第30話:十種神宝、降臨
第2章:出雲東征準備編
第30話:十種神宝、降臨
それは、地上のいかなる武人の体当たりでもなかった。大和の本国軍が、その圧倒的な土木細工の粋を集めて放った、無機質な破壊の響きだった。
「ぬんッ!!」
重機『タヂカラオ』の、数トンに及ぶ巨大な白土の鉄骨衝角が、ウインチとプーリーの凄絶な巻き上げ運動によって大気を物理的に圧縮しながら、岩山の砦の正門へと真っ向から撃ち込まれた。
ニニギが率いる百人の頑強な盾兵が、黒石補強の重盾を強引に重ねて強固な積層防壁を敷いていたが、重機の凄絶な物理打撃はそのすべてを乾いた木の葉のように虚しく撥ね飛ばした。重厚な鉄の門は一瞬でひしゃげ、強固な岩壁は飴細工のように音を立てて砕け散る。
「がはっ……!? 馬鹿な、この……桁違いの質量……ッ!」
大爆風の灰から這い上がり、満身創痍で盾を支えていたニニギが、苦い泥を噛み締めながら叫ぶ。積層された盾の表面には、タヂカラオの衝角の形状のまま、深い窪みが無残に刻まれていた。
激しい土煙が舞い上がり、地上の防衛線が完全に崩壊したその瞬間だった。
断崖の上部、重い霧の隙間から、冷徹な漆黒のゴンドラ――大和の空中戦闘台が、太い繊維索を軋ませながら、音もなく砦の内側へと滑り込んできた。
「……掃討を開始する。天の光、天の風、それらすべてをもって、不浄な雑音を削げ」
空中戦闘台から砦を冷徹に見下ろすのは、神軍の若き精鋭将、ニギハヤヒ。彼は『十種神宝』と称される、超高圧の液化ガスを宿す二次元平坦化された十枚の青銅製円盤を自らの手元に従え、砦の内部へと侵攻してきた。
「行け」
ニギハヤヒが白手袋の手指を静かに振るうと、十枚の内の二枚の円盤――『死返玉』と『足玉』が、意志を持つかのように人間軍の密集地へと投擲された。円盤が衝突の衝撃で破裂した瞬間、極限まで圧縮されていた低温窒息ガスが、激しい断熱膨張を伴って一瞬にして空間を包み込み、周囲の熱量と酸素を強引に消去する。
逃げ遅れた地上の兵士たちが、叫び声を上げる暇もなく呼吸器を焼かれ、極低温によって彫像のように硬化し、次の瞬間、冷たい風に吹かれた砂の城のようにさらさらと崩れ去っていった。
「貴様ぁッ!!」
一人の隼人の勇敢な戦士が黒曜石の石斧を投げつけるが、ニギハヤヒはそちらへ視線すら向けない。戦闘台の壁面に仕込まれた別の円盤が石斧を空中で金属片ごと無音で粉砕し、そのまま戦士の胸を一直線に貫いた。
「……無駄だ。我らの技術の前に、生々しい肉体の抵抗など単なる計算誤差に過ぎぬ」
ニギハヤヒの冷徹な進撃。
正門を強引に破ったタヂカラオの起重アームが、崩落した岩盤を片端から握り潰しながら再び駆動し、その後方からニギハヤヒが効率的な化学の死を機械的に撒き散らす。砦の中は、瞬く間に地上の阿鼻叫喚の地獄へと変貌していった。
砦の本陣。
イワレビコは、折れた大矛の柄を、右の手のひらだけで静かに、しかし壊れるほどの力で握り締めていた。
彼の左肩にはもう機械式の義手はない。前話の大誘爆で吹き飛んだ剥き出しの傷口を、隼人の黒い止血帯で固く縛り上げている。全身の血流の激化に伴い、左目の黄金色が、激しい人間の怒りで沸騰していた。
「……ニニギ、スイゼイ。お前たちは下がっていろ」
「長! ですが、あの超大型重機とあの不気味な化学円盤を同時に、その右腕一本で相手にするのは無謀です……!」
大爆風を吸い込んで内耳を破られ、満身創痍のスイゼイが、泥の中に這いつくばりながらも叫ぶ。
「……一万の命をこの胸に預かったと言ったはずだ。長が退けば、一万がただの灰になる。なら……俺が、この砦の最後の『門』になるだけだ」
イワレビコは折れた大矛を右脇に固定し、一歩、彼らの前へと踏み出した。左肩の生々しい欠損断面から、熱気と汗が焦げた煙のようにしゅうしゅうと立ち上る。
前方に、超大型解体重機タヂカラオ。上空に、空中移動戦闘台から化学兵器を操るニギハヤヒ。二人の大和の高位なる将の冷徹な視線が、一人の片腕の、泥まみれの男へと同時に注がれた。
「……神殺しの長か。その首、大王への供物とするには、いささか泥に汚れすぎているな」
ニギハヤヒの従える円盤が、一斉に発射口をイワレビコの胸元へと向けた。
「……供物はお前たちだ。地獄へ持っていく、良い土産にしてやる」
イワレビコは、天の沼矛の折れた柄を鋭く構えた。
絶望的な蹂躙のただ中で、一人の男の剥き出しの闘志だけが、天上の光に決して消されぬ人間の灯火のように、赤々と燃え上がっていた。




