようやく立ち上がった長身の男が、社長を睨み据えてそう呟く。…え、

まだそんな喧嘩腰で話を続けるの?あたしとしては終わりにして欲し…


「残念獣をそこまで意のままに操る術師なんて、聞いた事ねえぞ!」

「本当にそうですか?」

「…何だと?」


社長からの意外な返しに、男たちは一様に怪訝そうな表情を浮かべた。

いや、あたしもそんな顔になった。意味が分からなかったから。

どういう問い返しなんだろ、それ?


「どういう意味だ」

「この程度の術、私には児戯です。そんな私に、本当に覚えなどないと

言い切れるんですか?」

「………………?」


あたしたちも含めた困惑の静寂は、しかし長くは続かなかった。


「…まさか、大賢者ラズリか?」


後ろの方にいた大柄な男性が、少しかすれた声でそんな言葉を放った。

聞こえるか聞こえないかのその言葉が、一気に場に恐慌をもたらす。


「何だと!?」

「あのラズリか!?」

「嘘だろォ!?」


長身男性を含めた皆が、そんな声を上げながら社長に視線を向ける。

しかし社長からの返答は、どうにも要領を得ないものだった。


「さあ、どうでしょうね」

「………………ッ!!」

「皆さん、どう思われますか?」


言いながらニヤリと笑うその顔に、形容しがたい威圧感を覚えた。

社長ってこんなキャラだったっけと思うあたしは、何とか今の状況を

理解しようと頭をひねる。しかし、簡単には答えに辿り着けない。



目の前の社長、いったい誰なんだ?


================================


「なら、試してみましょうか」


その煽り言葉が、正気を保つための最後の理性を取り払ったらしい。

遠巻きにしていた8人の男たちは、一斉に踵を返して我先に逃げ出す。

脱兎の如くって、まさにこれだね。振り返りもせずに逃げるその背に、

掛け値なしの恐怖が浮かんでいた。


何度目かの静寂が訪れる。

もはや、あたしたち3人以外は誰も残っていない。あの残念獣さえも、

わずかなカケラを遺して消失した。何も起こらなかったと言われれば、

誰も疑わないであろう静寂。


けど、何もなかったわけじゃない。

なかった事には、とても出来ない。



結果じゃなくて、気持ち的に。


================================


「危ない目に遭わせて申し訳ない」


息をついた社長が、そう言いながらこっちに向き直る。いつもの顔だ。

本当に、何もなかったと言いたげな何気なさ。限りなくいつも通り。


「とりあえずここを離れましょう。それから」

「ちょっと待って下さい社長」


言葉を遮ったあたしは、語調に少し強い思惟を込めた。


「このまま何の説明も無しなのは、さすがにちょっと怖いんですけど」

『そうそう』


あぁ、あいちゃんも同じだったか。まあそうだよね、うん。

ちょっと気が楽になったあたしは、遠慮せずに社長に言葉を投げた。

当たり前の要望の言葉を。


「せめて最低限の説明を下さい」


================================


沈黙は、わずか数秒だった。


「最低限、ですか」

「そうです」


それだけで、十分伝わるはずだ。


今のあたしは、ロックサイクロプス世界でのSSランクの魔術師だ。

相変わらず持て余してる力だけど、それは設定を上書きしているから。

OLがいきなりそんな「力」だけを得ても、使いこなせないのは当然。

それは身をもって理解してる。


そんなあたしとは逆に、社長の力はあまりにも習熟が深い。ある意味、

この世界の人間すらも超えている。どう見てもよそ者ムーブじゃない。

「この世界に来たのは初めてだ」と明言した以上、違和感は拭えない。

せめて、そのあたりの理由だけでもこの場ではっきりさせて欲しい。

それは決して、無茶振りなんかではないはずだ。


どうですか、辻本社長?


