いざ、異世界へ!
「おおおぉぉぉぉぉぉ!?」
甘く見ていた。
今回感じた次元跳躍の「歪み」は、最初の時の比ではなかった。何か、
自分自身の存在が丸ごと裏返るかのような凄まじい違和感…吐きそう!
「あとちょっとだから我慢して」
「おおおおぉぉぉぉぉ…ッ!!」
抜けた!
何とかまともな感覚が戻り、大きく息を吐く。…死ぬかと思ったよ。
柳橋さんと剛守さんは涼しい顔だ。どうしてそんな平然として…
「慣れよ、慣れ」
「そうですか」
そう言われたら納得するしかない。慣れってすごいなぁって感じで。
ともあれ、異世界へレッツゴー!!
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「どのくらいかかるんですか?」
「今回は15年の歳月を一足飛びにするから、まあ1時間はかかるよ」
「なるほど」
15年を1時間で跳び越える…とか言われても、何もピンと来ない。
そういうものなんですかって感じ。まあ、要するに遠出なんですね。
何と言うか、ちょっと落ち着いた。変なテンションも抜けました。
冷静になれたからこそ、あれこれと訊きたい事があります。
山ほどありますって、柳橋さん!
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「うん、ここらへんで説明しようと思ってたよ」
あたしの訴えにあっさりそう答え、柳橋さんは意味ありげに笑った。
「でもまあ、事前に説明しなかった理由は言わなくても分かるよね?」
「はい」
即答。
いくらあたしでも、ここに至るまで説明がなかった理由は分かります。
と言うか、分からないはずがない。あまりにも明確過ぎるって話だ。
今日のこの仕事を口頭で説明されたとしても、信じられるわけがない。
それこそかつがれてると思うだけ。何言ってんだこの人?で終わりだ。
だから、1週間ひたすら予備知識を詰め込む研修を受けさせられた。
その上で今ここに至ったんだから、手順としては全て納得できますよ。
もちろん荒唐無稽だけど、あたしに「それ」を受け入れられる順応性が
あるかどうかは未知数だ。だから、感想文も書かせたのだろう。んで、
もう大丈夫!って事で本業参加だ。あとは実際に見聞きしろ…ってね。
とりあえず、関門はクリアしたなと自分でも確信しています。
だったらもう、聞いていいはずだ。
どうしてこんな事してるのか、を。
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「ま、簡単に言えば世界の維持よ」
何気ない口調で語られる柳橋さんの説明は、やはりぶっ飛んでます。
世界の維持ってまた大きく出たな。でも、あのサラリーマンの男性を
異世界転生させるって事が、そんな大それた目的に繋がるのだろうか?
「これは、どこの世界でもほぼ同じ話なんだけどね」
「はい」
「いわゆる創作の源泉となる、人の妄想。これはある種のエネルギーと
して、世界のどこかで絶えず沸々と湧き続けてる。人が存在する限り、
それが枯渇する事はないのよ」
「まあ、それは何か想像できます」
「だよね!」
率直な答えを返したら、柳橋さんは我が意を得たって感じで笑った。
「この妄想エネルギー…まあ勝手にモエルギーって呼んでるんだけど」
「その略し方はどう…まあ、はい」
「これ、基本的には時間経過と共に散ってしまうんだけどさ。たまに、
特定の人間と融合する事があるの。そうなったらもう、自然に散る事は
期待できない。むしろ、器が出来た事でどんどん濃縮されていくのよ」
「それがあのサラリーマンだった、って事ですか?」
「今回はそう」
「ええー…」
そんな特異点みたいな存在が実際にいるって、ちょっと想像し難い。
でも、今は疑っても仕方ないよね。って言うか、そうすると…
「あの人、かなり特別な存在だったという事ですか。選ばれた勇者とか
隠された前世とか…」
「何にも。こう言っちゃ何だけど、何の取り柄も信念もない社畜さん。
ぶっちゃけ、そういう中身カラッポ系の人の方が器になりやすいのよ。
まあ多分、余白が多いって事かな」
「身も蓋もないですね」
「まあねー」
柳橋さん、悪びれる風もないなあ。割と失礼な事言ってると思うけど。
まあ、それもひとつのテンプレか。納得できないわけでもないし…って
あたしも大概に失礼だなホントに!…よそう。そこを深掘りするのは。
もっと大事な疑問があるんだから。
「それで、どうなるんですかその…器になった人は」
「あたしたちは勝手にモエビトって呼んでるんだけどね」
「だからその略し方は…いやそれはいいです。で?」
「体内に蓄積されたモエルギー量が限界に達すると、現実世界を歪める
大干渉が発生する。そうなったら、世界の改変は不可逆で進行するよ」
「世界の改変って…ひょっとするとアレですか?」
「どれ?」
「ある日突然、世界にダンジョンが出現したとかっていう…」
「「「正解ッ!!」」」
いきなり3人の声が綺麗にハモり、あたしは思わずちょっと身を引く。
何だ、そんな会心の正解だったの?…ってか、正解なんかい!!
