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倭王年代記  作者: 水前寺鯉太郎
天地開闢

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第2話

【第二石板:国常立とヒメヒコ制】

※欠損率四二%。渦巻状記号の混入率増加。以下、現代語訳――。

【原文(古写本)】

 次に、クニ、トが出現す。

 クニ、地を抱きて沈み、

 ト、雲を裂きて浮く。

 クニ、ヤスラフ。

 ト、ヤスラフ。

 これより後の神、

 男女のつがいを成す。

 宇(欠損)、妹(欠損)。

 角(欠損)、妹(欠損)。

 (欠損)、妹の大斗乃弁神。

 於母(欠損)、妹の阿夜(欠損)。

 名、ことごとく削らる。

 最後に、イザナギ、

 妹のイザナミ、出現す。

【現代語訳(前野)】

『――次に、クニ、およびトが出現した。削り取られた文字の残骸から判断するに、これは「国之常立神クニノトコタチノカミ」と「豊雲野神トヨクモノノカミ」に相当する。ただし、記紀の記述とは決定的な乖離がある。』

【前野の読解シーン】

 前野はパイプの煙を低く吐き出し、焦げ茶色の灰をトレイに落とした。ルーペを握り直す指先に、じっとりと汗がにじむ。

 デスクの上の大型モニターには、石板の表面を限界まで強調した三次元スキャン画像が映し出されていた。肉眼では単なる不揃いな傷にしか見えなかった凹凸が、陰影処理によって、明確な「刃の角度」を持ったチゼル痕として画面に浮かび上がる。

 彼は実物である二上山産の白い凝灰岩の肌に指を這わせながら、画面の文字列を追った。

【現代語訳(続)】

『――クニとトは「お隠れ(死)」ではない。固有の動詞は『ヤスラフ』……すなわち「お休み」である。死でも隠遁でもなく、彼らは大権を剥奪され、人格を奪われ、この大地の底に永久に固定されることわりを敷かれた。』

【前野の考察】

 ぞっとするような冷徹な統治の匂いが、千数百年の時を超えて薄暗い標本室に満ちていく。

 画面上の文字列は、ある種の規則的なリズムを帯び始めていた。男女一対の神々が交互に現れる、呪術的な音韻。古代の「男王ヒコ」と、その霊的伴侶である「ヒメ」がペアで国を治める、ヒメヒコ制の明らかな系譜だ。

【現代語訳(続)】

『――これ以後に出現する神は、それぞれ男女のつがいの姿を成す。まず宇(削り取り)、および妹の(削り取り)。次に、角(削り取り)と、妹の(削り取り)。次に、(削り取り)、および妹の大斗乃弁神オホトノベノカミ。さらに於母(削り取り)、および妹の阿夜(削り取り)。』

【前野の考察(続)】

 画面をスクロールする前野の目が、鋭く細められる。

 凄まじいタガネの削り跡だ。交互に現れる王と巫女の名が、まるで存在そのものを呪殺し、歴史から消滅させるかのように、執拗に叩き潰されている。

 七代にわたる神統譜――宇比地邇・須比智邇、角杙・活杙、意富斗能地・大斗乃弁、於母陀流・阿夜訶志古泥。そのすべての代が、例外なく同じ深さで削り取られている。一代だけを狙い撃ちにしたのではない。ここまでの統治者すべてを、体系的に、根こそぎ消し去った痕跡だ。

 言霊の国において、名を物理的に破壊すること以上の大罪はない。

 そして――。

 その血を流すような文字列の最下段、そこだけが奇跡的に無傷のまま、鋭く、深く刻み込まれていた。

【現代語訳(最後)】

『――そして最後に、イザナギ、および妹のイザナミが出現した』

【前野の結論】

 濁ったライトの光の下、前野の瞳が小刻みに震えていた。

 ついに現れた、国生みの男女神。しかし、その手前にある「削り取られた先代神(王)たち」の傷跡は、あまりにも生々しい政変、あるいは凄惨な戦闘の物理的な痕跡だった。

 つまり――

 イザナギとイザナミは、誰もいない清浄な荒野に天の沼矛を突き立てたのではない。

 先代の王たちをすべて“削り殺し”、その血の海の上に国を打ち立てた、最初の交代王朝の首謀者だったのだ。

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