================================


「そうですね」


間を置かず、社長は苦笑した。

怒ったりはしてないみたいだった。


「正直に言いますと、帰りの道中で説明しようかと思ってたんですが」

「え?」

『帰り?』

「ええ、そうです」


何となく可笑しそうな口調で答え、社長は大げさに肩をすくめた。


「何せ帰りの道中も長いですから。退屈しのぎにいいかなとね」

『ああー…』

「確かに…」


何か、ちょっと納得してしまった。

確かにあの道中はどうしようもなく長い。そして話題も尽きてしまう。

その時間を使って事情説明をする…というのは、実に合理的かも…


「しかし、やはり心配ならちゃんと説明をした方が…」

「『いや、やっぱりいいです』」


おお、この台詞すらも被るのかよ。シンクロするなああいちゃん!

社長、さすがにキョトン顔。


「いいんですか?」

「後で説明してもらえるなら、別に無理にとは言いませんので」

「…そうですか」


社長、もう一回苦笑。

その顔を見たら、さっきまでずっと抱いていた疑念も氷解した。

こんな会社の社長を務めてるんだ。非常識の一つや二つ、あって当然。

本人が説明してくれると言うなら、いま無理に訊こうとは思いません。


むしろ、知らないまま驚いてる方が楽しい。それも醍醐味ってもんだ。

割と時間がかかる出張だというのは最初から聞いてる。だったらもう、

ネタバレなしで行きましょう。


うん、それでいい。



むしろそれがいいです、あたし。


================================


という事で、大通りに戻ります。


「それで社長」


並んで歩きながら質問した。


「さっきのいざこざって、大賢者の情報を得るための仕込みですか?」

「相変わらず鋭いですねえ本当に。柳橋さんの高評価も納得ですよ」


あれ、思いがけず褒められました。いや照れるなあ…ってそれはいい。

つまり正解って事ですね。


「そうです。あれだけの事をすればきっと、この世界における規格外の

賢者を思い出してくれると思って。まあ誘導尋問的なアレですね」

「ちなみに社長は、その大賢者って人はまったく知らないんですか?」

「まあ…知りませんでしたね」


あれ、何だか煮え切らない答え方。まあ知らなかったのは嘘じゃないと

思うけど、まだ何かあるのかしら。その辺もネタバレのお楽しみかな。


「それにしても一触即発でしたね」

「確かに。マリドルまで出してくるとは思いませんでしたからね」

『ちょっと戦ってみたかったなー』


ガッシャンガッシャン歩きながら、あいちゃんが割と物騒な事を言う。

うん、その気になってたよね確か。ロボ対魔獣の決戦が見られたかも…


「いやいや、そこは自重して下さい友永さん!」

『え?…どうしてですか?』

「どうしても何も、お忘れですか」


妙に慌てる社長。どうしたんだろ?


「そのロボの素体は、まぎれもなくスバル360なんですよ。典型的な

軽自動車です。そんな車では魔獣とまともに戦えるわけがありません。

もし外装が凹んだら、修理するのも割と高くつくんですから!」

「『ええーー……』」

「ええーじゃないですよ!」


何だろう、すっごい意外だ。

てっきり某ロボットアニメみたいな高い戦闘性能を期待していたのに、

その話だと本当に軽自動車が人型に変形して歩いてるだけなのかコレ。

ガッカリと言うか何と言うか…


「私たちは別に戦いに来たわけじゃありません。そもそもそんな力は、

通常業務の中では不要なんですよ。己の分を弁えるのは大切な事です」

「ですよね、ごもっとも」


言われてみればその通りですね。

転生のサポートが仕事なんだから、過剰な力はノイズでしかない。

あたしのSSランクだって、本質は自衛をするための力なんだからね。


強けりゃいいって話じゃない。

強さのゴリ押しじゃ、会社の仕事はどうしても雑になってしまう。

だからこそ、スバルロボの性能面もそんな程度に抑えられてるんだね。


ガッカリとか思ってすみません。

変な疑念を抱いてすみません。


社長は、ただ地に足のついた仕事をしているだけだ。それ以外の思惑は

今の時点では感じない。だったら、今はもうそれでいいじゃないか。

とにかく、大賢者ラズリという人を捜す。それこそ今のミッションだ。



さあて、待ってろラズリさん。

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