「世界中にダンジョンが出現して、そこから魔物があふれ出す展開ね。
ああいうのって、えてして主人公は規格外の優遇をされてるでしょ?」
「そうですね」
「本人が世界の改変の起点だから、当然って事。歪められた後の世界は
本人にはまことに楽しい場所だろうけど、そこに住んでる本人以外には
たまったもんじゃない終末世界よ。もう取り返しがつかないからね」
「確かに救いがないですね、それ」
実感がこもる言い方になった。
もちろん、創作でしか見た事のない世界の話ではある。だけど、実際に
そういった世界になったら悲惨だ。ちょっと想像すれば分かる事よね。
創作の中では意外とあっさり問題は収束し、みんなダンジョン配信とか
やってるのが今のテンプレだけど、それは本当に創作だからだろう。
「その世界改変っていうのは、必ず起こる事象なんですか」
「確率的にはかなり高い。その前に本人が死んだりしない限り起こる」
「ええー…」
怖すぎる。
世の人間があれやこれや抱く妄想のエネルギーが、一人の人間に宿って
世界そのものをベタに歪めるなんて話、本当にシャレにならない。
「モエビトを気付かぬまま放置する選択は、つまり世界にとってかなり
リスクになるって話なのよ。だからこうして、異世界に送るってわけ」
「それが解決になるんですか?」
「もちろん!」
そこで柳橋さんはドヤ顔になった。
「ちゃんと転生させれば、その人の持つモエルギーは本人の力としての
安定を獲得する。そうなりゃもう、ただのチート能力に過ぎないのよ」
「ただのチート能力…」
それもまた大概だと思うんだけど、まあいいか。世界が破滅するよりも
よっぽどマシだろうから。
「とは言え、転生のきっかけなんて滅多に訪れない。もたもたしてたら
世界が歪む。だからあたしたちは、ああして意図的に転生のお膳立てを
するって事。それがウチの仕事よ」
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「なるほど」
納得できてしまった。
もちろん、根源的な疑問はそれこそいくらでも湧いてくる。そもそも、
どうしてそんな事できるのかとか。あと何時間でも問える気がします。
だけど。
今がそういう時じゃないって事は、あたしにだって理解できてます。
突拍子もない非現実の連続だけど、柳橋さんはあたしを翻弄しようとか
考えてるわけじゃない。悪意のあるイジリをやってるわけでもない。
さっきも言ったけど、実践でないとそもそも信じられない…という事を
誰よりも分かっていたからこそだ。むしろ配慮してもらってるんだよ。
…もちろん、あまりにぶっ飛んでる事柄なのは間違いないんだけどさ。
ここまで来ればもう、あたしだってそれなりに呼吸は読めるって話だ。
積もる疑問は、とにかく後回し!
「そろそろ到着しますよー」
ホラやっぱり来た。
計ったようなタイミングで、運転席の玉見さんからの声が届いた。
「んじゃ、行きましょうか」
「はい」
「了解です!」
「お、いい返事だね丑三ツちゃん。そろそろ慣れてきた?」
「自分でもそう思います」
「頼もしいねえ」
柳橋さんだけではなく、剛守さんもそこでニッと不敵に笑う。もちろん
あたしも同じように笑い返した。
確かに新人ですが、だからと言ってただ驚いてるだけじゃないですよ。
開き直って見れば、こんなに面白い仕事はそうそう思い当たらない。
さあて、じゃ行ってみましょう。
異世界とやらに!




