第24話:黒鉄の義手
第2章:出雲東征準備編
第24話:黒鉄の義手
隼人のクニの最奥、潮霧に包まれた洞窟の岩壁を激しく震わせる鍛冶場。
そこにはイワレビコとニニギ、そして顔を不気味な布で覆った隼人の老技術者たちが静かに集まっていた。
中央の石台の上に鎮座しているのは、鈍い黒光りを放つ鋼の腕だった。
「……できたぞ。マカツの居館から掘り出したアメノヌボコの超硬度鉄、隼人の硬木、あるいは大和の目を欺く隼人の黒漆。そして、あのワカヒコから奪った大和の大型弩に仕込まれていた、最高規格の『炭素ばね鋼』。これら全てを組み上げた、機械式の義手だ」
ツチグモが、重々しく、しかし誇らしげに告げる。
その義手は、美しさとは無縁の代物だった。
節々は岩のように荒々しく、指先は大和の掛甲や盾を力任せに引き裂くための硬質な鉄の鉤爪となっている。内部に組み込まれた高比重の錘からは、微かに、深海の底で潮流が擦れ合うような、不気味な鳴動が不吉に響いていた。
「殿、本当にいいのか……。これをつけるってことは、もう二度と、普通の人間には戻れねえってことだぞ」
ニニギの悲壮な懸念を、イワレビコは冷徹な視線だけで遮った。
彼は無言で石台の前に立ち、タケミカヅチに無造作に消し飛ばされた、左肩の凄絶な断面をさらけ出す。
「始めろ。……ぬるい人間の感傷など、あのマカツの荒野に全て捨ててきた」
スイゼイが、血の滲む震える手で、大和の解剖学と隼人の外傷医学の粋を集めた接合具を持ち上げた。その接合具の内側からは、イワレビコの残された骨に直接打ち込み、背筋と連動させるための、無数の鋭利な鋼鉄の楔が牙のように突き出ていた。
「……叫ぶなよ、イワレビコ。これはお前の剥き出しの鎖骨と肩甲骨を削り、肉体の筋肉系統を、この鋼の機械式発条へ直接接合する地獄の儀式だ」
――ずぶ、ずぶ、ずぶっ!!
イワレビコの凄絶な絶叫が、洞窟の岩盤を突き破らんばかりに響き渡った。
土着のクニに麻酔などない。生身の肉体に直接異金属を移植すれば、本来なら金属毒で即座に拒絶反応が起き、肉は腐り落ちる。だが、スイゼイたちは、隼人が誇る強酸性の火山硫黄泉によって徹底的に傷口を煮沸・殺菌し、南方からもたらされた金属炎症を極限まで抑える秘伝の生薬を傷口に隙間なく塗り固めた。
鋼の楔がイワレビコの焼けた肉の断面を強引に穿ち、背中から大胸筋にかけての筋肉の動きが、金属ワイヤーと弩の発条へと一本ずつ、容赦なく繋ぎ合わされていく。黄金色の海の血が黒鉄の隙間からどっと溢れ出し、熱した鉄と混ざり合って激しく沸騰した。
二時間の後。
滝のような汗を流し、虚脱したイワレビコの左肩には、背筋の僅かな躍動を指先の鉤爪へと伝える、黒鉄の機械式義手が完璧に適合されていた。
「……動くか」
イワレビコが背中に力を込めると、左の鋼の指が、ぎち、ぎち……と耳障りな硬質の金属音を立てて力強く収縮した。それは自らの生身の肉体よりも遥かに重く、しかし、かつてフツノミタマという黒剣と一体化していた頃よりも、ずっと鋭利で冷徹な感覚を彼の脳髄に与えていた。
「この義手は、お前の中に眠る海の血の圧力を、その背筋の連動によって極限まで増幅する。大和の大型弩のばね鋼は、本来は鉄矢を射出するための張力を、お前の筋収縮の増幅器として逆応用した。右腕が矛を突き出す瞬間、この義手の重石と発条が反動を物理的に完全にスタビライズする。これ自体が、大和の密集陣を押し潰すための『深海の重石』だ」
スイゼイの冷酷な言葉を聞きながら、イワレビコは傍らに置かれていた天の沼矛を、右手一本で力強く手に取った。
右手で大矛を突き、左の黒鉄の義手でアメノヌボコの質量を制御する。それは、全てを失ったことで手に入れた、新たなる人間の武の形だった。
「殿! クニの外に……奴らが、集まってきています!」
ニニギの声に引かれ、イワレビコは大矛を手に洞窟の外へと歩み出た。
そこには、隼人の粗野な戦士たちだけではない。大和に反逆して敗れ、遥か南へ逃れてきたマカツの敗残兵、大和の不条理な収奪支配に絶望しきった他国の民たちが、数千の真っ黒な群れとなって地面に平伏していた。
「……神殺しの長よ! 俺たちに、死に場所をくれ!」
「犬として無音の焦土に焼かれるのはもう飽きた! あんたの矛の、肉の盾にしてくれ!」
それは、かつての優しい長を仰ぎ見るような敬意などでは断じてなかった。そこにあるのは、怪物に縋るしか生きる道がない者たちの、絶望が生んだ狂気的な熱狂だった。
「……いいだろう」
イワレビコは、黒鉄の義手の左腕を、ひび割れた大和の支配が覆う空に向けて真っ直ぐに突き出した。その鋭利な鋼の指先が、空に走る不吉な大和の天下の理を傲然と指し示す。
「これよりマカツへ戻り、大和を穿つ。……俺についてくる者は、もはや人間ではない。大和を根こそぎ屠るための、一振りの呪いだ。覚悟のある者だけ、武器を取れ!」
――おおおおおおっ!!
南の果て。人間軍とは名ばかりの、復讐者たちの狼の軍勢が、激しい太平洋の潮騒の中で産声を上げた。イワレビコの左腕――隼人の技術とスイゼイの知、実証医学、そして彼の狂気的な執念が凝縮されたその黒鉄の義手が、燃え盛る夕陽を浴びて不吉に、しかし確かに鈍い光を放ち始めていた。




